【再録】老桜は眠る

2021年11月発行の楊普アンソロ『42 僕たちの恋模様』に掲載していただいた楊戩と普賢のお話です。
たくさんの楊普を集めたすばらしいご本でした。ありがとうございました。

あとしまつ後の教主楊戩と普賢の話。いつも誰かを助けているだろう普賢が、誰かに助けられる側になったらどうだろうと考えて書いたお話です。

「理由がなければ、いけないかな」


朝いちばんで待ち構えている二人に、桜の木は、ため息をついたようだった。
「ずいぶんと暇であるようだな」
「せっかく友人が来てくれたんだ。もうすこし話をしてもいいかな」
鳥たちの朝の挨拶がひと通りすんだのを見計らって、普賢は歩み寄った。
「いつでも仙人になれる力があるのに、どうしてこの場所にこだわるの」
「自由に居場所を変えることがしあわせとは限らぬよ」
「動かないしあわせがあると?」
「儂はお前たちが思うより自由だ」
しばらく後、彼は朗々と歌い上げるように答えた。
「お前たちはよほど花や草木が不自由に見えるかもしれぬが、儂らは自らがどこでもっとも生きやすいか、ちゃんと心得ておる。生きにくい場所にうっかり芽を出し、その間違いに気付いたときには自ら命を絶ち、別の場所で生き直す程度の意思と図太さを持っているが、さて、そう考えると儂にはお前たちのほうがよほど不自由に見えるな。不快なしがらみに縛られ、自らをそこに落としこもうと必死で努力する、それがさも生きがいであるというように。そうではないか」
普賢はちいさく笑った。
「たしかにそうだね。でも、そんな不器用さも含めて、僕はいとおしいと思ってるよ。だからそんな仲間たちといっしょに新しい世界を作ろうとしている」
「儂ができることはなにもない。捨て置けばよかろう、先の短い老木など。そこの教主とやらも、そのほうが楽であろうに」
冷たい風がまわりの木々の間を吹き抜ける。葉がざわざわと音を立てた。
「楊戩も本心からきみを迎えたいと思っているんだ。だからあなたも本当の気持ちで答えてほしい」
「本心」
さも愉快そうに笑った、気がした。
「お前は、お前たちは真に、本心をわかりあっていると?」
「そのつもりだよ」
「そんなものは、そうかんたんに他人には明かさぬものではないのか。その証拠に、ほれ、そこの若いのは」
枝がさわりと揺れる。枝で、あきらかに楊戩を指し示した。
「お前のことをたいそう慕っておるようだ。どこまでも私的な——そう、恋情に似たもののように、儂には感じられるが」
え、と言いかけた言葉を寸でで飲み込んだ。普賢が驚いて楊戩を振り返る。慌てて目を逸らしたが、それを普賢は苦笑しながら受け流した。
「うん、僕も彼が好きだよ。心から尊敬しているし、信頼している。とても優秀で頼もしい教主だから」
四方に伸びた枝がわずかに撓った。やれやれと肩をすくめたように見えた。
「本心を伝えるのも受け取るのも、さほど簡単ではないことは、お前たちがもっともよく知っていると思うたが」
揺れた枝からちらちらと葉が舞い落ちる。なにか深く考えているようだった。やがて幹全体が小刻みに揺れた。
「疲れた。儂は眠る」
桜は再び沈黙する。まだ日は高かったが、この日はもう木が口を開くことはなかった。