ナガレ
2021-04-14 19:54:32
22266文字
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金糸雀の恋(ぶぜまつ)※パラレル

箱庭と鳥籠のふたり。ぶぜまつの異種恋愛譚が見たいという一心で書いた、17〜18世紀のヨーロッパ(架空)をふんわりイメージのファンタジーかつパラレル。刀持って戦う二振りは存在しません。前半3ページだけでも読めます。


翌朝、松井は朝食を持って彼の部屋を訪れた。一声を掛けてから部屋のドアを開けると、彼は窓枠に腰掛けてぼんやりと朝の空を眺めていた。窓が少しだけ開いており、彼の黒い髪や白いシャツの裾が風に靡いて揺れている。
有翼人種は空を翔ける生き物だ。空が恋しいのだろうか。でも、彼を買った松井にはその願いを叶えてやる事ができない。松井は慈善家でも篤志家でもない、つまらないエゴを持ったただの人間だ。
表情を作ると、松井は彼に声を掛けた。

……おはよう。食事を持ってきたんだけど、食べられそうかい?」

松井の声に気づいた彼がこちらを向いた。昨日は暗がりでよく見えなかったが、こうやって明るい所で見ると彼は本当に整った顔立ちをしていると思う。天井画に引けを取らないどころか、画家の想像の遙か上だ。
彼が特別なのか、それとも種族全体がそうなのか。彼は男性に見えるが、女性はどうなのだろうか?子どもは?老人は?松井の興味は尽きなかった。
そんな空気を割ったのは、小さな腹の鳴る音。少し気まずそうな彼がいた。

「僕もお腹が空いたから一緒に食べよう。パンとスープだけで味気なくて申し訳ないね」

松井はテーブルの上に二人分の朝食を置くと、彼をカウチソファに座らせて自身もその隣に座った。パンは少し焦げてしまったし、スープもかなりの薄味だ。
いつもこんなような物を食べているので自分では特に気にならないが、彼はどうだろうか。口に合わないようなら、待たせてしまうが街の市場へ何か買いに行こう。
松井は隣の彼をちらりと見たが、まだ彼は食事に手をつけていなかった。もしかしたら毒が入っているのではないかと警戒しているのかもしれない。松井は先に口をつけ、この食事は安全だと示す事にした。
パンを千切って口に入れ、スープを匙で一掬い。ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。しかし彼は松井の様子を見ていなかった。視線は松井の不自然に赤くなった指に向けられている。
パンにオリーブ油をつけて少し焼くと美味しいと聞いたので試してみたが、油が跳ねて火傷をしてしまった。松井的にはよくある事だ。
彼が何かをごそごそと探す素振りを見せた。しかし何も持っていない事に気づいたのが、その手はすぐに止まった。
隣で松井と同じようにパンを千切り、スープにつけてから口にする。何だか微妙な顔をされたのはきっと気のせいだ。スープが思ったよりも薄かったからではない。気を取り直して松井は彼に話しかけた。

「僕は松井。君の名前は何というの?」
……豊前」

初めて彼――豊前と会話が成立した。松井は嬉しくなった。

「昨日はよく眠れた?」
「それなりに」
「それならよかった」

二言三言で会話は途切れてしまった。松井は必死に次の話題を探したが、見つからなかった。元から話上手ではない。仕方ないので、話すならもう少し打ち解けてからにしようと思っていた事を話す事にした。

「君を買った理由なんだけど、僕の話し相手になってもらいたい」
「話し相手?」
「そう。部屋にいる時は自由に過ごしてもらえばいいし、僕がいる時は屋敷の中でなら好きにしてくれていい。でも外には出ないで。君を疑っているわけではないんだけど、一応君を買った立場だからね。でもご主人様になるつもりは無いから、楽に話してくれると助かる」

要約すると、主な役割は松井の話し相手。この広い部屋の中では好きに過ごしていいが、勝手に外に出る事は禁止。できれば気楽な関係を築きたい。
想像以上の好待遇に豊前は少し驚いた。豊前の事はあくまで対等な話し相手として買い求めたのだというのだ。赤の他人を金で買った以上、多少の隷属関係は発生するのが普通ではないのだろうか。

「使用人が欲しいならとっくに雇っているし、傅いてくるお人形さんはもっといらない。本当にただの話し相手が欲しかっただけなんだ」

そう言って松井は少し寂しそうに笑った。


それから二人は互いの事を少しずつ話すようになった。有翼人種は松井が考えていたよりもずっと人間に近かった。
言葉は松井達と同じだが独自の文字は持たず、人間達の使う文字を拝借している事。飛ぶ時以外は邪魔なので翼は仕舞っているが、たまに寝ぼけたり興奮するとうっかり出てきてしまう事。一つの所に定住する事はせず、群れであちらこちらに移動しながら暮らしている事。
それを聞いた松井が「まるで渡り鳥みたいだ」と言うと、豊前は「そうかもしれない」と返した。
何よりも松井の興味を引いたのは、彼らが歌うという事だった。番いの相手に向けて求愛のために歌う、らしい。勝手に口ずさむようになり、次第にそれが歌声に変わっていくのだという。どうやらそれは本能的なもので、ある時突然歌わずにはいられなくなるそうだ。
そんな経験した事ないからよくわかんねーけど、と豊前は言った。おかげで群れの中ではまだ青二才扱いなんだと少し不満そうだった。

「いつか君の歌声が聞けるのかな?」

豊前がここで籠の中の鳥として暮らしているうちは他の仲間に、番いの相手に出逢う事はない。巡り会えたならそれこそまさに奇跡だ。松井もそれをわかって言っているのだろう。罪悪感が隠しきれていなかった。
優しくて寂しがり屋で強がり。緑がかった青い目がくるくると変わる様を見るのは楽しい。それが豊前の抱く松井への印象だった。

「どーだろうな。今の暮らしもそんなに悪くねーよ」
「そう……。それならいいんだけど」
「買い出しに行くんだろ?のんびりしてると日が暮れる」

初めて松井に連れられて街へ行った日、豊前は松井に「縛らなくていいのか?」と聞いた。移動する時は逃げないように拘束されるのが当然だと思ったし、松井に買われた日もここまで拘束されたままやって来た。
しかしそれを聞いた松井は思いっきり引いていた。「そんな趣味はないし、あるようにも見られたくない」と強く否定した。
街に着いて馬車を降りると、松井は豊前の服の袖を軽く摘まんだ。それははぐれないようにするためだったのか、それとも逃げ出さないようにするためだったのか。今さらその理由を問う事はできないが、懐かれたみたいで悪い気はしなかった。
買った立場の松井が買われた立場の豊前に懐くのはどうなのかと、少々疑問に思わなくもないが。


松井は豊前との生活を楽しんでいた。最低限の読み書きしか知らないという豊前に、いつか役に立つかもしれないからと文字を教えた。
松井の不得意な料理は豊前が代ってくれた。火を使えばしょっちゅう火傷をし、林檎の皮を剥くのにも一苦労している松井を見ていられなかったらしい。
松井が人参と格闘していたら、貸せと言ってナイフごと取られた。その時豊前の作ってくれたスープは、外で食事をした時に出てくる物と同じような味がした。
素直にそう述べたら、お前のスープは味のついた白湯だと言われてしまった。初日に微妙な顔をされたのは気のせいではなかった。
金で買った関係だが、その関係はすこぶる良好だ。最初から一つ屋根の下で共に暮らしていたと思ってしまうぐらい、豊前の存在は松井の生活に馴染んでいた。
そして、窓の外に広がる青空をぼんやりと眺めている姿を見て思い出す。彼を籠の中の鳥として閉じ込めている事を。
でも、松井はもう少しだけこの生活を楽しみたかった。

「今日もいい天気だ」

書き物の手を止めると、松井は大きく伸びをした。働かなくても食べていけるだけの財はあるが、根が勤勉なのか「何もしない」という事が松井にはできなかった。
幼少期に身につけた教養の高さを生かし、役場の書き物の仕事を請け負って日銭を稼いでいた。

「~~~♪」

紙が飛んでいかないように重しを乗せると、松井は書斎に繋がる寝室の窓を開けた。吹き抜ける風が気持ちよくて、豊前がよく窓枠に腰掛けている理由が少しわかった。
ずっと夜型の生活だった事もあり、豊前が来るまでは陽光の良さに目を向けた事が無かった。
気づくと松井は昔々に覚えたメロディを口ずさんでいた。そんな自分に一驚し、松井はきゅっと唇を固く結んだ。
――歌う事はやめたのだ。寝ても覚めても歌う事が大好きで、その歌声を褒められて喜んでいた夢見る少年はもういない。
松井は寝室の窓を閉め、カーテンも閉じた。吹き抜けていた風が消え、いつもの松井の書斎が戻ってきた。
そう、これでいい。この静けさと共に生きていくのだ。豊前の存在は松井の人生における、ほんの一瞬のノイズなのだから。

(早く手放さないといけないな……

でも、もう少しだけこのままでいさせてくれないか。


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