shirajira
2026-06-28 07:06:30
23558文字
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BEYOND THE BYGON SKY(仮)

ビマヨダ日本一周本の冒頭部分(プロローグ、東京、埼玉)。校正がまだなので最終稿は中身変わるかもです


<東京都・浅草 雷門>
「父上とは少々異なるようだが……同じ風の神だ、俺の親戚みたいなもんだよな」
 目を惹く巨大な赤提灯――雷門と書かれている――ではなく、赤提灯を挟むようにして祀られている像を見てにこにこしているビーマを尻目に、ドゥリーヨダナはむすりとした。左腕を擦る。
 単独行動は許可しないとBBは言ったが、一定距離離れるとペナルティがあるとは聞いていなかった。こうなってしまったからには仕方ないと観光を開始し、い並ぶ土産物屋や屋台に釣られたドゥリーヨダナがビーマを置いて走り出したところ――バチリと、空港での比ではない痛みに襲われた。
 思わず腕を押さえてしゃがみこんだドゥリーヨダナに追い付いたビーマは、事情を察すると「自分勝手はなしってことか」と呟いた。かと思えばドゥリーヨダナを置いて走り出し、姿が見えなくなってしばらくして、また戻ってきた。
「何か変化はあったか?」
 開口一番そんなことを尋ねられ、「はあ?」とドゥリーヨダナが返すと、ビーマは一人で納得したらしい。「その様子じゃ何もなかったみたいだな」と頷いた。
「俺はさっきバチッと来たぜ。どうも離れた方にペナルティがあるみたいだな」
 俺は一回目だったから大したことなかったが。言いながら見下ろしてくる顔を見上げるのも癪で、ドゥリーヨダナは痛みを押さえつけながら無理矢理立ち上がった。
「ふん、お前がちゃんとわし様についてくればこんなことにはならんのだ。おい、とっとと先に進むぞ」
「まあ待てよ。この門もなかなか立派だし、もうちょっと見ていきたい」
 ビーマがそう言うものだから、ドゥリーヨダナは致し方なく門の前に留まっている。まだ痛みの残る腕を擦りながら。
 吹く風が柔らかく、日差しもきつくないのは救いだった。どうも今の季節は春らしい。
 日本という国は四季により様相を変える。よって夏休みではあるが、そこはBBの力で――意図的にわからないように書かれているのだろう説明は、読んでもさっぱりだった――季節は県境を越える度にランダムで変わるようになっていると、いつの間にか荷物の中に入っていた冊子に書いてあった。
 ちらりと左腕のスマートウォッチを見る。表示されたポイントはゼロだ。興味のない門の前で足留めされているような状態だから、妥当ではある。
 元々この門は風神と雷神、二神の像を奉っていることから、風雷神門と呼ばれていたが、いつの間にか雷門とのみ呼ばれるようになったと団体客に観光ガイドが説明しているのを小耳に挟みながら、ドゥリーヨダナはビーマが門に飽きるのを待った。
「待たせたな」
「まったくだ! おい、次はお前がわし様に付き合うのだぞ。ついてこい!」
 足早に門をくぐる。この先にあるという寺社までの一本道に店が並び、観光客がごった返していた。
「ほほう、わらび餅ドリンク。あれはうまそうだとわし様の勘が言っておる。む! あの男が食べてるチーズが入ってるやつ、あれもうまそうだな。わし様あれ食べたい!」
「それならあれじゃねえのか? チーズメンチカツ」
「ふーむ。結構並んでおるな。よし、わし様はわらび餅ドリンクを買ってくるから、お前はあの店に並べ」
 お互いが視界に入る距離であれば、恐らくペナルティは発生しない。ドゥリーヨダナはそう見当をつけた。二つの店の距離は近いし、問題ないだろう。
 ビーマは意外にも素直に「わかった。俺の分のわらび餅ドリンクも買っておけ。味はお前と同じでいい」と言うと、メンチカツの列の方へと向かった。
 それを見送って、ドゥリーヨダナも目当ての列に並ぶ。タイミングがよかったのか、前には二人しか並んでいなかった。遠目にビーマが列の最後尾に並ぶのを確認して、息を吐く。
 文句があるのはお互い様で、こうなってしまったものは仕方ないと観光を開始したものの、どうにも態度に迷う。
 ずっと不機嫌ですよアピールをしたいところだが、正直なところ不機嫌で居続けるのも楽ではない。飽きるし、単純に辛い。そもそも観光を楽しまなければBBに課せられた課題――ポイント集め――を達成できないどころか、下手をしたらペナルティがあるので、損ばかりだ。
 かといって無邪気に観光を楽しむには連れがよくない。何で楽しい旅行で見たくもない顔を見続けないといけないのだ。
 まあ、ビーマの顔自体は悪くないとは思うけど。自分ほどではないがそれなりに整っているし。自分の方がイケメンだけども。
 思いながら会計を済ませてドリンクを受け取り、さてビーマはと目をやれば。
「は?」
 若い女の二人連れに話しかけられてにこにこしているビーマを目にし、ドゥリーヨダナは大股でビーマの側に駆け寄った。
 生憎とドゥリーヨダナが駆けつけるより先にビーマが気づき、女たちに何を告げたのか、ドゥリーヨダナがビーマの隣に来るより先に、女二人連れは去ってしまった。
「おいビーマ。何ださっきの女たちは。ナンパか? わし様にわらび餅ドリンクを持たせておいて!」
「こっちはお前が食いたがってるメンチカツの列に並んでやってるんだ、お互い様だろうが。なに、単にこの列は何の列か聞かれて答えただけだ。ナンパじゃねえよ」
 顔をしかめたビーマが手を伸ばしてきて、ドリンクを一つ取られた。ストローで中身を吸い上げる横顔に何かもっと言ってやりたくて、けれども何を言っても余計に腹立たしくなるような気がして、ドゥリーヨダナもストローに口をつける。
 わらび餅はカルデアで抹茶と一緒に食べたことがあるが、それが一つの飲み物になっているというのはなかなか面白い。口の中でとろけるようなわらび餅は、カルデアで食べたものとは大分違った。
 ドゥリーヨダナと同じバーサーカーで日本に茶の湯を広めたという千利休、あるいはその利休に体を貸しているうら若き駒姫がこれを飲んだらどう思うだろうな。現実逃避のようにここにいない知人のことを考える。チラと横目で確認すると、ビーマはとうにドリンクを飲み干して、メンチカツの列をさばいている店員の方を見ていた。
 会話がないというのは気まずいものだ。別にこの男と何か話したいわけではないが、無視されているような気分になる。向こうだって自分と話したいことなんてないだろうとわかっていても。
 環境が変わったところで過去が変わるわけでもなし、やっぱり自分とこの男の間にあるものは、変わらないのかもしれない。
 できるだけゆっくりドリンクを飲み、それとなく行き交う人々の会話に耳を傾けていると、列が進んで、ようやくメンチカツを購入することができた。会計を終えたビーマが、ドゥリーヨダナの方を向く。
「ほらよ」
……ん」
 渡されたメンチカツにかぶりつく。肉とチーズ。こんなのうまくないわけがない。わらび餅ドリンクが甘いのもあって、余計においしく感じる。
「はむはむ。はむはむはむ」
 自然と笑みが浮かぶ。視線を感じて目をやれば、既に食べ終わったらしいビーマが、何だか物欲しげな顔でこちらを見ていた。
「やらんぞ。これはわし様のカツだ」
 思わずメンチカツを庇うようにして、ビーマの視線から隠すと、ビーマが瞬きを返してきた。
「あ? 別に取りやしねえよ」
「信用できるか、この食いしん坊め」
 大きく口を開けて、メンチカツを口に突っ込む。もぐもぐと咀嚼しながら、ゴミをそれぞれの店に用意されているゴミ箱に捨てた。
 それから人の波に流されるようにして、土産物屋を冷やかしながら進めば、寺社にたどり着いた。浅草寺という名の寺の敷地は広く、五重塔や朱塗りの門が目を惹く。歴史が古いという話だが、これを維持するのには金がかかることだろう。
 どこの国も時代も、宗教というのは金が集まるものだな。生前バラモンたちに致し方なく寄進してきたことを思い出しながら、ドゥリーヨダナは辺りを見回した。目当てのものを見つけて、「お」と声が出る。
「おいビーマ、あれやるぞ」
「あん?」
 ドゥリーヨダナが指差した先のものを見て、ビーマが眉を跳ね上げた。
「おみくじ?」
「おうとも。どうだ、これからの旅の運試しに、お互い引いてみるのは」
 ここのおみくじは凶の割合が多いらしい。三割は凶という噂もあるのだとか。さっき女たちがそう話しているのが聞こえた。ドゥリーヨダナは幸運値が高いが、ビーマは幸運値が低い。きっとビーマは自分より悪いもの――ずばり凶を引くだろう。
 それを散々いじってやろう。そうすれば少しはいい気分になれるし、会話がない気まずさが紛れる。
「おみくじなあ。あんなもん引いて何になるんだか、俺にはわからねえが」
「何だ、怖いのか? ただの運試しだぞ。この時代はわし様たちの時代と違って神の息吹もほとんどない。どうせ形式だけだというのに。まったく、真面目が取り柄のパーンダヴァは遊びも解さぬとはなあ」
 ビーマは眉を寄せると、それからしばらくおみくじに興じる老若男女を眺め、意外にもふっと口許を緩めた。
……まあいい。さすがのお前も、今の今でイカサマはしねえだろう。賭け事じゃねえから、されたところで何にもならねえしな」
 何だか嫌みな言い方だが、ビーマはおみくじをやるつもりになったらしい。のしのしとおみくじコーナーに向かっていった。
 何でも棒の入った筒を振り、逆さにして出てきた棒の番号の紙を引き出しからもらうというのがここのシステムらしかった。料金箱に小銭を入れ、意外にもずしりとそれなりの重みのある筒を振る。
「わし様の幸運値を見せてやろう。ほ~れ来い来い、大吉来い!」
 えいやと筒を傾ける。木の棒が飛び出してきた。
「一番! ふふん、わし様にふさわしい番号だ」
 ウキウキと番号の書かれた引き出しを開け、おみくじを取り出し、確認する。
「おおっ、さすがわし様、大吉だ! どれどれ……願い事、充分に叶うでしょう。新築・転居・嫁取り・婿取り・旅行・付き合い等、全てよいでしょう……むふふ、最強ではないか!」
 あくまで軽い運試し、遊びのようなものだとわかっていても、やはり悪い気はしないものである。油断すると思わぬ災いが起こるだなんて物騒なことも書いてあったが、ドゥリーヨダナはウキウキした心のまま、くじを引き終えて紙を見ている様子のビーマに声を掛けた。
「ビーマよ、お前はどうだった? なぁに、凶でも残念に思うことはない。何せここは凶がたくさん入ってるらしいからな。お前が特別不幸なわけではなく、ただ単にお前の運が凡庸、それだけの話だとも」
「勝手に凶って決めつけるんじゃねえよ」
 ムッとした顔をされる。ドゥリーヨダナは思わず聞き返した。
「凶じゃないのか?」
「ちげぇよ」
「じゃあ何だったと言うのだ? まさか……お前も大吉を引いたのか?」
 それはあまり面白くない話である。だがビーマは「いや」とどこか歯切れ悪そうに否定した。
「凶ではないが、大吉でもねえな」
「じゃあ何だと言うのだ?」
 ビーマの手元を覗き込む。
「末小吉? 何だこれは」
 末吉なんだか小吉なんだか、いまいちはっきりしない。中身もなんだかパッとしなかった。
「願望、苦労するでしょう。失物、出てこないでしょう。ふーむ、凶よりちょっとましという感じか? おっ、旅行は一緒に同行する人があれば良いとあるな。おいおい、わし様の存在に感謝しろよ~」
「こんなもん、いちいち真に受けるもんでもねえだろ」
 ビーマがおみくじを折り畳む。まだ見ている最中だったのに。ちらりと見えた結婚・付き合いという項目の中身が読めないままだったが、あの分では大したことは書いてないだろうと、そう思うことにする。
 もはや自分達は死者の影法師で、今更結婚も何もないということはわかってはいるが、カルデアでは生前と異なる縁を結び、交際を行っている者も少なからずいる。自分を差し置いてビーマにそういう相手ができるというのは、正直面白くない。
 もっとも、ドゥリーヨダナが見る限りカルデアでのビーマの交遊関係はほとんど男相手のようだった。厨房面子以外では主に相撲部の連中と親しくしているらしい。汗くさいことである。
 しかしビーマである。いつの間にか羅刹の女を娶って、同世代の誰よりも先に妻帯者に――今でいう内縁の妻的な相手だとしても、妻は妻である――なっていたような男だ。ドゥリーヨダナが知らないだけで、いい仲の相手がいても、おかしくはない。
 自分は今のこの男のことを、そんなには知らないのだな。ふと気づく。しかし聞くのは癪だった。ビーマはドゥリーヨダナの視線にはてんで気づかぬ様子で、「あっちに結ぶみたいだな」と本堂脇に目を向けている。
 どうも引いたおみくじは所定の場所に結ぶ習わしのようだった。二人で並んでおみくじを結ぶ。
「おっ? ポイントがついてる」
 ビーマがスマートウォッチを見てそう言ったので、ドゥリーヨダナも左腕のスマートウォッチを確認した。液晶に表示されている情報を見るに、五十ポイント貯まったらしい。
「多いんだか少ないんだか、いまいちわからんな」
「まだ始まったばっかりだ、こんなもんじゃねえのか」
 言われて、まだ始まったばかりか、と内心うんざりした。あと四十六都道府県を回るまで、夏休みは終わらない。
 というかこんなの休みじゃないだろ。夏休みが終わったら真の休みをもらわんとやってられん。
 思って、ふとそう言えば昔もこんなことがあったなと既視感に襲われた。親や兄弟、住み慣れた土地から離れ、一定期間知らぬ土地で過ごした。その時も、この男が隣にいた。
「しっかし、お前とこうして過ごすことになるなんて、バララーマのところで修行してた時以来か」
 同じことを考えていたのだろう、ビーマがそう言って目を細めた。その視線が珍しく――ビーマがドゥリーヨダナに向けるものにしては――柔らかなものに見えて、ドゥリーヨダナは慌てて目を逸らした。
 嫌だな。妙な期待をしたくなる。結んだばかりのおみくじに目をやる。
 願い事、充分に叶うでしょう。大吉のおみくじには、そう書かれていた。なんだってよい運勢だと。
 叶えたい願いなんていくらでもある。その全てが叶うと、自分だけは信じていたいと、生前から思っていた。
 それでも、叶うわけないと、どこかで思っている願いもある。それがどんな願いかなんて――認識したくもない。
「飽きたな。次行くぞ次。ここは首都なのだろう? 他にもっとわし様に似合いの場所があるはずだ」
 言って、返事も待たずに歩き出す。ビーマはすぐについてきたのか、ペナルティの痛みが襲いかかってくることはなかった。
 夏の間だけだ。短くはないが、長すぎることもない。自分に言い聞かせる。
 春風に耳飾りを揺らされながら、奇妙な夏休みの始まりを、ドゥリーヨダナはそうして飲み込んだ。