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サブさぶれ
2026-06-07 22:03:21
11437文字
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彩り 【SSシリーズ】
スグリにいろんな綺麗な景色を見てほしいと考えて始めたSSシリーズ。
不定期更新。ゆっくり書き進めていきます。
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5
医務室
スグアオ
少し前から、ちょっと様子がおかしいな、とは思ってた。
本人は無自覚だけど、事あるごとに喉を押さえてるし、ずっと咳してるし、何より声が変だ。ガラガラでかすれて、かと思えば裏返って。ゼイユにランチ女子会を誘われた日から、もう一週間以上こんな調子だ。
「スグリ、大丈夫?」
顔を覗き込む。何度か口をパクパクさせてから、スグリがすごく喋りにくそうに、か細く声を出した。
「だい、じょぶ
……
。じんば、じねで
……
。ゲホッ、ゴホッ」
「そう言って、全然咳止まってないじゃん! もう我慢できない。今すぐ医務室行こう」
自分のことはとにかく後回しな人だから、引きずってでも連れて行かなきゃ。
何もなければいい。ちょっと拗らせた風邪とか、しびれごな吸っちゃったとか、そんな程度だったら。もう、スグリのバカ! もっと早くに医務室行けばよかったのにって、言える程度ならいくらでもいい。
でも、大きな病気とかだったらどうしよう。命に関わる、とか、そんなのだったらどうしよう。
途方もないことを考え始めた頭のせいで、目の前がぐにゃぐにゃ歪みはじめた。
ヤダな。絶対ヤダ。
どうか何もありませんように、と、私はスグリの方を見ないまま、腕を引っ張って歩き続けた。
「声変わりだね。とりあえず、喉飴舐めとく?」
あんまり医務室にいない、THE・ブルーベリー学園の先生って感じの校医の先生は、それだけ言ってスグリの手のひらにペラップのイラストが描かれた飴を落とした。
声変わり。変声期。保健体育の授業で習ったけど、これがそうなんだ。
周りの男の子たち、ペパーやスター団の(オルティガ以外の)ボス、カキツバタさんにアカマツ君も、みんな会った時から声が低かったから、声変わり中の男の子って初めて見た。なんか、ポケモンの進化を見てるみたいな、ちょっと神秘的なものを感じた。
「スグリ、大人になるんだね
……
」
校医の先生が飴と一緒に渡してくれた『変声期を迎えた皆さんへ』と書いてあるプリントを見る。
『突然の変化に戸惑うでしょうが、焦らず、喉に負担をかけない生活を心がけましょう。声がうまく出せない時は、無理せず先生や周りのお友達に相談してみてください。声変わりは決して恥ずかしいことではありません。あなたが大人になったことを、少しずつ受け入れていってくださいね。』
最後のあたりはちょっと、余計なお世話じゃない? って思ったけど、前半のあたりは、なるほどって感じだった。喉風邪の時みたいな生活送ればいいのかな。私が手伝えることって何だろう。
いろいろ考えながら歩いていると、スグリが突然立ち止まった。どうしたのかな。私が覗くと、スグリは眉毛をへにょんと下げた顔して、慎重に口を開いた。
「お、れ、
……
、けほ、ぇほ、
……
。う、ゔゔぅ
……
」
「無理して喋んないで! えっと、えっと、」
スマホのメッセージ、はスグリがスマホ持ってないから無理。私のスマホに打ってもらう
……
って、今の待ち受け、この前こっそり撮った居眠りしてるスグリだ! 絶対無理、見せられない! 紙もペンもない。でも、スグリの言いたい事、ちゃんと聞きたいし知りたい。どうしよう。どうしたらいいんだろう。
ぐるぐるいっぱい考えた後、自分の手を見て、これだと思いついた。
「何て言いたいか、私の手に書いて!」
手袋をしていない方の手をスグリに差し出す。スグリは私の顔と手を何度か交互に見比べた。「本当にいいの?」と黄色い目が言ってる気がする。ちょっと恥ずかしかったけど、これしかないんだから仕方がないよ。私も自分に言い聞かせた。
スグリの、まだ私とそんなに変わらないようにも見える、だけど私より太い指が手のひらに乗る。それから、ゆっくりと伝えたい言葉をなぞっていった。
『どう なるんだろう』
思ってたよりくすぐったい。笑っちゃいそうになるのを堪えて、私は尋ねた。
「どうって、何が?」
『声 変わったら』
「え? うーん
……
」
さっきはポケモンの進化みたいって思ったけど、人間はポケモンじゃないから、姿かたちが変わるわけじゃない。
――
私だって、ちょっと前から大人の身体に近付いたけど、別に私のままだったから。ちょっとだけ、分かるんだ。
それをそのまま伝えるのは流石に恥ずかしいから言えないけど、大丈夫だよって言おうとした。でも、私の口より先にスグリの指が動いた。
『なんか 怖い』
『俺が 俺じゃ なくなるんじゃないかって 怖い』
「そんな
……
。声が変わって、大人になってもスグリのままだよ」
何とか励ましてみるけど、スグリは項垂れて悲しそうな眼をするばかりだった。手のひらに乗せられたままの指が震えている。指だけじゃない。まつ毛も、ウルウルと濡れて揺れている。喉がギュッと苦しくなった。
「
……
っ、ごめん、スグリ
……
。本気で、悩んでるんだよ、ね
……
」
スグリの手を握る。付き合い始めてからもう何回も手を繋いでいるのに、どうしてか、いつもより骨っぽく感じた。
重なった部分を二人で見つめる。私たち以外は誰もいない廊下の中心で、息をひそめて、時間が止まったみたいに、ただお互いの手を見続けた。
少ししてから、私は正直な気持ちをスグリに打ち明けた。
「本当のこと言うとね。ちょっとだけ、ラッキーだなって思ったの。スグリの子供の時の声と、子供と大人の中間の声と、大人になった時の声。私、全部聞けるんだなって。そんなタイミングで出会って、一緒にいられて。嬉しいなー、贅沢だなーって思っちゃった
……
」
スグリの唇からヒュッという音が出た。何か言いたかったんだと思う。でも、今だけは何も言ってほしくなくて、私は一瞬だけ手を離してから、今度は指を絡めて握り直した。指の一本一本をしっかり感じる。私とスグリは違う人間なんだって、実感できた。
「ごめんね。変なこと思っちゃって
……
。っていうか、失礼だよね。スグリが悩んでるのに、ラッキーとか嬉しいとか思うなんてさ! 本当ごめんね」
スグリの気持ちを無視して、たくさんのスグリを見れて嬉しいなんて思ってごめんなさい。早口でベラベラ謝った後、深刻な空気にしたくなくって、口角をニッと上げて、明るい雰囲気を作ろうとした。
でも私のおかしな努力は無様に上滑りして、また廊下に沈黙が流れた。そうだよね。悩んでるときに「ラッキー」って言われたら、私だっていやだなって思うもん。ああ、バカバカ。失敗しちゃった。スグリのこと、傷つけちゃった。
瞼の上の方が熱い。ぐじぐじする。いつだって一番ステキな私を見せたいはずなのに、スグリが相手だといつもおかしくなって失敗しちゃうの、悔しいな。
奥歯を噛みしめて、零れそうになる涙をこらえる。今度はスグリが手を離した。
あ、離れちゃう。
寂しく思って手の行方を追う。顔を上げる。スグリと目が合った。黄色い月みたいな目はまだ潤んでいたけど、顔つきは凛として、かっこいい男の子の顔になっていた。はくはく、空気の音がしてから、スグリはそっと言った。
「あり、がど
……
。アオイ、だいずぎ」
少し出っ張りが分かるようになってきた喉が近付く。腰にスグリの細い腕が巻き付いて、かすれた『中間の声』が静かに私の耳に落ちていく。
何がありがとうなのか、変なこと言っちゃった私に何で「大好き」って言ってくれたのか、全然分からない。ちっとも分からないけど、耳のすぐそばから聞こえてきた鼻をすする音に、心がじんわりしたのを感じた。
「
……
早く、落ち着くといいね」
私よりもちょっぴり広い肩に顔を乗っける。ブカッとしたジャージ越しに背中を抱きしめる。私
――
女の子との違いがまだあんまりついていないスグリの身体。もう少しで終わってしまう、子供の時間。
今生きている彼のぬくもりをずっと忘れないように、私はスグリに回した腕に力を込めた。
スグリの声が落ち着いたのは、それから数か月後だった。
♦
本当は気付いてた。アカマツから辛いやつを食わされる前から、何となく、ずっと。
喉がおかしい。何かゴロゴロするっていうか、変な感覚がする。話しにくい。身体もなんか変だ。あんまり鏡を見る習慣なんてなかったけど、窓に映った自分が、前に観た自分と何か違う気がする。
(これって。まさか)
でも、ねーちゃんもアオイも誰も、何も言わないし、気のせいかもって思うようにしてた。医務室に行かなかったのもそうだ。答えを出されるのが、何となく怖かった。
アオイに「子供と、中間と、大人の声が聞ける」って、「そんな時に出会って、一緒に過ごせて嬉しい。贅沢だなって思った」って言われたのが、なんでか分からないけどすごく嬉しかった。フワッて、宙に浮いたみたいに気持ちが楽になった。
アオイは、俺の事そう見てくれるんだって、俺の変化を「嬉しい」って受け止めてくれるんだって。
泣きたくなるくらい(実際泣いてしまった)、頭ん中がぐちゃぐちゃになるくらい、嬉しくて安心して、また、アオイが好きだと思った。
これから先、俺がどんな大人になるのか分からない。でも、いつまでもアオイに「一緒に過ごせて嬉しい」って笑ってもらえるような、アオイが誇れるような人になりたいって、心からそう思った。
もう、変化は怖くなくなっていた。
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