【再録】老桜は眠る

2021年11月発行の楊普アンソロ『42 僕たちの恋模様』に掲載していただいた楊戩と普賢のお話です。
たくさんの楊普を集めたすばらしいご本でした。ありがとうございました。

あとしまつ後の教主楊戩と普賢の話。いつも誰かを助けているだろう普賢が、誰かに助けられる側になったらどうだろうと考えて書いたお話です。

「理由がなければ、いけないかな」


瞼のむこうにかすかなあかるさを感じて目を開いた。まだ暗いが、森はすこしずつ朝を迎えようとしている。寝入っていた人の姿はすでになかった。立ち上がり、胸に深く息を吸い込む。すがすがしい空気は、まわりの木々が目覚めはじめている証。太陽が昇る前から、彼らはその光を、熱を受け止める準備をしている。
彼を探して草を踏んだ。早朝にもかかわらず、鳥は空を舞い、枝に止まっては囀りをくり返している。ひときわにぎやかな羽根音のほうへ足を向けると、果たしてそこに彼がいた。朝靄に溶け込むように立ち、手をかざして、好奇心旺盛な鳥たちを何羽も腕に頭に止まらせている。鳥たちにとって、神は物珍しい存在であるようだった。
「おはようございます」
鳥たちについばまれている普賢に、思わず笑みをこぼした。
「もてもてですね、普賢師弟」
「楊戩、おはよう。こう見えて昔から鳥には人気なんだよ」
笑い合った後、二人でぐるりと桜の木のまわりを歩いた。古木はまだ目覚めてはいないようで、普賢は「いつも彼の朝はゆっくりなんだ」と愛おしげにその幹を撫でる。苔生したそれに、楊戩も手を伸ばした。老い先短いと普賢は言うが、しっとり冷たい木肌に、弱々しいながらもたしかに生きるものの息づかいが感じられる。気の遠くなるほどの年月を生きた、これが証なのだろう。
「あの、普賢師弟」
昨夜、聞けなかった疑問を、楊戩はふたたび口にしてみた。
「彼を生き永らえさせたい理由はなんですか」
普賢はしばらくじっと考え、
「理由がなければ、いけないかな」
ちらちらと頭上を飛び回る鳥たちに手を、腕を差し出しながら、おだやかな朝の光に向かって普賢は目を細める。
「寿命が近いとわかっていて、本人がここで最期を迎えたいと望んでいるのなら、尊重してもいいのでは。あなたがそこまでしてとどまる理由がわからない。ここにいる限り、人間たちと接触することもないでしょう。特例ですが、このかたはここに居続けて問題ないかと……これは教主としての意見ですが」
うん、と普賢は頷く。それからすっかりあかるくなった空を見上げた。
「たぶん、僕のわがままなんだ、わかってる。でも」
高い枝から、ぽつりと朝露が滴って手のひらに落ちた。
「もうすこし待ってみたいな」
それはどこか自分に言い聞かせるような口ぶりだった。待ってみる。こんなにも時間をかけて?
「僕はあなたがわかりませんよ」と呆れると、普賢は「大丈夫、僕もわからない」と言った。「でも、あきらめたくないんだ」
地響きが聞こえた。二人の背後で、桜の木がわななくように幹を、枝を、震わせている。普賢は楊戩に笑いかける。
「さて、主がお目覚めだよ」