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ナガレ
2021-04-14 19:54:32
22266文字
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金糸雀の恋(ぶぜまつ)※パラレル
箱庭と鳥籠のふたり。ぶぜまつの異種恋愛譚が見たいという一心で書いた、17〜18世紀のヨーロッパ(架空)をふんわりイメージのファンタジーかつパラレル。刀持って戦う二振りは存在しません。前半3ページだけでも読めます。
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次の日から、松井が今から練習をすると言うと豊前は外に行くようにした。ふらりと空を飛んで屋敷の屋根が小さく見える辺りで休み、日が暮れるまで時間を潰してから帰る。
豊前達有翼人種は人間よりもずっと耳がいい。屋敷から向こうに見える海の潮騒が聞こえるぐらいには。松井の歌声を聞こうと思えばこの距離から聞けなくもないが、聞かないと約束したので無粋な真似はしない。
数日すると松井は毎日街へ行くようになった。ここからは劇場で他の役者達とも一緒に練習をするらしい。毎夜、くたくたになって帰ってくる松井。疲れたと言って夕飯を食べすに寝てしまう事もある。そんな時は豊前の出番だ。松井のプライベートルームには入れないので、手前の書斎にあるソファに運んで寝かせた。
毎日くたくた、でも充実している。そんな松井を見るのは初めてだ。若干の面白くないなという気持ちを抱えながら、豊前は今夜も寝てしまった松井を運んでブランケットを掛けた。
「おやすみ。また明日」
それからさらに数日が経ち、ついに舞台が始まった。初日を終えた松井は興奮冷めやらぬ状態で帰ってきた。豊前にひたすら凄かった楽しかったと語っている。諦めたはずの夢が叶ったのだ。
歌が好きだった事、歌劇の舞台に立ちたいという夢を持っていた事、それらを直接豊前に話した事は無いけれど、彼の言動からみて察しているんだろうなと思う。松井は少し照れくさかった。
「じゃ、今日も行ってくるね」
「おー。最高の舞台にしてくれよ」
「?」
「何でもねーっちゃ。蹄の音が聞こえたから馬車来るぞ」
「嘘!もう!?」
ばたばたと松井は出ていった。慌てて出て行く松井の後ろ姿を見送ると、豊前はおもむろに外出の用意を始めた。練習を聞くなとは言われたが、舞台を観に来るなとは言われていない。
劇場の名前と松井の持っていた台本に書いてあった演目らしきものを書き写した紙を手に、豊前は歩いて街に向かった。
飛べば早いが、見つかった時の事を考えると脚を使う方がいい。体力だけはあるので、歩く事もそんなに苦にならなかった。昼には着けるはずだ。
「
……
で、どこにあるんだ?」
一人で街に来たのは初めてだった。豊前は手元の紙と店先の看板の文字を見比べながら、街の中を歩いていた。読み書きを教えてもらって本当によかったと思う。
街と言っても豊前は市場にしか行かないので、初めての大通りに面食らっていた。人も店も多過ぎて訳がわからない。道中で親切な人達に道を教えてもらいながら(立ち止まっていると声を掛けられるので遠慮なく道を聞いた)、豊前はようやく劇場に辿り着いた。
始まりの時間にはまだ早いが、もう中に入れるらしい。豊前は一番安い客席の切符を買った。切符売り場にいた男は豊前の渡した金貨を見てぎょっとした顔をしていた。
一般庶民の生活は銅貨で事足りるから、金貨を見る事は滅多に無い。豊前の出で立ちも相まって、「贔屓の役者が出るからこっそり見に来たどこぞの貴族の放蕩息子」と思われたのだが、豊前にはそんな事知る由も無かった。
身に着けるものにはうるさい松井が豊前のために用意した衣服はどれもこれも逸品中の逸品で、見た目はどこぞの伯爵家御曹司。そんな風に見られていただなんて、当然知らない豊前だった。
客席で待つ事、小一時間。ようやく歌劇の幕が上がる。役者達には本当に申し訳ないのだが、豊前にはいまいち話の流れが頭に入ってこなかった。
これは恋愛物語だという事は何となくわかるのだが、自分達の持つ感覚とは違いすぎる。これも種族の違いによるものなのだろうか。豊前は松井の出番を待つ事にした。
登場人物達は舞台の上で代わる代わる愛の調べを歌っている。話の展開を追うことを諦めた豊前は、色んな歌があるんだなと物珍しそうに聞いていた。
……
松井も彼ら彼女らみたいに愛の調べを歌うのだろうか。そう思うと、何だかもやっとする。
豊前がもやもやしていると、登場人物達が舞台から消えた。そして一人の人物が舞台袖からゆっくりと出てくる。
――
松井だ。
あの時松井に声を掛けたのはこの台本を書いた作家で、松井の歌声を聞いて急遽台本に手を入れたのだ。松井の役は端役だけれどもアリオーソ、短いソロの見せ場を作ってくれた。
主役達と比べたら随分と簡素で地味な舞台衣装に身を包んだ松井。松井は舞台の真ん中で立ち止まると、片手を上げてくるりと一度回った。伴奏は無い。
一体彼はどんな調べを聞かせてくれるのだろうか。無音の中、客席を向いた松井が心を込めて歌い出す。豊前は初めて聞く松井の歌声に耳を傾けた。これが松井の歌声
――
豊前には求愛にしか聞こえなかった。
最初の一音が耳に飛び込んできた時から、豊前は舞台上の松井から目が離せなくなった。聞こえてくるのは一瞬だけ聞いたあの歌声と寸分も違わぬ、豊前に初めての恋を芽生えさせたあの歌声。間違えるはずがない。
求めてやまなかった相手はこんな近くにいた。全身が松井を求めている。今すぐ抱き締めて、その求愛に返したい、己の歌声を聞かせたい。
豊前は逸る気持ちを必死で抑えつけた。
その後も松井の出番はあったが、松井は他の役者が目立つよう控えめに歌っていた。それでも豊前の耳は松井の歌声をしっかりと聞き分けた。
他の歌声はただの歌声にしか聞こえないが、松井の歌声だけは別だ。自分だけに向けられたものだと錯覚してしまいそうになる。松井の求愛を他の誰にも聞かせたくない。けれどもこれは芝居だから我慢しなければ。それ以前に、豊前にはそう聞こえるだけで松井にそんなつもりはないのだから。
終演後、豊前はどうやって帰ったのか覚えていなかった。気づいたら屋敷の玄関で松井の帰りを今か今かと待っていた。
「ただい、ま
……
?」
馬車が屋敷の前で止まり、松井を下ろす。ようやく松井が帰ってきた。松井は玄関にいた豊前に少し驚いたようだ。豊前はお構いなしに松井をぎゅっと抱き締めた。こうしたくて仕方なかった。
「え、ちょっと待って。ね、どうしたの?」
突然豊前の腕の中に捕らえられて頬擦りをされ、啄むように顔中にキスの雨が降ってくる。一体何が起きているのか、松井にはさっぱり訳がわからなかった。
「松井だったんだよ」
「何が?すまない、全然話が見えない」
「俺はずっと松井に向けて歌ってた」
「歌ってたって
……
」
「あの時松井の歌声が聞こえてきて、そっから歌わずにいられなくなった。今日やっとわかったんよ。あれは松井だったんだって」
松井は散らかった豊前の話を寄せ集めて噛み砕いた。ある日突然、歌わずにはいられなくなる豊前達。そんな経験した事がないからわからないと言っていた豊前も、突然歌わずにはいられなくなった。彼はずっと愛を求める相手を探していた。眠っていた本能を揺らし、初めての衝動を芽生えさせた歌声を探していた。
そして豊前は見つけた。内緒で観に来た舞台の上で。
点と点を繋げた松井の体温が一気に上昇する。そんな都合のいい事があるものか。
文字通り、ある日突然歌わずにはいられなくなった豊前。その歌声は松井にとって心地の良いもので、ずっと隣で聞いていたかった。
なのに聞けば聞くほどに辛くなってきた。松井に向けられる事のないものだとわかっていたから。だから松井は豊前を手放そうとした。
いつか彼がふらりと姿を消してしまう前に、別れを告げたかった。傷つく事には慣れていないから、傷は浅い方がいいに決まってる。
「松井は俺が見つけた、俺だけの相手だ。誰にもやらねぇ。嫌だって言っても、もう放せねーから覚悟してくれ」
そう言って強く抱擁する豊前を松井は弱々しく押し返した。秋波を送り今すぐ番おうとする彼に流されてはいけない。今の豊前は相手を見つけたという本能だけで動いている。それに、
「明日もあるから、だめ」
結局、豊前が劇場に行ったのはあの一度だけだった。行けば衝動的に舞台の上の松井を攫ってしまいそうだから。松井が紡ぐ、愛の調べを乗せた歌声。本当は他の誰にも聞かせたくないけれど、松井の事を思うとそれはできない。あれが求愛に聞こえるのは自分だけだからと己を宥めて。
その代わり、豊前は再び歌うようになった。窓枠を背もたれに腰掛けて、少しだけ風が通るように窓を開けて、一人でそっと口ずさむように。松井にこの沸き上がってくるものを届けたかった。
聞こえなくてもいい。風に乗って彼の元まで届きますようにと祈りを込めて、豊前は一人口ずさんだ。
もうすぐ最後の公演を終えた松井が帰ってくる。最初の日と同じように、凄かった楽しかったと矢継ぎ早に色んな話をしてくるだろう。残念だが、豊前に松井の話を聞いてやれるような余裕は無い。
豊前は元々せっかちだ。ここまで先走らずに耐えた抜いた事を褒めてほしいぐらいだった。
「だから、もう待たなくてもいーよな」
「うん
……
」
豊前は松井を捕まえた。今から何が起きるのかをちゃんと理解して、恥じらう存在が愛おしすぎる。抱き上げて部屋に連れていく時間すらも惜しかった。そんな焦りが松井にも伝わったのだろう。松井がくい、と豊前の腕を引いた。
「
……
僕の部屋の方が近いから」
松井が書き物の仕事をしたり、本を読んだりする時に使っている書斎。ここには豊前も入った事がある。だが、書斎から繋がるドアの先、松井の寝室に入ったことはなかった。
何も無い部屋だけれど断りを入れながら通されたのは、天蓋の付けられた寝台と本棚とナイトテーブルが置かれた殺風景な寝室。部屋の内装なんて一つも目に入らない。豊前は部屋中に満ちた松井の気配に酔いそうだった。
寝台に吊された亜麻の布を手で払い、シーツの上に松井を落とす豊前。これ以上は一秒たりとも待ってやらないと、覆い被さって事を進めようとするのをどうにか止めながら、松井は尋ねた。
「
……
お願い。先に一つだけ教えて。君はその、君達の本能だから僕と番いたいの?」
豊前と松井はそもそもの根っこから違う存在だ。当然、生き方も考え方も違う。豊前は少し考えた。この体の奥底から沸き上がって燻るものがどういうものかを説明するのは難しい。
本能の部分はもちろんあるけど、それだけじゃなくてもっと色んな意味のあるものなのだ。でも、豊前にはそれをうまく説明できない。細かい事に頭を使うのは昔から苦手だ。
だから豊前は、先日読み終えたばかりの物語に出てきた言葉を借りる事にした。全部引っくるめたら、きっとこうなる。
「愛してっから、だろーな」
おしゃべりは後からと、豊前は松井の薄い唇を塞いだ。
早く聞かせてもらいたい。彼が自分だけに向ける、とびきりの歌声を。
――――――――――
歌を知らないカナリアが歌を知り、歌を捨てたカナリアが再び歌うようになるまで。
お別れしておしまいだったけど、もう一人の私が暴れた結果こうなりました。
どんな世界でもぶぜまつis運命だと信じている。
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