ナガレ
2022-08-24 18:12:52
8991文字
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SSまとめ(その4)ぶぜまつ

すべてページメーカーで作って上げたもの、もしくはポイピクからの再録です。(メイクアップアーティスト豊前※現パロ、桃を貰った松井、細川江二振りの七夕、リップクリームの話、ワンライ企画作品)

【メイクアップアーティスト豊前】
※現パロ メイクアップアップアーティストの豊前と親友?の松井

『松井ヘルプ何も出てこない』

ピコンと通知音が鳴って、スマートフォンが新しいメッセージの受信を知らせてくる。受信したメッセージには句読点すら付いてなくて、彼の焦りを端的に表していた。

「マジでやばい次の撮影間に合わねー」

通い慣れたワンルームのマンション。インターホンを鳴らすとすぐに玄関が開いて、開口一番にそう言われた。大きな三面鏡が置かれた机の前に座るよう指示され、前髪と横髪をヘアクリップで留められた。
三面鏡の横にどんと置かれた黒い箱は彼の商売道具。中学から付き合いの続く彼はメイクアップアーティストだった。

自分の知る限り、彼はそういう事に興味があったわけではないと思う。きっかけがあるとすれば高校の文化祭だろうか。二年生の時の文化祭で模擬店をやる事が決まり、どうせやるなら衣装も用意して見た目も徹底的に化けようと盛り上がってしまったのだ。よくある話である。しかし僕達の出身校は男子校だ。クラス総出の公正なくじ引きの結果、僕は花丸のついたくじを引いてしまい、化粧をされる側に回った。その時「面白そうだからやってみたい」と化粧をする側として手を挙げたのが彼――豊前だった。
クラスメイトの「姉ちゃんから借りてきた」という雑誌を見ながら、ディスカウントストアで揃えた化粧道具を使ってモデルの顔を再現していく。最初は笑う事すらできないような酷い出来栄えだったが、何度も試しているうちに慣れ、本番は彼なりのアレンジが取り入れられていた。
鏡を見た時の衝撃は今も何となく覚えている。僕の顔は別人みたいになっていて、思わず誰だこれと呟いてしまった。自分でもそう思ったくらいだから、評判はとても良かった。声を聞くまで誰かわからなかったと言われるくらいには。「こっちの方が絶対松井に似合うと思ったんよ」と胸を張る豊前に、僕は何も言えなかった。
その時何かを感じたのか、豊前は専門学校に進学するとそのまま実習先に就職した。前々から手に職をつけたいと言っていたから専門学校への進学か就職だろうとは思っていたが、まさかの進路だった。
専門学校卒業後は就職先でアシスタントをする事から始まり、最近小さめの仕事をいくつか一人で任せてもらえるようになったのだという。喜ばしい限りだ。
そんな豊前はアイデアに詰まるといつも僕を呼び出す。曰く、僕にメイクする時は何も考えなくても手が動くからとの事。手が勝手に似合う色を選んで、映える形を作るらしい。僕にはよくわからない感覚だ。今も何やら楽しそうに色を塗っている豊前。目を閉じているから僕には何も見えないけれど。

「うーん……もうちょい足すか」

顔の上で忙しなく動き回っていた手が離れて気配が遠ざかると、ごそごそと箱の中から何か取り出す音が聞こえた。次いでパチンとプラスチックケースの蓋が開く音がする。
再び近づいてくる気配。鼻の頭が触れそうなくらいに近かった。どんどん顔が熱くなって、心臓のどくどくという鼓動を強く感じる。瞼に触れるブラシの毛がくすぐったかった。でも、動いて彼の手元を狂わすわけにはいかない。真剣な彼はじっと耐えている僕には気づいていなかった。

……こんなもんか。目、開けていーぞ」

どうやら完成したみたいだ。ゆっくり目を開けると、鏡越しの豊前が一瞬たじろいだ。

「豊前?」
……何でもねーっちゃ。なぁ、松井。写真撮ってもいいか?参考にする」
「いいけど、誰にも見せないでくれよ」
「わかってる。他の奴には絶対見せねーよ」

髪の毛を留めていたヘアクリップが外され、髪をちょいちょいっと直される。スマートフォンを構える豊前。正面と左右それぞれと、目を閉じてもう一枚正面から撮られた。

「落とすの勿体ねーな……

ヘルプのお礼という事で差し出されたインスタントコーヒーを飲んでいると、片づけをしていた豊前がそう呟いた。この顔で外に行くのは憚られるが、部屋の中ならまぁいいか。帰るまでこのままでいいと言うと、彼は嬉しそうだった。落とすのが勿体ないくらいに上手くできたのだろうか。僕にはよくわからないが。

「あ、リップついてる」

不意に豊前の手が伸びて、マグカップに口をつけているうちにはみ出てしまった口紅を指先で拭い取られた。僕の心臓が一瞬大きな音を立てた事に、きっと彼は気づいていない。

「新作のカタログ見てたら松井に似合いそうな色があったんよ。手に入れたら試してみていいか?」
「うん。いいよ」

ころころと変わる話題。今日は僕が聞き役だ。かなり行き詰まっていたみたいだから、僕に話す事で整理しているのだろう。今日のヘルプが何かの参考になればいい。

「松井を自分好みに仕上げるの、すげー楽しいな」

以前、どうしてこの職に就いたのかと豊前に聞いてみた事がある。その時も同じような事を言っていた。松井を化けさせるのが楽しかったから、とかそんな感じたの事を。そんな事で将来を決めてよかったのかと思わなくもないけれど、結果としてプラス方向に働いているのでよしとしよう。

「あのさ、松井」
「何?」
……いや。何でもねーわ」
「そう……

チェストの上、定位置に戻された黒い箱の横にはこの家の合鍵がついたキーケースが置かれている。僕に似合いそうな色の新作を試されるのが先が、このキーケースを渡されるのが先か。……新作の方が先になりそうな気がする。
僕も自分の家の合鍵を付けたキーケースがずっと引き出しに入ったままだから、人の事は言えないんだけどね。

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