空のありか

まゆこさま企画の「乙普イiメソンアiンソロ」に載せていただいた乙普を再録します。作業中の太乙のもとにやってくる人の話。小説のページにもすてきな背景を使ってくださって、本当にうれしかったです。ありがとうございました! ※再録にあたり、一部加筆修正しています。

「最高傑作だよ」


「太乙」
呼ばれてはっと瞬きをした。さっきまで頭上に広がっていた青空はいつのまにか橙に染まっていた。日が沈んだあとの湿気た空気が冷たい。手元は暗く、細かな螺子穴もすっかり見えなくなっている。灯りぐらいつけなよと言いながら、雲中子は卓の上にあった蝋燭に勝手に火をつけた。
瓦礫が続く大地の真ん中に、鈍色のそれが浮かび上がった。表面に刻んだ文字がたよりない灯りに照らされ、影を落としているのが見えた。
そうだ。
これを作ろうと思ったのは、新しい居場所が必要だったからだ。新しい居場所が必要なのは、それがなくなってしまったからで、なくなってしまったのは——
「へえ。できたんだね。いいタイミングだ」
雲中子は淡々とした口ぶりで言った。
「吉報だよ。周が勝利したらしい。さっき連絡があった。間に合いそうでよかったじゃないか」
ぱちんと音を立てて視界が開けた。冬の木の枝で、乾いた種がはぜるようだった。
周が勝った。もうすぐここに太公望たちが戻ってくる。そのとき、家がないと困ると思ったんだ。
どんな形にするかはとっくに決まっていた。迷うまでもなかった、だから夢中で設計図を書いた。子供の落書きみたいに一心不乱に手を動かして、記憶にあるそれと照らし合わせながら、最小限の素材で、最大限の機能を忠実に再現できるように。金属も石も、ガラス片もなにもかも再利用して、使えるものはひとつ残らずかき集めた。
みんなを乗せてどこへでも行ける動力と安心して休める収容力。万が一の攻撃にも対抗できる攻撃力と防御力を備えるために、材質の強度を上げて補強するという提案を受け入れた。それに見合うように加工して、いちばん高い場所に窓もつけた——操縦者の心がいつもおだやかであるように。空がそこにあるとわかるように。
「最高傑作だよ」
自然、声に力がこもる。
「これが私たちの新しい家だ。これからどこへ向かうにしても、ここがみんなの出発点になる」
その言葉をどう受け取ったのかはわからないが、雲中子はちいさく頷いた。そしていったん背を向け「そういえば」と足を止めて振り返った。
「太乙、さっき、誰と話をしていたんだい?」
「誰って……それはもちろん、」
いつもにこにこ笑顔を絶やさず、こちらの気持ちなどお構いなしにするりと人の心に入り込む。物質の根源を操るチートな宝貝を持つくせに、呆れるほどの平和主義者で、でもいざというときには自らの主張を決して曲げない頑固者。
そんな人はほかに知らない。
返事を待つ雲中子に、太乙はふっと笑って「さあね」と肩をすくめた。
「なんでもないよ。ただの独り言さ」

酒と二人分の酒器がほしいと雲中子に頼んだ。怪訝な顔をしながらも、きっちりそれらを揃えたのはさすがというべきだろう。雨の日の空みたいなうす灰色のガラスの杯を、太乙は手元と正面に置いた。卓に敷いたのはボロボロになった設計図。蝋燭の火に照らされて、蝶の羽根みたいに透明な酒器がゆらりと映る。
「さて、——やっとできたよ。……普賢」
その名を呼ぶのも久しぶりだ。いつの間にか一緒にいて、きっと完成を見届けたであろう同僚に向けて酒を注ぐ。
「終わったら飲もうって約束したよね。まさか自分だけすっかり役目を終えたつもりでいるんじゃないだろう? 窓もちゃんとつけたんだ」
いつの間にか隣で笑っている人は、まだ今日は姿を見せない。空を覆いつくすほどの星が鈴を鳴らすように輝いている。きっとどこかでそれに見惚れて時間を忘れているのだろう。空はこんなに広いから、迷っているのかもしれない。
「今日は夜通し語りあかそうよ。きっと楽しい。きみの話も聞いてあげる。だからほら、いつもみたいに出てきて、私を驚かせておくれよ」
事情を知らないはずの雲中子が気を利かせて、ずいぶんたくさん酒を用意してくれた。おそらくひと晩では飲みつくせない。杯を合わせると涼やかな音が夜空に響いた。
「なにから話そうか。——そうだな、まずはきみが規模縮小を主張した攻撃用の宝貝だ。あれは通天砲を修理するところからはじめたんだけれど——
そうしてできたばかりの「それ」について、太乙は語りはじめる。