ナガレ
2021-04-30 20:18:23
9266文字
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SSまとめ(その1)ぶぜまつ

すべてページメーカーで作って上げた小ネタの再録です。(名前を書く話、軽装ヘアピンの話、雪の夜の話、片想いの話、赤い糸の話)

【自分のものに名前を書く話】
診断メーカーで遊んでたら、お題として「名前を書きましょう」って出たので。。


刀工・郷義弘から生まれし刀の中でもっとも華やかと言われる刀。同派みんなが慕う、我らがりいだあ。それが豊前江だ。豊前はみんなのもので、誰のものでもない。そこはちゃんと弁えている。弁えているつもり。

――それはほんの出来心だった。

その夜、僕は豊前と共寝をした。時に意地悪な事や無茶を言ってくることもあるけれど豊前の手つきは本当に優しくて、いつも終わると充足感と心地よい疲労感に意識が沈んでしまう。あとは片づけておくから先に寝ていいと優しく撫でてくれた彼に、ちゃんとおやすみを言えたか自信はない。

目が覚めると豊前がすうすうと小さな寝息をたてて眠っていた。真夜中というには遅く、夜明けにはまだ早い時間帯。緩く腹に回された豊前の腕が温かい。……このままでいたいな。唐突にそう感じた。どこにも行かないで。僕の――
ふと、文机の上にあったサインペンが目に入った。筆よりもずっと書きやすいそれは、書類仕事に欠かせない道具の一つ。
出来心がむくむくと湧いた。僕は寝ている彼を起こさないように、そっと逞しい腕を外して布団から抜け出すした。外の空気はひんやりと冷たくて、僕はサインペンを取るとすぐに戻った。

(ま、つ、い、ご、う……

眠る豊前の頬骨の下あたりに、僕は小さく自分の号を書いた。彼が僕の事を忘れて遠くに行ってしまわないように。君は僕のものだよ。忘れないで。
顔を洗えば消えてしまう。洗わなくても気づかずこすれば滲んで読めなくなる。いいんだ。今だけは僕のものだから。朝になればみんなのりいだあになる。それまでは僕だけの豊前。
大好きだよ、豊前。苦しいぐらいに愛してる。僕は温かな胸板に耳を当て、とくとくと血の流れる音に耳を傾けた。もう一眠りしようかな。

*****

――松井はとても可愛らしい事をしてくる時がある。

明け方前、松井の起き上がる気配で目が覚めた。眠りの浅い松井は、変な時間にこうやって起きてしまう時がある。布団を抜け出した松井に声を掛けようとしたが、体は目覚めていないらしく、目が開かなかった。
そうこうしているうちに松井が戻ってきたので、寝たふりを続けることにした。ポンと何かを引き抜く音がした。松井の気配が近づいた。
頬の辺りがくすぐったい。松井が満足げに「僕の」と呟く声が聞こえた。
猫のように擦り寄ってくる松井。こういうところが本当に可愛らしい。いや、こういうところ「も」か。松井はしばらく収まりのいい位置を探してごそごそと身動きしていたが、いい感じの位置を見つけたのか大人しくなった。松井が再び眠りについたのを感じると、俺も安堵してもう一度寝ることにした。

翌朝、松井よりも先に起きた。これはいつものことだ。松井はあまり朝に強くない。いつも時間ぎりぎりまで床の中にいて、最後は誰かに起こされる。だいたい篭手切、たまに歌仙。俺が起こしに行ってもいいんだけど、松井にぐずられると弱いからな……
顔でも洗いに行くかと、松井を起こさないように部屋を出て、洗面所に向かった。今日は朝から快晴。この中を走ったら気持ち良さそうだ。
洗面所にはまだ誰もいなかった。水道の蛇口を捻って水を出す。顔を水をつける前にふと鏡を見て、松井の悪戯が何かを知った。
どうしてくれんだこれ。勿体なくて顔が洗えない。どうにかしてこれを残したまま顔を洗えないだろうか。どうせ気づかないだろうと思ったのか、消えてしまう事まで見越しての悪戯なのだろうか。本当に可愛い奴だ。
一人身悶えていると、篭手切が洗面所にやって来た。篭手切は目を丸くしたが、すぐに破顔して「りいだあ、朝から嬉しそうですね」と言ってくれた。分かる奴には分かるらしい。

「これだけ残して顔洗いたいんだけど、どーしたらいいと思う?」
「えっ……顔を洗うのではなくて、濡らした手ぬぐいで拭くだけにしてみては?」
「それいーな。後で洗えばいいもんな」

――いつものように篭手切に起こされて朝飯を食いにきた松井。わざと食い終わっても松井が来るのを待っていたこの顔を見て、一瞬で覚醒したのは言うまでもないだろう。
お前、朝からそんなデカイ声出せたんだな。


――――――――――
別題、松井の健気な可愛さにぶち抜かれた豊前の話。

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