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Reisi
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小説
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天涯に舞う
以前頒布した本の再掲
継承メギドの魂と始祖について、という感じの話です
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ソロモン王らの活躍により、三界を揺るがす大きな戦いにはひとまず幕が下ろされた。とはいえ、その中で生じた混乱は世界に、そして人々の暮らしに、今なお深く爪痕を残している。当然、カクリヨも例外では無い。
取り残された幻獣の討伐、迷い込んだメギドやヴィータへの対応、その他もろもろ。カクリヨの守護者たる東方十二傑は、西へ東へ、宵界へ
……
相も変わらずあれこれと対応に追われていた。
そのようなこともあり、軍団の活動からはしばらく離れざるを得なかった。だが、十二傑たちの奮闘により、カクリヨ内のことについては次第に片付きつつある。彼らの中からも、そろそろソロモン達の様子を見に行ってやるか、というような声がちらほら挙がり始めていた。
そういうわけで、西方に未だ残る諸々の案件を片付けるため、バイフー達はしばらく軍団の『砦』であるアジトを拠点とすることになった。
虎家の屋敷、その自室に足を踏み入れる。思えば、ここに来るのも久々のことであった。
伯父様──先代カガセオが古き門を開いてからは参の砦を居所としていたし、ソロモンに召喚された後は制圧済の砦やアジトを行ったり来たりしていた。以降も何だかんだでカクリヨ各地の砦が拠点となっていた。
砦といっても、生活拠点としては十分なほどに環境が整えられている。それに、カクリヨの街道を繋ぐように誂えられた砦の立地は、継承メギド同士や民との情報伝達を行うにあたって何かと都合が良いのだ。また当分の間は、この屋敷に帰ることもないだろう
……
そう考えながら、縁側に面する障子を開く。勢いで舞い上がった埃が鼻を擽り、バイフーは顔をしかめた。
ここに来た主な目的はアジトに運び出す荷物の選定であったが、それが済んだら掃除もしなくてはならない
……
バイフーは、そう決意するのであった。
『西の拠点』ことアジトに運びたい物として第一に思い付くのは、何といっても調理器具だ。西で使われている包丁や鍋などは、カクリヨのものと微妙に形状が異なる。自分はもう慣れたものだが、軍団に入って比較的日が浅いマナナンガルなどは、その違いに戸惑っていたのを思い出す。
慣れたとはいえ、本格的に身を落ち着けるにあたっては、故郷のものを揃えておきたいというのが本音だ。軍団の料理人ニスロクも、東で使われる調理器具には強く興味を持っていた。
カクリヨで普段使いしている物の他、予備として購入していたものがあったはずだ。アジトには、それを持っていくのが良いだろう。果たしてどこに入れていただろうか──
引き出しの一つを開けると、雑多な道具の間に小瓶が紛れているのに気づいた。
五寸にも満たない硝子瓶。バイフーがその存在に気づいたのは、この屋敷に置いてあるものとしてはあまりにも鮮烈な色彩が目についたからだ。中には、朱色の羽根がやや窮屈そうに収められている。
どうしてここに、としばらく眺めている内、やがて思い出す。
あれから、チューチャオがこの羽根のことを話に出す事はなかった。
いつか処分してくれとは言われたが、捨てるにはどうも忍びなく、こうして密かに残していたのだ。
掌中で小瓶を転がす。あの後、羽根を貰ったはいいものの、手ごろな大きさの入れ物は手持ちになかった。屋敷をあれこれ探した挙句、どうにか入りそうだったのがこの小瓶であった。飾るようなものではない、と言われた以上、わざわざ見えるところに置いておくのも何だかチューチャオに悪い気がする──そうした思いもあり、まるで人目から隠すように箪笥の中に仕舞っていたのだ。今思うと随分と急拵えに保管してしまっていたものだが、その色は今もなお褪せてはいないようだ。
朝日の中にきらめく朱色が、ふとバイフーの頭をよぎった。
縁側に腰をかけると、柔らかな風を頬に感じた。小瓶から取り出した羽根を、そっと手に取って眺める。
高く澄んだ空の色に際立つ赤。あの時も、この羽根を見て同じような感想を抱いたものだ。
実際の月日はそれほど経っていないはずだが、あの頃の事はずいぶん遠い記憶のように思えた。
平穏であった。民を脅かす幻獣と戦い、時には戦友である十二傑たちと語らう日々。この地を守るものとして、戦の為に生き、やがては戦の中で生を終えるものなのだと、漠然と思っていた。自分自身も、きっと他の同胞達も。
指輪によりメギドを従えるという、伝承の中の存在
……
ソロモン王の軍団の一員となり、壁の外の世界を目にする日が来るなど、この中の誰が想像できただろうか。ソロモンの指輪は、メギド達を一時的に真の姿に戻す力を持つという。にわかには信じがたいことだった。
だが、バイフー自身も彼の指輪の力により、器に残された始祖の姿──地を駆け巡る力強い四肢、雪のごとき白い毛皮を持つ大虎──にその身を変じる事ができたのだ。
もちろん、ソロモンの召喚を受けた他の継承メギド達も同様である。軍団に入って暫く経った頃に、チューチャオがメギドの姿となるのを目にする機会があった。
かつて見た『器』と同じように、大きな翼を広げた鳥人の姿。燃え立つような赤い翼に、深い空の色をたたえた瞳を、いまでも鮮明に思い出すことができる。その鮮やかな色彩は、今まさに目の前にある羽根のような──
無意識に記憶を辿っていたその時、一陣の突風が辺りを吹き抜けた。
あっと思う間もなく、羽根が指先から離れる。火の粉を思わせる朱色がひとつ蒼天を舞い、ついには見えなくなった。
バイフーは顔を上げたまま、いつまでも羽根の飛び去った方向を眺めていた。雲一つない朝晴れの空であった。
当時の思い出と共に、ずっと仕舞い込んでいたものだ。だが、不思議と心悲しくはなかった。
チューチャオが空を眺める時、その瞳にはいつも深い憧憬が浮かんでいた。まるで、籠の中から空を想う鳥のように。彼女自身はその感情を、受け継いだメギドの力によるものと称した。けれども、今となってはそれだけではなかったように思える。
あれは、チューチャオの元来の心に隠されていた、自由への憧れだったのではないか。同い年の友と語らい、気兼ねなく好きなものを愛でる今の彼女の姿を見る時、そのような考えが浮かぶのであった。
空高く舞う朱焔雀の翼を想う。
誓約も家柄も『継承』さえも、もはや彼女の翼をこの地に縛ることはない。ならば、その欠片だけでもここに囚われているべきではなかったのだと、そう感じた。
先程の突風が嘘のように、風は木々を優しくさらさらと揺らすのみだった。見上げた先に焔の色はとうになく、ただ静かな青空だけが広がる。
中身をなくした硝子の小瓶だけが、微かな温もりと共に手の中に残されていた。
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