ナガレ
2023-03-15 21:12:25
26125文字
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【web再録】傷だらけのサンクチュアリ(ぶぜまつ)

2021/2/28 HARU COMIC CITY合わせで発行したぶぜまつ小説本。
松井江が顕現してから吹っ切れて前を向くようになるまでの話。闇堕ちを匂わせる表現があったり、お守りが発動したりしますが、最後はハッピーエンドです。
キャラクター観、カップリング観、例の回想。色んなものを自分なりに咀嚼して、捏ねくり回してぶつけてみた話です。あれこれ捏造しまくりですが、審神者の数だけ存在する解釈の一つだと思っていただければ。

発行から二年経つので、webに全文掲載することにしました。本を手に取ってくれた皆様方、本当にありがとうございました!※BOOTHに数冊在庫があるので、もし紙媒体で欲しい方いらっしゃいましたらこちらからどうぞ(https://nananagare.booth.pm/items/2710800)

 ――歴史改変を目論む時代遡行軍が出現、至急対処されたし。

 時の政府からの一報を受けた審神者は、即座に部隊を編成して現地に送り込んだ。歴史のターニングポイントはいつまで経ってもターニングポイントだ。この景色も飽きるほど見ている。
 気配を殺して敵の布陣を偵察し、自軍をより有利な布陣に展開する。相手と目が合った瞬間が戦の始まりだ。遠戦は他の者達に任せておけばいい。
 投石や矢の嵐が止み、白刃戦に移るその時。軽騎兵を引き連れ戦場を疾風怒濤の勢いで駆け抜けるのが彼、豊前江のやり方だった。その流儀が敵兵の多寡で変わる事は無い。
 今日は予想以上に敵の数が多く、気づけば斬って斬って斬りまくる乱戦になった。しかし部隊は練度の差で押し切り、敵を撤退させる事に成功。豊前も軽傷で済んだ。すぐに手入れを受けなくても問題はないだろう。何ならこのまま他の戦場に出てもいい。
 撤退と見せかけた釣り野伏の戦法を警戒したが、どうやら伏兵も増援も無さそうだ。血振りの所作で刀についた敵の血――穢れを落とすと、豊前はようやく刀を鞘に収めた。自分の肉体よりも刀の手入れがしたいくらいだ。
 気づけば陣形も崩れ、大きく散開してしまった。仲間達はどうだろうか。数は多くても苦戦するような相手ではなかったので大丈夫だと思うが。
……豊前、こっちも終わったよ」
 少し離れた所で同じように刀を収めたのは、同じ部隊で出陣した松井江だった。振り返った彼の足下には、哀れな敵の成れの果てがいくつも転がっていた。
 松井の戦い方は、一言で言えば「凄惨」だ。血を流し、血に塗れるその戦いぶりは、大地を赤く染めると言っても過言では無い。松井が血に塗れず戦を終えた姿は見た事が無かった。
 血を流し、血を浴びて。その身に傷を負っても、松井は凛として戦場の真ん中に立っている。本当に美しくて勇ましい刀だ。
 豊前にはそんな松井の戦姿が誇らしくもあり、時に痛ましくも見えた。
「今日も多くの血が流れた」
 そう言って戦装束の袖で顔を拭う松井。白磁の肌を点々と染める赤は返り血だったようだ。豊前としてはここまで血に塗れなくてもいいのではないかと思うが、これが刀剣男士である名物・松井江のあり方なのだから仕方ない。
「豊前に怪我は?」
「かすり傷が少し。ま、でーじょうぶだよ」
 戦に怪我は付きものだ。かすり傷で済む方が珍しい。
「それならいいんだ。味方の血が流れるのは見たくないから」
 安堵した松井がふっと表情を緩め、豊前の方に歩み寄ってきた。味方の中に松井自身が含まれていない事は豊前も知っている。仲間の血が流れるのは良しとしないのに、自らの血が流れるのはいいのだ。
……分かっちゃいるんだ」
 今さら己のあり方を変える事なんて、できやしない。変えてしまえば刀剣男士としての存在意義にも関わってくる。豊前の独白は風の中に消えた。何か言ったかと、松井が聞き返した。豊前は何でもないと誤魔化した。
 松井が消えない傷跡を作ったあの日の事。あの時松井が流した血を、豊前が忘れる事はない。あんな風に血を流す松井は、もう二度と見たくなかった。
 血を流し、腕の中で冷たくなっていく体。あのまま温もりが戻らなかったら、自分はどうしていたのだろうか。
 豊前は松井のいない世界を想像できなかった。そのうち新たな刀剣男士・松井江が顕現したとしても、その松井は豊前の欲した松井ではない。
 いつか来るであろう終わりの日。その時豊前が一緒に行きたいのは、連れて行きたいのは、今ここにいる刀剣男士の松井江なのだから。

 塵となり、風の中に消えていく敵の骸。砂塵のようなそれを遮りながら、豊前は松井に手を伸ばした。色の薄い顔に、赤い筋が一本走っている。敵の刃が掠ったのだろう。
「分かっちゃいるけど、お前が血を流すのは見たくねーな」
 伸ばした手で松井を引き寄せると、豊前はちろりと赤い筋を舌で辿った。滲み出た血は、どこか懐かしい鉄の味がした。
「ぎゃっ」
 生温い感触に松井は思わず飛び退いた。心臓が飛び出そうだという喩えは、まさにこの事だ。ものすごく顔の血行がよくなっているのが分かる。今にも茹だってしまいそうだ。
「悲鳴あげるなら、もうちっと可愛らしいので頼むっちゃ」
「誰のせいだと……!」
「俺か?」
 まったく悪びれる様子の無い豊前に松井は二の句が継げなかった。この馬鹿!あんぽんたん!と言ってやりたいのに、言葉が出なくて口をはくはくと開閉させる事しかできなかった。
「さっさと合流すっぞ。置き去りにされたら帰れない」
 ほら、と差し出された豊前の左手。ここにいるのは豊前と松井の二振りきり。骸はすべて風の中に散り、ほんの少し前に戦闘があったとは思えないぐらいの静けさだ。
「手」と豊前に促され、松井は不承不承といった体で差し出された手にそっと自らの手を重ねた。
 意地っ張りな奴めとわずかに口元に弧を描くと、豊前は重ねられた手に少しだけ力を入れた。松井が照れているだけだとわかっているから。
 豊前の手袋の下には傷のついた両手がある。松井と同じように、豊前も傷を抱えて生きているのだ。そんな豊前の両手は、松井にとって何よりも安心できる場所だった。
「松井? どうした?」
「何でもないよ」
 松井は歩調を早め、先導する豊前との距離を詰めた。腕と腕が触れるか触れないかの距離。そのまま繋いだ手を引っ張られて、くっついた。布越しでも伝わる少し高い豊前の体温が松井には心地良かった。
 心なしか豊前の歩みが遅くなったのは、きっと気のせいだろう。

 仲間も審神者も、誰も知らない。

 ――あの日から、この温もりが松井の聖域になった。

傷だらけのサンクチュアリ



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