サブさぶれ
2026-06-07 22:03:21
11437文字
Public 原作軸
 

彩り 【SSシリーズ】

スグリにいろんな綺麗な景色を見てほしいと考えて始めたSSシリーズ。
不定期更新。ゆっくり書き進めていきます。


食堂 PM12:00

スグリ+アカマツ+カキツバタ

 向こうがランチ女子会なら、こっちはランチ男子会だ!
 カキツバタのつまらない一言で始まった昼食は、さして盛り上がることもなく半刻が過ぎようとしていた。主催者は話を振るでもなく、のんべんだらりと購買で一番柔らかいパンを齧っている。
 アカマツはいつもの自作弁当だ。複雑なスパイスの香りがスグリの喉をチクチクする。
 何を使えばそんな色になるのか分からないほど真っ赤な卵焼きらしき物体を頬張りながら、アカマツがスグリの腕をつついた。

「なー、この前の数学分かった? アカデミーから来た先生のやつ」
「難しかったな、あれ。アオイに聞いて何とか理解できたけど、俺一人じゃ無理だった……
「え? わかったの? すっげー! なあなあ、オレにも教えて!」
「うん、いいよ!」

 休学中まったく勉強をしてなかったスグリは、アオイやタロ、ネリネの力も借りて遅れた分を取り戻している最中だ。本当であれば今日も昼食がてらアオイに勉強を教わるはずだったのに、姉の「四人でランチ女子会するから、スグはどっか行ってなさい!」の一言で流れてしまった。
 大好きなアオイと一緒に過ごせないのは残念だし、約一名邪魔だが、最近仲良くなったアカマツと話せるのは素直に楽しかった。これはこれでいいかも、とスグリは微笑んだ。

「あぁ〜。アチャモたちの会話癒される……。進路指導室のお友達なオイラには眩しすぎるぜ……

 両腕をだらんと垂らし、机に顎だけを乗せた体勢で器用にパックジュースを啜る先輩を見やる。飲んでいるのは砂糖の味しかしない甘ったるいジュースのはずだが、彼の表情にはどことなくしょっぱさが滲んでいる。言葉の意味が分からなかった一年生ズは顔を見合わせた。

「カキツバタ先輩、ここにアチャモなんていないよ?」
「頭沸いてっから幻覚見えてんだべ」

 大雑把な味のうどん汁をすする。やや濃い目の醤油味が喉に染みた。カキツバタは何ともイラッとさせられる顔で肩をすくめ、本格的に机に突っ伏した。


 スグリは気を取り直すべく咳払いをして、隣に座るアカマツに向き直った。

「数学教える代わり、じゃねんだけど……。俺もアカマツさ教わりたいことあって」
「え? オレに教えられることって何かあったっけ?」
「り、料理……

 人に何かを頼むのに慣れていないせいか、自然と肩が縮こまる。垂れた前髪の隙間からアカマツを見上げると、キョトンとした顔で首を傾げていた。スグリは続ける。

「パルデアのペパーって、この前学園さ来てた、髪長くてデッカいリュック背負った男子、いたべ?」
「うん! 料理の話でフランベした! そっか、スグリとも友達なんだっけ」
「うん……。なんか、アカマツとかペパーとか見てっと、料理できんのわやかっけーなって思ってさ。俺、入学してから食べ物とかテキトーだったし、覚えたいかもって……

 本当の理由は別にある。
 一つは、仲良くなった同性の友達が二人揃って料理を趣味にしているから。今のままでも話していて楽しいが、共通の話題が増えた方がきっともっと楽しいはずだ。
 もう一つは、その二人ともが、しっかりした体型をしているのにコンプレックスを感じたから。スグリは男らしい身体つきではない。まだ成長期と言えばそうだが、同世代の男子に比べて自分が細く、頼りなさそうな図体をしているのは明らかだった。
 料理を作れるようになり、栄養満点のご飯を食べれば、自分も彼らのような年相応の身体つきになれるかもしれない。そうすれば、大好きなアオイだって、惚れ直してくれるかも……。少年の心は淡い下心で揺れていた。
 アカマツはボソボソ歯切れ悪く言うスグリの顔をじっと見つめていたが、すぐに頬を明るい色に染めて、座りながら飛び跳ねた。

「スグリが料理覚えたら、オレ、料理の話できる友達増えて嬉しいよ! 別に難しいことじゃないしさ、スグリ、頭いいからすぐできるようになるって!」

 アカマツのまっすぐな回答に、スグリの心はパァッと晴れ渡る心地がした。

「あ、ありがと……! 俺、けっぱるな!」
「そんじゃ第一ステップ! 激辛料理にかかせない食材覚えよう!」

 そう言うと、アカマツは弁当箱が入っていた鞄から、小さな白いタッパーを取り出した。フルーツでも入っていそうなタッパーの中には……輪切りのハラペーニョが大量に入っていた。

「これ、オレの実家でも使ってる上質なハラペーニョなんだ! 食べて!」
「ちょ、ま、」

 スプーンで山盛りすくわれたハラペーニョたちが、戸惑うスグリの口に突っ込まれる。激辛大明神御用達のハラペーニョは、舌に触れた瞬間、スグリの身体中にボワッと鋭い炎を生やした。

「わぎゃっ! が、がらっ……! ぐえっ! なに、ごれ……、ゲホッ!」

 戦闘不能になったニョロトノと似た声が出る。辛みを何とか逃がそうと、器官たちが懸命に震えた。アカマツが勢いよく立ち上がる。

「ゴメン! いきなり強火すぎたかな? オレ、モーモーミルク買ってくる!」

 何事にもとにかくまっすぐなアカマツは、そう言うや否や食堂を飛び出していった。モーモーミルクが売っている購買へ向かったのだろう。鼻から抜ける息すら痛い。炎ポケモンが火炎放射出す時って、こんな気持ちなのかな。スグリは現実逃避を始めていた。
 それまでスグリとアカマツのやりとりをBGMに居眠りしていたカキツバタがおもむろに起き上がる。そのまま、大丈夫かの一言も言わず、表情のつかめない瞳でスグリをじっと見つめた。

「つーかよぉ、スグリ。さっきから思ってたけどお前さ、」
「ぁに、……。いま、ばなじ、がげ……んな……、ゴホッ、ゲホッ」
「ぅん〜や? やっぱ何でもねぇや!」

 カキツバタはにんまり笑って、組んだ腕の隙間に再び顔を埋もれさせた。
 アカマツが戻り、モーモーミルクを飲んだ後も喉のヒリヒリは消えず、次の日以降もガラガラ声が続いた。