8月インテでコピー本(ペラい)として出せたらいいなと思ってる、ボーイミーツガールぶぜまついIF話。べったー掲載分は下書きなので、ここから加筆修正入ります。※独自設定多め。
その世界は薄暗く、昼も夜も無い世界だった。空には太陽も月も星も無く、ぼんやりとした霞が覆う世界。荒れた大地に残されたわずかばかりの命は明日に怯えて生きていた。滅びるのは時間の問題で、明日が来なければいいのにと願う者もいる。
元は命の溢れる豊かな世界だった。それが一体どこで歪んでしまったのか、今となっては誰にもわからない。おとなしく滅びの時を待つか、それとも歪みを正して元の姿に戻す事に挑戦するか。その答えは未だ出ていない。どちらが正しいのか、誰にも判断できないからだ。
しかし滅びは待ってくれない。歪みを正す事に賭ける者達は独自に動いた。自分達の力で歪みを正す事は不可能、ならばどうする?――歪みには歪みをぶつければいい。彼らは時空を越える術を知っていた。時空の向こうには別の世界がある。別の世界を歪ませ、この世界の歪みにぶつけよう。途方も無い計画だった。
それでも彼らはわずかな可能性に賭けて時空を越える。自分達が向こう側で何と呼ばれているかも知っているし、その呼称を否定しない。まさにその通りなのだから。
「……行くぞ、打刀」
声を掛けられた「彼」は頷くと、立ち上がって声を掛けてき大太刀のあとに続いた。出陣の時だ。
彼らは今日も時空を越える。この世界の歪みを正すため、その世界の歴史を変えに行く。
* * * * *
この本丸には顕現しない刀剣男士がいる。その男士の名前は松井江。秘宝の里の報奨として政府から賜った刀だが、審神者が顕現の儀式を行ってもその刀は目覚めなかった。曰く、魂が宿っていないらしい。
顕現しない事を理由に政府に返却するのも抵抗があるので、今は豊前江が預かっている。――豊前が強く主張したのだ。松井江は必ず目覚めると。
名前は挙げないが、豊前が預かる事に反対する者もいた。審神者もあまり良い顔はしなかった。顕現させなかった刀は政府に返すのが決まり。本丸黎明期の頃は審神者の霊力不足が理由で顕現させる事ができず、政府に返した刀もある。その刀に縁のある者は流涕したが、それでも受け入れた。だから、この刀だけを特別扱いするわけにいかないのだ。
魂が宿っていないから目覚めないというのなら、自分の魂を半分貸す。豊前はそこまで言い切った。本体を持ち出してさっそく分けようとしたので、他の江の者達が慌てて止めに入ったが、このままだと松井江を持って出奔しかねない。自己主張はするが、我を通そうとする事はほとんど無い豊前。審神者は折れた。
政府に掛け合い、無期限で刀のまま保管できるよう許可を得た。当然、担当者も渋った。それでも審神者は交渉事が得意な刀剣男士達の入れ知恵でへりくつを捏ね、頭を下げて許可を取った。豊前はそれ相応の罰は受けると言ってきたが、武功で返してくれればいいと審神者は不問にした。
「でも、どうしてこの松井江にこだわるんだい?」
「自分でもよくわかんねーし、うまく言えねーけど、この松井は絶対に目を覚ます。直感だな」
「刀剣男士は神に連なる者。その第六感を無下にするわけにはいかないね」
「そーいうことだ」
政府から報奨として賜る機会は一度きりではない。この本丸は一刀一振りを掲げているので本丸内に同位体は存在しないが、本丸によっては同位体が何振りもいる本丸もある。「松井江」を求めるだけなら、この目覚めない松井江にこだわる必要はない。しかし豊前はこの松井江にこだわった。
「こちらも色々調べてみるよ。ある日ふっと目を覚ますかもしれないし」
「何から何まで悪ぃな。何かやらかして近侍の奴らに怒られそうな時は隠してやんよ」
「それは頼もしい」
そんなやり取りからしばらく経ったが、松井江は目覚めの兆しを見せない。季節が移ろい、ぐるりと一巡しても未だ眠ったままだ。その間に松井江を報奨として賜る機会はあったが、審神者は受け取らなかった。受け取って顕現させてしまえば、眠る松井江はここにいられない。時間優先の一刀一振りを覆す事だけはできなかった。
床の間の立派な刀掛けは松井江に譲り、豊前自身の本体はとりあえず床の間に転がしてある。もっと大切に扱えと言われそうだが、本体はこの肉体と同じような感覚なので、刀掛けにお行儀良く収まっていると逆に窮屈さを感じてしまう。豊前には床の間の隅に転がっているぐらいで丁度良かった。
刀としての名物・松井江は朱塗りの鞘も持っていると聞くが、ここに来たのは肥後拵えの鞘に包まれた松井江。細川の家老であった元の主の縁によるものだろうか。朱塗りの鞘も一度見てみたかったと豊前は思う。
「篭手切も桑名も、みんなお前に会いたがってるよ」
時々、他の江の者達が松井江を見に来る事もある。彼らもまた、信じているのだ。この同胞は必ず目覚めるのだと。
見せたいものも聞かせたい話もたくさんある。ただののんびり屋なのか、どこかで油を売っているのか、それとも目を覚ますのが怖いのか。何も案ずる事は無い大丈夫だと、豊前は眠る松井江に言い聞かせていた。
あまりのんびりしていると他の江の者が先に来てしまうかもしれないぞと、たまに脅してみたりもした。
「だから、あんまし待たせんなよ」
豊前は松井江が目覚める日を、彼にしては気長に待っていた。
* * * * *
立ち込める土煙。豊前は戦場で時間遡行軍と対峙していた。何度追い返しても侵攻してくる時間遡行軍に、いい加減諦めればいいのにと思わなくもないが、彼らにも彼らの言い分があるのだろう。どうしても歴史を変えなければならないような、何か大きな理由が。
(だからと言って、歴史を変えてもいいってわけじゃねーんだけどな)
戦場を縦横無尽に駆け抜け、斬って斬って斬りまくり、縋る敵は疾さで振り切って斬り捨てる。これが刀の本分だ。豊前が返り血を避けながら駆け回っていると、視界の端で緑色の何かが翻った。
「今のは……?」
あの緑色には見覚えがある。豊前はそちらを見たが、敵も味方も誰もいなかった。動きの止まった豊前目がけて敵が襲いかかってくる。余所事に気を取られてぼーっとしている場合ではない。豊前は慌てて応戦した。今は目の前の戦に集中しなくては。豊前は刀を構え直すと、乱戦の中に飛び込んだ。
そうこうしているうちに、気づくと豊前は一振りだけ離れた場所にいた。目についた敵を片っ端から追っているうちにこんな所まで来てしまったようだ。早く合流しないといらぬ心配を掛けさせてしまう。
刀を納めて戻ろうとした豊前だが、物陰から飛んでくる殺気は見過ごせなかった。敵はすべて倒したつもりでいたが、どうやら討ち漏らしがあったらしい。
足音を殺し、死角から近づいてくる気配。豊前はあえて背を向けた。相手は一体だけ。おそらく打刀だ。一騎打ちでも負けるつもりはない。敵は豊前が気づいていない、もしくは気が緩んでいると判断したのだろう。背後の気配は大きく動くと、豊前に劣らぬ素早さで飛びかかってきた。
豊前はばっと振り向くと、すかさずその刃を受け止めた。
「!」
墨色の髪、青色の瞳、直刃の刀を握る緑青色に塗られた指先。身に纏う戦装束の緑色は形こそ違えど同じ色だ。美しい色の数々に豊前の視線は吸い寄せられた。そして相手もまた、豊前の持つ色に吸い寄せられたのがわかった。
――時が止まる。刃を交えたまま二振りは動けなかった。
時間遡行軍は刀種の違いを除けば皆同じに見える。だが、この敵刀は違った。豊前の目には明らかに区別がついたのだ。そしてその姿形は何度も審神者に見せられ、演練や万屋街で見かける事もある――
「松井江」
これが豊前と「彼」の始まりだった。
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