吾妻
2023-10-03 20:11:36
11519文字
Public アークナイツ
 

Short Story log02

SNSなどに投げ込んでいた短い話のまとめです。基本的にイチャイチャしています。


Glim

 閉ざした瞼の向こう側に光を感じて、ゆっくりと目を開けた。
 ぼやけた視界に差し込んできたのは朝日ではなく、淡い青の揺らめきだった。
……あ、すみませんドクター、起こしてしまいましたか?」
 潜められた声がすぐ傍からかかる。
 上質な絹のようになめらかな青年の声は、まだ夢と現の境にいるドクターの耳に心地よく溶けた。
 声の主は、端正な おもてに申し訳なさそうな表情を浮かべてドクターの顔を覗き込む。
 淡い光は、彼が掌に乗せた小さな物体から発せられていた。青白い光が、そばかすの散った青年の顔と、一糸纏わぬ素肌をぼんやりと照らし出す。
……それは?」
 青年と同様に衣類を身につけていない体でシーツに包まり、ドクターは彼――ルーメンの掌にある光源を見つめた。
「これは、ええと……小型のランプのようなもの……でしょうか。両親が遺してくれたノートを もとに、工房で機材を借りて作ってみたんです。ドクターに差し上げようと思って」
……私に?」
 よくよく見れば、光源はカンテラの形をしている。
 ルーメンは、彼が自ら作り上げたというランプをうやうやしくベッドのヘッドボードに置いた。
「ドクターはルームライト代わりに、デスクライトをつけっぱなしにしていることが多いですよね? あれでは、あまり目に良くありませんから」
 ただでさえ前髪で目が隠れがちなので、と付け加えて、ルーメンは大きな掌で恋人の髪を くしけずるように撫でた。
「あれはただ……
 消し忘れているだけだ。
 毎日つけっぱなしにしているわけではないのだが、どういうわけか彼がロドスに滞在中は転寝 うたたねを見つかる頻度が高い。そのたびに、幼子に語りかけるかのように優しく諭されて、寝台へと いざなわれる。
 そのまま優しく寝かしつけられる時もあれば、今日のように互いの体温を混ぜ合わせる時もあって、どちらも甲乙つけ難いほど心地よいのだが、あまりに無防備になっている自分に気付かされて、頭を抱えたくもなる。
 彼が寄り添ってくれるなら少しくらい気を抜いても大丈夫だと、体が勝手に油断しているのではないだろうか。そうでもなければ説明がつかない。本来の自分はもっと、警戒心の強い生き物のはずなのだ。
 反論にもならない言い訳をしかけて、結局やめた。髪を撫でる掌があまりに優しくて、思考が緩んで言葉がまとまらない。
 小首を傾げ、ルーメンは辛抱強く言葉の続きを待っている。労りのこもった眼差しに、ドクターは知らず口元にかすかな微笑を浮かべた。
 きらきらとまばゆい輝きを放つわけではなくとも、気づけば当然のように傍らにいて、柔らかな光を投げかけてくれる。激しい自己主張がなくとも、真摯に想いを傾けてくれているのがわかる。それは何物にも変え難い彼の美徳だ。
「だから今日は工房に行っていたのか」
 ルーメンは、ロドス本艦に常駐しているわけではない。彼の活動の拠点は今もイベリアにあり、ロドスと契約を結んだオペレーターとしての業務も、ほとんどが彼の地で行われている。
 時折こうして本艦に滞在する際も、多くの時間を訓練と行動記録の閲覧に充てていると聞いている。それが、今日は一日中エンジニア部の工房に篭っていたようなので、珍しいこともあるものだと思っていたところだった。
「エンジニアの皆さんに比べれば拙い技術だとは思いますが、思いつきが形になるのは思いの外楽しいものですね。もしかしたら両親も、こんな気持ちだったのかもしれません。勿論、技術面では僕が敵うはずもありませんが……
「きれいだね」
 ランプの発する光は仄かだが、美しかった。
 灼けつくような日差しにも、目を刺すような人工的な光源にも、容易く負けてしまうだろう柔らかい光は、それでも、闇を退ける確かな灯火になる。
 ドクターの飾り気のない賞賛に、ルーメンはくすぐったそうに微笑して、「よかった」と呟いた。
「僕は常にあなたの傍にいられるわけではありませんから、せめて僕の代わりに近くに置いておけるものがあればと思ったんです」
「嬉しいよ。大事にする。でも……
 ドクターは、優しく髪を梳く青年の指に自分のそれを絡め合わせて握った。眠りに落ちる前まであれほど力強く恋人を求めていた手が、今は、前触れもなく絡められた女の指をそっと握り返すばかりだった。
「見るたびに君を思い出してしまいそうだな」
 枕元で淡く揺れる青い光は、あまりに作り手とよく似ていて、彼の存在を身近に感じる一方で、開いた距離を余計に意識してしまいそうだった。
 小さく息を飲んだあとで、ルーメンは徐ろに上体を起こした。背にかかっていた寝具が衣擦れの音を立てながら滑り落ちて、青い光が青年の均整の取れた体躯を照らし出す。
「ドクター」
 柔らかな声が大気に溶ける。
 絡め合わせた指を引き寄せ、身を屈めて、ルーメンはそっとドクターの唇に自分のそれを重ねた。
「あなたが必要としてくれるなら、僕は必ず駆けつけます。たとえ、どれほど離れていても」
……うん」
「それに、今は、こうして隣にいるので……その、できればランプより僕の方を見てもらえると……
 青年の精一杯の自己主張は、尻すぼみに消えていった。
 言葉の途中から気恥ずかしさが顔を出してきたらしく、灯台の明かりを思わせる橙の瞳はうろうろと宙を泳いで、最終的に伏せられてしまった。
 主張の大胆さとは裏腹な純朴極まりない振る舞いに、ドクターは思わず小さく吹き出した。
 確かに先程から、ランプの光ばかりを見つめていた気がする。久しぶりに会えた恋人との限られた逢瀬に、余所見ばかりしていては失礼に当たるというものだろう。
「じゃあ、もう一回……?」
 繋いだままの手を引き寄せてくちづけをねだると、ルーメンは伏せていた目を上げ、微笑みの形に細めた。
「好きです、ドクター」
 仄かな青い光の中で、やがて二つの影が一つに重なった。


【終わり】