ナガレ
2021-05-15 21:27:27
12798文字
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彼方の呼び声(ぶぜまつ)

8月インテでコピー本(ペラい)として出せたらいいなと思ってる、ボーイミーツガールぶぜまついIF話。べったー掲載分は下書きなので、ここから加筆修正入ります。※独自設定多め。


そんな遠征から数日後、豊前は夜の城下町にいた。歴史の表には出てこないが、今夜ここで事件が起こる。その事件は巡り巡って歴史の転換点を作る――らしい。らしいというのは、この事件が表に出てこないので、どのように歴史と繋がるか、未来で誰も知らないからだ。
ほんの小さな出来事とはいえ、歴史を変えられるわけにはいかない。時にはこういう地道な活動も必要である。豊前は月明かりを避けるように、立ち並ぶ侍屋敷の物陰に潜みながら辺りを窺った。短刀達は目的の屋敷に潜入できたみたいだ。屋内戦は小回りの効く短刀や脇差の独断場。豊前の役目は外からの邪魔が入らないかを見張る事だ。
(誰かいる……
何者かの気配を察知した豊前は、時間遡行軍の乱入かと刀の柄に手を掛けた。敵なら音速で斬り捨てるし、敵でなければそっとお帰りいただくだけだ。明かりを持たずにうろついているというだけで、訳ありにしか思えないが。近づいてくる気配は常人のものではなく、これが人ならよほどの手練れと思われる。その場合は少々骨が折れそうだ。
相手は陰に潜む豊前に気づいていない。しかし豊前は隠れる事があまり得意ではなく、気づかれるのも時間の問題。先にこちらから打って出てしまおうか。豊前は宵闇に微かな音を響かせ、鯉口を切った。……しまった。気づかれた。
豊前が立てた微かな音に相手の足が止まった。向こうも何者かの気配に気づき、警戒しているようだ。気づかれてしまったなら、迷う必要は無い。月明かりの路地に豊前は飛び出した。そして愕然とした。

――どうしてまたも巡り会ってしまったのだろうか。

相手も同じように息を飲んだのが、豊前には手に取るようにわかった。月明かりに照らされた白皙が歪む。次に顔を合わせれば取り返しがつかない事になると、互いに理解していたのに、どうして。
「松井」
巡り会ってしまわないといけないのなら、戦場のど真ん中がよかった。刀と刀の交わる音、土煙、硝煙、鉄錆の匂い。戦場なら己を律する事ができたのに。豊前には目の前の松井しか見えていなかった。それは松井も同じで、湖水の瞳は豊前だけを映している。まるで数日前の遠征と同じだった。あの時は篭手切の声が聞こえて止まれたが、今は何も止めるものが無かった。
……っ!」
暗がりに引きずり込んだのは一体どちらだったのか。黒渋塗りの板塀が豊前の背中に当たった。伸ばそうとして思いとどまった手が、今はしっかりと松井に触れている。触れた松井の体は熱を持っており、その温度は豊前と何ら変わらなかった。敵刀にも血は流れているのか、それとも松井だけが特別なのか。――そんな事、もうどうだっていい。
「っ、ん……
魔が差したあの時よりも、二振りの距離はずっと近かった月光から逃げて身を隠すように、ひたすら互いを求め合う豊前と松井。松井の腰に回された腕と後頭部に添えられた手は力強く、一分の隙間ができる事すら許さなかった。
豊前のシャツの胸元をぎゅっと握りしめる松井も一切の抵抗する事なく、豊前に身を委ねている。がちゃりと腰に提げた刀同士の当たる音。時折漏れる吐息が艶めかしかった。
「ぁ……
豊前が拘束を解くと力の抜けた松井の膝が折れ、そのまま凭れかかってきた。その重みに豊前は松井を引き寄せながらずるずるとしゃがみ込んだ。触れ合ったところから融けて交じり合ってしまいそうだ。このまま時が止まってしまえばいい、そう思った。時が止まって夜が明けなければ、手を伸ばしたままでも許される。
二振りは体の奥底から沸き上がる衝動のままに求め合い、貪り合った。


――曲者!』
突然屋敷の中から激しい物音と罵声が聞こえてきて、はたと二振りの手が止まった。ここがどこか、自分達の目的は何だったのかを思い出す。松井の体は完全に豊前に乗り上げていて、取り返しのつかない事になる前の、ほんの一歩手前だった。
状況に気づいた途端、どっと後悔が押し寄せてくる。もう一度逢ってしまえばこうなると薄々気づいていた。だから巡り会ってはいけなかったのに。
聞こえてくる物音と罵声が止んだ。互いに信条と使命を抱えている身、もう二度と触れてはいけない。豊前と松井、互いの道は交わってはいけないのだから。たとえそれが、何をしたって巡り会う定めだったとしても。
……見なかったことにするから」
今宵ここに敵は現れず、人の子すらも通り掛からなかった。歴史の通りに小さな事件は起こり、ここから繋がる歴史も守られた。真実はそれだけいい。事を見届けた仲間達が戻ってくる前にと、豊前は松井を離して立ち上がった。
早く行けと豊前が背を向けようとする直前、松井が豊前の首に腕を回してぐっと引き寄せた。ほんの一瞬だけ重なるぬくもり。驚いた豊前が目を見開いている間に、松井は宵闇の中に姿をくらました。彼から何かされるのは、初めて逢った時に刃を交えた時以来だった。……きらりと光ったその目元には気づかない振りをした。

*****

それからしばらくの月日が流れた。豊前は相も変わらず戦場に出ている。だが、あの翻る緑色の外套を見る事は一度も無かった。昨日の出陣でも目に入るのは同じような敵刀ばかりだった。
……折れたのか」
どうしてまたと嘆いてしまうくらいに邂逅していたのに、あれきり一度も遭遇していないということは、おそらくそういう事だ。そんな日がいつかは来るとわかっていた。わかっていたけれど――
「少し出掛けてくる。晩飯までには戻っから」
執務中の審神者に一声掛けると、豊前は本丸の外に出た。目的地に向かう前に万屋街で花を買った。本数は少なくていいから、丈夫なやつだけを包んでくれと言って。好い相手にでも渡すのかと店員に聞かれたが、そこは否定しておいた。
万屋街を抜けて、少し歩くと大きな川に辿り着いた。春は土手の桜並木が盛大に咲き誇り、夏は川面を屋形船が行き来し夜には打ち上げ花火が咲く、どの本丸からでも見る事のできる大きな川だ。過去とも未来とも切り離されたこの世界を流れるこの川に果てはないと聞く。果てがないのなら、いつか松井のいた世界に流れ着くかもしれない。川辺に降りると、豊前は川面に向かって花を投げた。小さな花束は浮き沈みを繰り返しながらゆっくりと流れていき、やがて豊前の視界から消えた。
雨上がりの中で見た松井の横顔。豊前があの横顔を忘れる事はないだろう。彼の世界にも輪廻転生というものがあるのなら、今度は綺麗なものをたくさん見れる世界に生まれてほしい。そんな祈りと願いを込めた手向けの花だった。



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