もち粉
2026-06-29 21:44:12
21156文字
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「愛のしおり」を読み込んで ――誠実なる友人からのアドバイス(前編)


モブミス カブ→ミス
ギャルとキモ男と練習デート
※名前のあるモブがもりもり出ます


世界が終わるのかと思ったあの日。ライオスが悪魔をたいらげ、この国が生まれた日。

崩れた迷宮の残骸と、遠くに聞こえる歓声と、土埃の匂い。 足元には氷漬けの龍。
そんなものを全部見下ろすように、空だけが馬鹿みたいに青かった。

そんな青空の下で、俺はあの人に恋をした。


あの人の涙を見た瞬間の胸を突かれたような衝撃。彼が初めて笑った時の、視界の中が彼だけになったような浮遊感。
それらが一体何だったのか、自分の気持ちに気づいたのは、もう少しあとの話だ。


王となったライオスの、側近じみた役目をこなしながら、ヤアドの指示を仰ぎ朝から晩まで忙しく立ち働く日々。やることも考えることも山ほどあった。
それなのに、何をしていても心のどこかにあの人がいる。

書類に署名をしながら。 物資をかき集めながら。 食堂で冷めたスープをかき込みながら。
気がつけば、考えているのは同じことだった。
ちゃんと食べたかな、この月を彼も見てるかな、どうか心穏やかに過ごしていますように。


三週間ばかり経った頃だろうか。エルフの国の代表として城にやってきた彼と、再会したのは。


見慣れた戦闘服を脱ぎ、落ち着いた色の官服に包まれた身体は記憶にあるよりもずっと細く、肩から裾へ落ちる布地が風に揺れるたび、その頼りなさが際立つ。

かつて全身から噴き出していた悪魔への憎悪は消えている。
銀の髪はきちんと整えられ、険の抜けた白い横顔は、どこか年若くすら思えた。

​その頬に、思わず手を伸ばしそうになる。
自分の気持ちを自覚したのは、この時だ。


けれどその瞬間に首を振る。
男同士だ。それにエルフとの寿命差問題は大きい。それに何より彼には「欲」がない。
そしておそらく、誰かを求めるということ自体に、深い傷を負っている。
――そういう人に「恋愛」を望んではいけないと思っていた。

無理強いはしない。
ただ側で見守ろう。

でも、もしも――
もしも彼がゆっくりとでも回復して、自ら俺を望んでくれる日が来たら。
そう願いながら、四年の月日が流れた。

彼は少しずつ変わっていった。
口数が増えた。微かに笑うようになった。
時には、自分から俺を訪ねてくれる。
それだけで、もう十分だった。



「え、ミスぴ明日お休み? やった、デートしよ!」
若い女がじゃれるように彼の腕に絡みつく。

「わかった。どこへ行きたい?」
「えぇとね、服も見たいし新しくできたドーナツ屋さんも行きたいしぃ……。あ、ウチお弁当作っていってあげるね」


四年後、ミスルンさんには彼女ができていた。……ギャルの。


 ◆

はぁー、ウチのカレシかわいいなぁ。

午後の日差しが降り注ぐテラス席。
揚げたてドーナツの甘い匂いと、通りを行き交う人たちの話し声を聞きながら、ウチは頬杖をついて向かいのミスぴを眺めた。

半分こしたドーナツをもぐもぐ食べる姿は、リスみたいだ。

ミスぴはちっちゃい。
並んで歩くと、ウチがヒール命なのもあって、彼の頭がウチの肩くらいにくる。
エルフ男子としては平均らしいんだけどね。

このビジュしといてバカ強いの、バチクソメロい。

ウチが伯父さんが経営している食堂で働き始めたばかりの頃に、アッツアツのスキレットを取り落としちゃったことがあったのね。

それはもう、単に熱いからっておそるおそる持ってたウチが悪かったんだけどさ。
落ちかけたスキレットに反射的に手を伸ばした瞬間――熱い、なんてもんじゃなかった。

跳ねた油が指から手首にかかって、皮膚を焼くような痛みが走る。
思わずしゃがみ込んだウチの頭上から、

「おい!!」

怒鳴り声が降ってきた。

​床に跳ねた油が靴に飛んだって、ガラの悪い大男の客がいきなり激高したのだ。

​慌てて伯父さんが厨房から飛び出してくるのが見えた。
震える声で、ウチがなんとか「ごめんなさ……」と言いかけた途端。
「ああ!?『申し訳ありません』だろうが!!」
さらに容赦のない怒声が落ちる。

痛みと恐怖で声も出ないウチの前に、ミスぴがすっと現れた。

「大丈夫か?」

常連さんのエルフだったけど、たいていはトールマンのお兄さんと一緒に来てて、注文はそのお兄さんがするから、ウチは声を聞いたこともあんまりなかった。

火膨れができ始めて熱を持ったウチの手を、ミスぴがぞんざいに取りあげた。
その細くて白い手は、驚くほどひんやりしてた。

何か呪文を唱えたようには見えなかったのに、ぱあっと魔術の光に手が包まれて、ウチの火傷は時間を巻き戻したみたいにみるみる治っていった。
こういう治療術って、すぐ治るかわりに痛いって聞いたこともあるけど、ミスぴのそれはちっとも痛くなかったし、なんならちょっとキモチよかった。

ウチの手を離したミスぴは、続いて大男の靴にチラリと目を落とした。
「損傷が酷ければ補修の魔術を使ってやってもいいが、その靴では汚れすぎてどこに今油がついたのか分からない」

数秒の沈黙。

それから店内の誰かが吹き出した。
その瞬間、バカにされたと思った大男がテーブルを蹴倒した。

「おい、今笑った奴出て来やが――

けれど、最後までは言えなかった。
一体何が起きたのかはウチにもわからない。気がついた時には、あの大男が床にのびていた。

​「な、なんだあ……
何が起きたのか自分でも分からなかったのだろう。ミスぴに手首を掴まれたまま、床で目をパチクリと瞬かせていた大男が、「てめえこの野郎」と体を起こそうとした瞬間。

​パッと、その巨体が掻き消えた。
直後、ドサリと店の前あたりで、重いものが落ちたような音が響く。

カララン、と軽やかにドアベルが鳴って、仕立てのいい服を着た、王子様みたいな顔したお兄さんが顔を出した。

「ちょっと、何したんですか? ミスルンさん」
「何もしてない。お前が遅れなければよかったんだ、カブルー」

その時初めて二人の名前を知った。

「いや、なんで俺のせいみたいな言い方ですか。ドアの外で伸びてるあの大男、あなたが転移術で飛ばしたんでしょう?」
「お前が時間通りに来ていれば、うまいこと事態を収めてくれて荒事にはならなかった」

淡々と言うミスぴに、カブっちは「ええ……」と頭を抱えた。
「なにそれ、ある意味信頼なんですか?」

二人はお礼を言おうと立ち尽くす伯父さんとウチの前で、とぼけた会話を続けていた。


その日以降、店に来てくれる度に会話するようになって。ミスぴがお腹すいたから何か食べたいとか、寒いから上着羽織りたいとか思えない人だって事を知った。
カブっちはそんなミスぴを心配して、よくご飯に誘っていたらしい。

確かにミスぴは一人だと、どうやってメニューを選べばいいのか分からないみたいに固まっている。助けてもらったお礼にって大盛りにすれば、自分の限界もわからず食べ続ける。

だんだんとミスぴの食べる適量や、食の進む味付けがわかってきた頃、内心ドッキドキながら冗談にも取れるようなトーンで言ってみた。

「もー、ミスぴは本当にほっとけないなー。仕方ないから、ウチがカノジョになったげる!」

ミスぴはスプーンを止めた。
ほんの少し考えるように目を伏せる。
そして、「うん」と頷いた。

即座に返ってきた承諾に、信じられなくってもう一回聞いちゃった。

「ちょっ、ミスルンさん!? そんな簡単に……!」
カブっちが裏返った声で慌てふためくのと対照的に、ミスぴはマッシュポテトを掬いながら再び頷いた。

「えっ、いいの!? ……ウチ、ミスぴのカノジョ!?」
「うん」

……よっしゃーぁ!

信じられない、みたいな顔してこっちを見ているカブっちに、ニッと笑ってピースサインを送った。