ナガレ
2021-05-15 21:27:27
12798文字
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彼方の呼び声(ぶぜまつ)

8月インテでコピー本(ペラい)として出せたらいいなと思ってる、ボーイミーツガールぶぜまついIF話。べったー掲載分は下書きなので、ここから加筆修正入ります。※独自設定多め。


名前と言われても、そんなものは無かった。必要なのは頭数で、わざわざ個体を区別する必要は無い。どうしても区別する必要がある時は甲乙丙丁で事足りる。だから「自分は打刀」という認識しか持っていなかった。彼に名前を教えてくれと言われても、困惑しかなかった。
正直にそう伝えたら不便ではないのかと聞かれたが、不便だと思った事は無かった。だって、そういうものだと思っていたから。
そんな自分に彼は名前をくれた。この五音の並びにどういう意味があるのかは知らないけれど、彼にとっては意味のあるものなのだろう。
打刀以外の呼ばれ方をするのは初めてだから、少し戸惑ってしまう。でも、そう呼ばれるのも悪くない。初めてもらった名前を馴染ませるように小さく呟いていると、隣の彼がほんの少しだけ目を細めてこちらを見ていた。彼はこちらの視線に気づくと、遠くの空を見上げた。じきに雨が上がる、らしい。
雨は知っているが、雨が上がる時に明るくなる空を見るのは初めてだった。自分の知っている空は、いつだってどんよりと薄暗いものだから。薄暗がりから日の光が差すなんて事もない。しかしこの世界は違う。羨ましいぐらいに明るくて綺麗なものばかりで作られていた。
暗雲を裂いて差し込む陽光に魅入っていると、頭上の枝からぽたりと雨垂れが落ちてきた。拭うよりも先に近くなる気配。――綺麗だと思った。

本当にこの世界は綺麗なものに溢れている。変えてしまうのが惜しいくらいに。

* * * * *  

「りいだあ、何か探してるんですか?」
今日の豊前の任務は出陣ではなくて遠征だった。同じ遠征部隊に入った篭手切江が豊前に話しかけてくる。篭手切は辺りをやたらと気にしている豊前が気になっていた。
「探してるってわけじゃねーんだけどな……
史実において、近い将来ここは戦場になる。豊前も戦に乱入しようとする時間遡行軍を迎え撃つため、幾度となくこの地に出陣した。そしてあの日、彼――松井に出会った。
気づけば彼の姿を探している。刀剣男士も時間遡行軍も戦場も数多存在するというのに。二度遭遇しただけでも奇跡のようなもの。それなのに豊前はまた会える事を期待していた。敵に邂逅する事を望むだなんて、いよいよ重症だと思う。
「何か探しものがあるなら行ってきてもいいですよ。他の人達には言っておきますから」
「あー、そうだな……
まさか特定の敵刀を探しているとも言えず、豊前は曖昧に流そうとした。しかし豊前は誤魔化すのが下手だし、篭手切は脇差故に察するのが得意だ。取り繕う間も無く看破され、ここで待っているので遠慮無く行ってきてくださいと送り出されてしまった。
遠征の目的は見回りで、時間遡行軍の出現もおそらく無い。近くで人間達の戦も起きていないので、豊前が単独行動をしても問題無いと判断したのだろう。部隊長の男士も咎めなかった。仕方ないので、豊前は辺りをうろつく事にした。
(こんな所にいるわけねーよな……
近いうちに国を二分する戦の舞台になるとは思えない、静かでのどかな風景。篭手切達のいる場所から離れすぎないようにしながら、豊前は人のいないあぜ道を歩いていく。不意に思い出すのは、あの無垢であどけない横顔。こういう景色もあるんだと、彼に見せてやりたかった。
もし、違う形で出逢っていたらどうなっていたのだろうか。敵と味方ではなくて、仲間として。刀剣男士と時間遡行軍ではなく、ただの人と人として。同じ世界で肩を並べて同じ景色を見る事もできたのだろうか。
……そんなこと考えたって、どうにもならねーのに)
一瞬だけ思い浮かんだ妄想じみた考えを馬鹿馬鹿しいと鼻で笑うと、豊前は来た道を引き返す事にした。それなりの時間は潰した。篭手切達には探しものは見つからなかったと言えばいい。見つかってはいけないのだ。ここに時間遡行軍がいるはず――
……どうして」
その声にはっとなり、豊前は振り返った。豊前が揺れる緑青色を見間違うはずがない。そこには松井が立っていた。
「どうして君がここにいるの」
「お前こそ、何で……
どうしてここにいるのか、それはこちらの台詞だ。時間遡行軍は確認されていない。なのに、どうして時間遡行軍の一員である松井がいるのだろうか。確認されていないだけで実は侵攻していたのか、それとも何らかの理由ではぐれたのか。
時間遡行軍と紳士協定を結んでいるわけではない。ここで豊前が敵である松井を斬り伏せたところで何の問題もないし、わずかではあるが敵の戦力を削ぐ事ができる。それは松井も同じだ。しかし、二振りとも動けなかった。
初めて刃を交えたあの時。あの時と同じく、お互い見つめ合ったまま動く事ができなかった。一歩、二歩、三歩。十歩も進めば松井に手が届きそうだった。松井は動かない。豊前が松井に一歩近づいた。

――りいだあ! そろそろ戻りますよー!」

遠くから篭手切の呼ぶ声が聞こえた。その声に豊前は我に返った。――自分は今、何をしようとした? 松井も我に返ったのか、たっと身を翻して雑木林の中に消えた。
再度遠くから篭手切の呼ぶ声が聞こえてくる。置いていかれるわけにはいかないと、雑念を振り払うように豊前は元の場所に向かって走った。
あの雨の日の戦場での邂逅。あの一度だけなら魔が差したと言える。しかし先ほどのあれはどうか。豊前は明らかに自分の意志で松井に近づき、手を伸ばそうとしていた。篭手切の声が聞こえてこなかったらどうなっていたのだろうか。
もう、言い訳はできそうにない。豊前は松井に惹かれている。そして、おそらく松井も豊前に――
……ままならねーな」
豊前は人の身が辛いと初めて感じた。

松井江は、まだ目覚めない。



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