ナガレ
2021-04-14 19:54:32
22266文字
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金糸雀の恋(ぶぜまつ)※パラレル

箱庭と鳥籠のふたり。ぶぜまつの異種恋愛譚が見たいという一心で書いた、17〜18世紀のヨーロッパ(架空)をふんわりイメージのファンタジーかつパラレル。刀持って戦う二振りは存在しません。前半3ページだけでも読めます。


翌日、工具箱を持った松井が豊前の部屋に来た。床に工具箱を置くと、次に松井はよいしょと窓際に小さな脚立を置いた。一体何を始める気なのだろうか。豊前は松井に尋ねた。

「ここの金具を外そうと思って」

工具を手にそう答えて、脚立に乗った松井。工具を使うその手つきはとても危なっかしくて、気にしないでと言われても気になって仕方ない。松井は案外不器用だ。豊前は見ていられないから代わると言ったが、松井はできると言って聞かなかった。
豊前がハラハラしながら見守っていると、四苦八苦しながら松井が錆びついた金具を外した。外れた拍子に落ちてきた金具は豊前がキャッチした。
脚立の上で松井が振り返る。見て、と言って松井は窓ガラスの枠をぐっと外に向かって押した。腕を通す程度しか開かなかった窓が大きく開いて空気が入れ替わり、重たいジャカードのカーテンを捲り上げた。

「この窓、本当はテラスへの出入り口の一部だったんだ」
「窓にしちゃ大きいと思っとったけど、そーいうことだったのか」
「今までみたいにもたれると落っこちるかもね」
「そんなドジしねーよ。危ないから下りてこい」
「心配性だなぁ」

脚立から降りた松井はごそごそとポケットを漁り、豊前に一つの鍵を渡した。

「出入り口の鍵もあげる。好きな時に出ていいからね」

松井は一人で出掛ける時、絶対に部屋から出ないでと豊前に念押しをしていたが、それもぱたりと無くなった。「少し街まで行ってくる」と部屋の外から声だけ掛けて、松井は一人で出掛けていく。
買い出しにも自分一人だけで行こうとするので、その時は豊前も無理矢理ついていった。食材の残り具合は松井よりも豊前の方が詳しいので当然だし、荷物持ちは必要だろう。
豊前が一緒に行くと言うと、松井は少し困ったように、でもどこかほっとした様子で頷くのだ。

――野に放しても飛んでいこうとしないのなら、自ら飛んでいきたくなるのを待つ。鳥籠の扉は開いている、君を縛るものはもう何も無いんだ。

と、松井は豊前に対して暗に伝えているのだが、手応えはまったく無かった。よほど松井の事が心配なのか、豊前はここから出ていこうとしない。
一人でも大丈夫だという所を見せなければ、きっと彼は安心して飛び去る事ができない。そう考えた松井は手に職を付ける事にした。役場の書き物代行という小遣い稼ぎではなく、何か職を見つけなければ。そんな思いで松井は街に来ていた。
酒場は夜が遅くなるしゴロツキに絡まれる可能性もあるからから少し怖い、洗濯と掃除はできるが料理は不得意なのでハウスキーパーは難しい、宿屋の受付なら読み書きができるし他国の言葉も少しはわかるので何とかできそう、診療所の助手業は非常に興味をそそられる……
田舎とはいえそれなりに活気のある街なので、実に様々な求人があった。松井は大通りの店前に貼られた紙を一つ一つ見ていった。選んでいる場合ではないのだが、どうしても選り好みしてしまう。
もう少し見てみようと、松井は大通りから逸れた。

(歌劇……

大通りから一つ通りを中に入った所にある小さな劇場。松井はそこの入り口に貼られた貼り紙から目が離せなくなった。次回の公演でどうしても出演者の都合がつかないため、急遽代役を募集しているらしい。条件は度胸があって多少なりとも歌が歌える事。
松井がその貼り紙をじっと見ていると、劇場の入り口が開いて中から壮年の男性が出てきた。

「ずっと貼り紙を見ていたようだが、興味があるのかい?」
「まぁ……
「気になるならどうだい?」

興味があるのならオーディションを受けてみないかと、松井を誘っているようだ。少し悩んだ後、松井は頷いた。ずっと歌っていないから、声が出せるかも怪しい。どうせ出来っこないが物は試しだ。
劇場の中、楽屋と思わしき小部屋に通されると松井は男性から譜面を渡された。これを歌ってみろという事らしい。渡された譜面はは松井もよく知る有名な歌劇の一曲で、小さい頃に飽きることなく真似して歌った思い出の曲だ。記憶を辿り、松井はメロディを思した。――これならいける。
頭の中に流れるメロディだけで十分だから、譜面はいらない。顔を上げ、真っ直ぐ前を向いて息を吸う。そしてゆっくりと第一声を発した。


……お帰り。何か嬉しそーだな。いいことでもあったのか?」
「ただいま。実はそうなんだ。これを見てくれ」

夕方、足取り軽く松井が帰ってきた。何か良い事でもあったのか、松井の機嫌がいい。豊前の問いかけに松井は紙を綴ったものを彼に見せた。

「これ、歌劇の台本。僕、舞台に立つことになったんだ」

ほんの端役だけどと付け加えながら、心底嬉しそうに松井ははにかんだ。そんな松井を見て豊前も思わず笑みが溢れる。くるくると変わる松井の瞳も、今は嬉しくて仕方ないという色をしている。
以前、何か本でも読んでみないかと松井に渡されたのは一つの物語だった。歌劇の題材にもなっていると言っていた、人間達の中ではとても有名な物語。豊前は松井が歌が好きだいう事に気づいた。
あの時は途中で読むのをやめてしまったけれど、今度は最後まで読んでみようか。彼が好きなものを自分も好きになってみたいと思った。

「よかったな、松井」
「ありがとう。だから、その、練習している間はどこかに行っていてほしくて……
「減るもんじゃねーし、別にいてもいいだろ?」
……恥ずかしいからだめ」

台本で顔を半分隠した松井はそう言うが、その言葉の裏を豊前は察した。彼はまた、理由をつけて豊前を逃がそうとしている。どれだけ松井が出口や逃げ道を示したところで、豊前に松井を一人残して出ていく気は無かった。
その証拠に、豊前はあの日から一度も歌っていない。松井が聞かせてくれとねだってくる事も無かった。うっかり口ずさんでしまう時はあるが、歌わずにいられなくなる本能はぐっと抑えつけている。
二度と仲間に会えず、番いの相手とも出逢えず、ここで一生を終える事になっても構わない。これは豊前が自分自身が選んだ道なのだから。

「わーったよ。適当にその辺飛んで、夕方には戻るようにすっから」

松井がどんな風に歌うのかとてもとても気になるが、松井の嫌がる事はしたくない。豊前は譲歩した。


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