ナガレ
2021-04-14 19:54:32
22266文字
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金糸雀の恋(ぶぜまつ)※パラレル

箱庭と鳥籠のふたり。ぶぜまつの異種恋愛譚が見たいという一心で書いた、17〜18世紀のヨーロッパ(架空)をふんわりイメージのファンタジーかつパラレル。刀持って戦う二振りは存在しません。前半3ページだけでも読めます。

Arioso たゆたう歌声、出会いと別れ】

今日も港は真帆片帆。船着き場を行き交う帆船や沖に浮かぶ汽船で賑わう港湾の街はそれなりに大きくて、中心部には市場や酒場だけでなく、劇場、歓楽街もある街だった。
とある青年――松井は、街の中心から少し離れた遠くに海の見える高台にある大きな屋敷で暮らしている。
幼少期、松井は歌う事が大好きだった。両親は松井の歌声を褒めてくれた。周囲もまた、松井を小さな声楽家だと持て囃した。松井少年の夢は一人前の声楽家、花の都の舞台に立ちたかった。
だが、無邪気に夢を追いかけていられたのも十の頃までだった。その年の流行り病で両親が急死した。遺された松井に降りかかってきた、跡目問題。胤子の松井を巡り、親族達は大いに争った。松井の家は代々続く大きな貿易商、亡父は当主だった。
幼心に親族達のいがみ合う姿にうんざりした松井は、数年後に当主の立場を放棄した。生家から離れた地に住むための屋敷と莫大な財産の一部を与えられ、一族からは縁を切られた。風の噂で松井の後見人を自称していた叔父が次の当主になったと聞いたが、松井にはもう関係のない事だ。
家を出た松井は再び夢を追う事を考えた。だが、成長期を迎えた松井は声変わりをしていた。純真無垢で儚げなボーイソプラノの少年はもういない。松井は歌う事をやめてしまった。


*****

その日、松井は所用で街に来ていた。考え事をしながらぼんやりと歩いていたら道を一つ間違えて、裏通りに入り込んでしまった。滅多に立ち入らない裏通り、その独特の雰囲気に少し戸惑ってしまう。早く表通りに戻ろうと、松井は歩みを早めた。
どうやらここは歓楽街で、夜に活気づく場所だ。こんな時間はまだ通り全体が眠っているのだろう。表の賑わしさが嘘みたいに静かだった。
足早に立ち去る途中、松井は開いている店を見つけた。どうやら店自体はショーパブのようだが……

(オークション?)

交易で栄えているという事もあり、この街では様々な物品が取引されている。当然、その中には表には出せないような物もある。こんな場所で行うのだから、あまり表沙汰にはできない物が出てくるのだろう。
詳しい事は書かれていないが、看板の一番下には小さく目玉商品(シークレット)ありと記載されていた。

「やあ。今日並ぶのはどれも正規ルートで仕入れたものばかり。気になるなら見ていかないか?」

松井が看板を見ていると、男が声を掛けてきた。帰った所で漫然と時間が流れるのを待つだけだ。何かの役に立つかも知れないと思い、松井は男に木戸銭を払うと番号札を受け取って中に入った。
中は薄暗く、舞台だけがスポットライトで明るく照らされていた。端に空席を見つけると、松井はそこに座った。冷やかしで悪いが、オークションに参加するつもりは無い。物見遊山だ。
表ではできない(と思われる)オークションなので、身元が割れるのを防ぐためなのか、顔を隠した参加者が多かった。
正直に言うと、居心地はとても悪い。ひそひそと聞こえてくる、怪しげな話し声。客が客を値踏みしている。早く始まらないかなと松井は思った。
しばらくすると舞台の上に一人の男、オークションの進行役が登場し、始まりを告げるベルが鳴った。

……正規ルートで仕入れた物なら、表通りでもっと堂々とやればいいのに)

松井の想像は外れ、淡々と進むオークションはあまりにも普通だった。出てくる物はこんな裏通りでひっそりとやらなくてもいいのにと思うような物ばかりで、買い手の現れない物品もいくつかあった。
安くない勉強代だったと、松井は少し後悔した。とは言え、今更席を立つのも何だか悪いので松井は最後まで見ていく事にした。

「本日最後の品はこちら。希少中の希少、皆様が初めて見るであろうものをご用意しました」

進行役の紹介を受け、客席が一気に騒がしくなる。今までの白けた空気が嘘のようだった。一体何が出てくるというのだろうか。

――有翼人種」

有翼人種。それは人の姿で翼を持ち、大空を自由に翔けるという生き物だ。伝承上の生き物だとばかり思っていたが、実在していたのか。松井は内心驚いた。
一体どんな姿をしているのだろうか。教会の天井絵に描かれているような姿をしているのだろうか。松井は居住まいを正した。そして息を飲んだ。
舞台の上に連れてこられたのは、一人の見目麗しい青年だった。その姿にしんと水を打ったように静まりかえる空間。後ろ手で拘束されて繋がれた青年は、硬い表情でこちら側を見ている。
真っ赤に色づいた虹彩は大粒のルビーで、均整がとれた健康的な肉体はまるで彫刻だ。肩甲骨や背中を見せるためか、青年は上半身を晒している。翼の付け根にあたる部分が盛り上がっていた。
あそこから翼が出てくるのだろうか。何色の翼が?やはり白色だろうか?それは一体どんな風に?
一対の翼が顕わになっていく様は、さぞかし神秘的な光景なのだろう。その光景を想像した松井は一人高揚していた。
そんな中、あれは「人間」ではないのかという呟きが聞こえてきた。正規ルートを掲げている以上、人身売買は御法度だ。だから彼は「人間」ではない。
しかしその姿はあまりにも自分達と近すぎた。誹りを恐れて誰も手を出そうとはしなかった。
最低落札価格は金貨十枚。松井は懐の革袋の中身を考えた。今日は古書を買い求めに来たが、買わずに帰ればいい。残った分で馬車に乗ってもお釣りが来る。
松井は静かに手を挙げた。――彼がこちらを見た、ような気がした。


松井が彼を連れて屋敷に帰ってくる頃には、日が暮れて夜になっていた。松井が落札してから今まで、彼は一言も発していない。松井が契約書を交わしているときも、代金の金貨を渡した時も、連れて帰るために服を着てくれと言った時も、彼は何も言わず無に近い表情でこちらを見ていただけだ。
言語が違うのかと思ったが、松井が「行こう」と声を掛けたら素直についてきてくれたから、言葉は通じているようだ。己の置かれた立場も理解していた。
馬車を降りると彼はきょろきょろと辺りを見回した。何か気になる物でもあったのだろうか。この辺りには松井の住む屋敷と遠くに見える海ぐらいしかない。昼間なら見晴らしも良いが、残念ながら今は夜だ。しかも今夜は曇りで、星も月もあまり綺麗ではなかった。
屋敷の中に入ると松井は彼を二階に案内した。二階で一番日当たりの良い、大きな窓とテラスが設けられた広い部屋。ここで本を読んだらどれだけ気持ちがいいだろうかと思って家具をいくつか運び込んだのはいいが、夜型生活がすっかり身についてしまった松井は使っていなかった。彼がこの部屋を気に入ってくれるといいのだが。
部屋に入ると松井は彼の両手を拘束していた縄を解いた。結び目は存外固くて、縄に負けて少し爪が欠けた。きつく縛られていた彼の両手首は赤くなっており、申し訳ない事をしてしまったと思う。本当はもっと早く解いてやりたかったが、言い出せなかった。

「今からここが君の部屋だ。部屋の中の物は好きに使ってくれて構わない。僕は下にいるから、何か足りない物があったら言ってくれ。火は平気?後でランプを持ってくるから。眩しかったら消してくれて構わない。あぁ、そうだ。君の服も調達しないといけないね。今着ている一枚だけじゃ足りないし、僕のものだと少しばかり小さそうだ。窓は開けても構わないけど、少ししか開かないから。食事はできる?パンと水も持ってくるから食べれそうなら食べて。明日の朝食は何にしようか。嫌いな食べ物はある?僕と同じでもいいい?恥ずかしい話、料理は得意でないから本当に簡単なものしか用意できないけ、ど……

ここまでほぼ一息だった。話についていけていない彼を置いてきぼりにして、次々矢継ぎ早に話しかけてしまった。やってしまったと、松井は俯いてきゅっと唇を噛んだ。ずっとこの屋敷に一人きりだったから、人と接する時の加減を間違えてしまった。

……うるさかったよね。疲れただろうから今日はもう休んで。おやすみ」

何か言われる前にと、松井は踵を返して足早に部屋を出ていった。ぱたんと部屋のドアが閉じる。彼が何か言いかけていた事に松井は気づかなかった。


*****


……本当だ。ほとんど開かねーな)

夜目は利く方だ。暗がりの部屋の中を窓辺まで歩き、ガラスをがちゃがちゃと動かすと窓が開いた。開いたと言っても、腕が通るぐらいの幅だけだった。風は抜けそうだが、流石にここから外に出る事はできない。広くて高い空はすぐそこにあるのに。今は夜だが。
仲間を逃がそうとして下手をうった。捕らえられた時は死を覚悟したし、人買いに売られた気づいた時はどんな屈辱が待っているのかと絶望した。狭い船倉に押し込められ、空を自由に飛べる日はもう来ないのだと悟った。
あの青年が一体どういうつもりで買ったのかわからないが、死にたくなければ籠の中の鳥になるしかない。剥製にされるのは御免だ。

……まだ起きてる?ランプと食べるもの、ここに置いておくから」

これからどうしたものかと考えていると、部屋のドアが開き、隙間から手が入ってきた。床の上に明かりの灯されたランプと、パンと水差しとコップの乗ったトレーが置かれた。こちらが何か言う前に、ドアはまた閉ざされた。
彼は有翼人種を何だと思っているのだろうか。火ぐらい知っているし、普通に使う。生活水準は大差ないと思うのだが。床に置かれたランプを持ち上げて掲げ、とりあえず部屋の中を照らしてみた。
室内には寝台とカウチソファ、書き物用のライティングビューロー、石でできた立派なテーブルが調和を図るように置かれ、窓際には安楽椅子が置かれている。しかし部屋が使われた形跡はほとんど無かった。この家の中には生き物の気配がしない。もしかして彼は一人でここに住んでいるのではないかと思うぐらいに静かだった。
腹は減っていなかったので、水だけ貰う事にした。水差しからコップに注ぐ際に匂いを嗅いでみたが、毒は入っていなさそうだ。一日ぶりの水分に生き返った気分を味わった。トレーはとりあえずテーブルの上に置いておこう。

(助かったと思っていいんだよな……?)

ランプをテーブルに置き、与えられた寝台に倒れ込む。これから一体どうなるのだろうかという不安は消えないが、下りてくる目蓋の重みに抵抗する事はできなかった。


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