空のありか

まゆこさま企画の「乙普イiメソンアiンソロ」に載せていただいた乙普を再録します。作業中の太乙のもとにやってくる人の話。小説のページにもすてきな背景を使ってくださって、本当にうれしかったです。ありがとうございました! ※再録にあたり、一部加筆修正しています。

「最高傑作だよ」


その日は朝から雨で、太乙は作業を中断してぼんやり外を眺めていた。
明るくてのっぺりした灰色の空から、こまかい雨がさらさらと降り、庇からは絶え間なく雫がしたたり落ちる。今日はもう無理かなあ、一日でも休むと後が大変なんだけど。そんなことを思いながら、手元の設計図をそっと広げた。何度も広げては眺め、また丸める、を繰り返しているせいで、ところどころすり切れている。先だって、小雨の下で作業をしたせいか、線がにじんで擦れたところも少なくない。
「働きすぎだから今日は休めって、お天気の神様が言っているよ」
呑気な声に目も上げないまま「なんだよ、お天気の神様って」と唇を尖らせた。
「そういうきみはなんの用だい。神様が言っているならきみも休んでいればいいのに」
「ここで休もうと思ったんだ」
ああ言えばこう言うお手本みたいだ。いつもなら反論するところだけれど、ほとほと呆れて、「ああそう」とため息をついた。
目の前の灰色の景色が霧雨にぼやけて見える。泣いた後の視界みたいだ。こんな天気に、なんでこの子はこんなに楽しそうなんだろう。
暇に飽かせて手のひらに雨粒を受けた。大地を潤すそれが、ひたひたと手に水たまりを作っていく。
「きみさ、なにが楽しくてこんなところにいるわけ」
晴れの日も雨の日も時間があればやって来て、人の作業を覗きこんでいる。彼の専門は物理学で、まったく畑違いではないとはいえ、こんなにまで足しげく通う理由がわからない。
彼は「それね」と頷き、「好きだから」
……なにが」
一瞬ぎょっとした。悟られないよう、声を抑えたつもりが情けないほど上ずってしまったことに、もしかしたら彼も気づいたかもしれない。けれどあくまでもそのことにはふれず「作業工程」と無邪気に答えた。
「平面の設計図に書いたものが、だんだん立体になっていくでしょう。その過程が楽しくて、飽きないんだ」
「きみだって作れるだろう、宝貝ぐらい」
「僕はもともとあるものの形を変えることはできるけれど、ゼロから十も百もは作れはしないから」
「そうかなあ」
「あなたの仕事は、宇宙の成り立ちに似ているよね。光が最初に生まれる、みたいな」
最初は目に見えぬほど小さな粒子だ。それが無数に集まり、圧力がかかり膨大なエネルギーを発して宇宙がはじまる。世界各地のさまざまな神話に「この世は光とともに生まれた」とあるのは、原初の記憶を誰もが細胞の記憶に内包しているからだと思う。
「あなたが物を作っているときって、光を探しているみたい。だから好きなんだ」
なんと返していいものか、結局、気の利いた答えをひとつも思いつかないまま考えあぐねていると、「ということにしておくよ」と冗談めかした調子でかわされて、「そりゃどうも」と目を逸らした。
どこまで本気かわからないし、変なところで思いもよらない直球を投げてくるから侮れない。いつも受け止めるだけで精一杯だ。
「ほめてくれるのはありがたいけれど、なにもあげないよ」
「期待はしていないよ」
「攻撃力も削らないからね」
「これ以上口は出さないって」
目を逸らしたまま、ちらりと隣を見やる。彼は白灰色の空を相変わらず楽しげに見上げている。宇宙の成り立ち、なんてものにまで想像を膨らませるこの子の目には、雨粒のひとつ、雲の一片、朝焼けにとける星明りすら、宝物みたいに見えているのかもしれない。
「やまないねえ」
その言葉に太乙も空へと目をやった。今日はもう開店休業だ。