まゆこさま企画の「乙普イiメソンアiンソロ」に載せていただいた乙普を再録します。作業中の太乙のもとにやってくる人の話。小説のページにもすてきな背景を使ってくださって、本当にうれしかったです。ありがとうございました! ※再録にあたり、一部加筆修正しています。
「最高傑作だよ」
一羽の蝶がとまった。白い紙の上、うす曇りの日差しを透かして、翡翠色の羽根が模様を浮かび上がらせる。ゆっくり、深呼吸のリズムで開閉をくり返す様子を、太乙は追い払うでもなくじっと見つめた。壁画みたいだ。色ガラスを砕いて削ってバラバラの破片を組み合わせ、一枚の絵を描き出すモザイク画。
羽根を休めきったのか、しばらくしてから蝶はふたたびはらりと浮かびあがる。どこから来たのだろう、このあたりに彼らが好きそうな森や林はなかったはずだけれど。空にその姿が見えなくなるまで見送ってから、もう一度手元に視線を戻した。
卓いっぱいに広げた紙に、縦横無尽に線が引かれている。一見、無作為な落書きだが、太乙にはその先に詳細な完成形が見えている。手でふれたときの硬さや冷たさ、見上げたときのフォルム、日の光を受けて輝く鈍色まで。あとはどうアウトプットしていくか——道のりはとても遠いが、全体をイメージし、こまかい部分まですべてが収まるべき場所に収まるよう、脳をフル回転させていく。
「へえ、こうなるんだ」
腕組みをして考え込んでいたところに突然声をかけられた。見れば同僚がひとり、しげしげと覗き込んでいる。
「いま作っているのがこれなんだね? さすがマニアック」
「……きみさあ」
呆れたため息をついて、太乙は筆を置いた。せっかく集中しかけたところだったのに。
「来るなら来るって前もって言っておくれよ」
そんな小言にも「思ったより複雑だな」と興味津々だ。
「あなたにしては大掛かりだね。珍しい」
「そうかい? いや、だからなんで勝手に見てるわけ」
「いつもわりと小さい物が多いでしょう。あ、ねえ、こっちのはなに?」
蝶の羽化をいまかいまかと待つ子供みたいだった。こういう顔をするとき、彼はいつにもまして人の話を聞かない。あきらめて「それはエンジン」と答えた。
「動力部だよ」
「こんなに大きいなら、かなりエネルギーを使うことになるね。操作も難しい」
「そう、今回はそこが要なんだ」
邪魔されたのは気に食わないが、子供の落書きみたいな線から「それ」を言い当てた洞察力の高さには、ひとまず敬意を払いたい。筆を走らせて、太乙は設計図の一部分をぐるりと丸で囲んだ。
「ここをどれだけ強化できるかが、成功の分かれ目だと思ってる。きみのいう通り、高度なエネルギーを使う、それも大量にね。使用者が限定されるからなるべく効率的に動かすシステムにしたい。おそらく持続力も欠かせない。でも使用状況を想定すれば攻撃力、防御力もはずせない」
「どれもこれもは無理じゃないだろうか」
彼は眉を寄せた。
「どれかに特化したほうがいいと思う」
「どれかを削れと?」
「攻撃力」
即答に太乙は「言うと思った」と息を吐いた。
「きみって、ことごとく争いごとを避けたがるよね。ほんとうは好戦的なくせに!」
「そっちに回せるエネルギーがあるなら、防御と動力に振り向けたほうがいいよ。効率が悪すぎる」
「それにはとうてい同意できないな」
「できないんじゃなくて、したくないだけでしょう?」
遠慮なく打ち返される質疑にやや苛立って、太乙は「ちょっと待って」と遮った。
くわしい話を聞きたがっているのはわかったし、こちらも語りたいのはやまやまだけれど、いちいち説明してやる義理はない。それに今日はもう疲れすぎていた。返事すら億劫だ。
「ごめんよ、悪いけどそれくらいにしてくれるかい? どうにも疲れがたまっていて」
筆を置き、目を閉じて右肩をぐるぐる回す。血液が勢いよく腕の先へ送られて、冷たかった指先が温まっていく。少々根をつめすぎたかもしれない。
「だからこの続きはまた今度に——」
言いながら目を開けると、そこにいたはずの姿はなかった。虚を突かれてあたりを見わたしたが、書き置きみたいなものも見当たらない。いつ帰ったんだろう、あんなにも議論する気満々だったくせに。
自分から帰れと言ったことは棚に上げて、少々がっかりした気持ちで肩をすくめた。まあ、来るのも唐突なら帰るのも唐突。気まぐれなのは昔から変わらない。
「……今日はもうやめにするかな」
続きは明日。自分で自分に言い聞かせて、太乙は設計図をくるりと巻きおさめる。
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