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Reisi
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小説
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天涯に舞う
以前頒布した本の再掲
継承メギドの魂と始祖について、という感じの話です
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4
少ししてバイフーが体を起こし、心配そうにこちらを覗き込む。
「チューチャオ、ごめん
……
! さっきは大丈夫だった? ケガとかしてない?」
「
……
ああ、問題ない。お前が受け止めてくれたお陰だ。かたじけない、面倒を掛けさせたな」
「いいって、そんなこと! アンタが落っこちなかった事の方がずっと大事よ」
そう言うと、バイフーは得意げに微笑んだ。先程まで一戦を交えていた勇猛な白虎はすっかり鳴りを潜め、そこにいるのは世話焼きな同胞の姿である。
メギドの力を継承し、転魔した時期もそう変わらないはずだが、目の前の継承メギド──バイフーは継承した力をずっと上手に使いこなしているように見えた。背丈ほどもある尻尾をうまく扱いながら、縦横無尽に戦場を駆け回る姿を思い出す。得物の重さをものともしない、敏捷かつ果敢な戦い方にはいつも感嘆させられる。
かつて『ヒバリ』であったヴィータが継いだのは、始祖の力だけではない。今の自分は隠密方の長であり、いち継承家の家長だ。受け継いだ力を、この翼を、一刻も早く己のものにしなくてはならない
……
そうした焦りは日に日に強くなるばかりだった。
「以前よりは複雑な飛び方もできるようになったと思っていたが
……
集中が途切れるとこうだ。私もまだまだだな
……
」
チューチャオのその言葉を聞いて、バイフーは目を丸くした。
「アタシからしたら、チューチャオは今の時点で相当にすごいと思うけど
……
結局、アタシからの攻撃は一度も当てられなかった訳だし。アンタに翼とか鉤爪とかが生えたのは、つい最近のことなのに」
「それを言うなら、お前の尻尾もそうだろう」
「尻尾が生えたところで、戦い方自体は継承前に修行してた頃とそれほど変わらないからね。例えば、アタシの手に
……
こうやって、鋭い爪とか生えたとして」
バイフーは両手を掲げ、獣の前脚の爪を真似るように指先を丸めて見せた。
「それを使ってすぐ戦えるようになるか、と言われたら、さすがに自信ないもの」
「確かに、お前が今の得物以外で戦う姿はなかなか想像できないな」
「そうでしょ? あの金棒だって、最初は持ち上げるのもやっとだったのよ。たくさん訓練して、それでようやく扱えるようになったんだからね」
己の鉤爪に視線を落としたチューチャオが、静かに呟く。
「私も、戦いを重ねれば
……
お前のように上手く戦えるようになるだろうか」
「そんなに落ち込むことないわよ。アンタがそこまで飛べるようになったのも、今まで頑張ってきた結果なんでしょ? チューチャオみたいに素早く空を飛ぶのなんて、アタシどころか他の十二傑にもできないことだもの」
「
……
ありがとう。だが、実は
……
『飛べるようになった』と言う部分に関してだけは、私自身の修練によるものとは違うんだ」
チューチャオは何かを懐かしむように顔を上げ、その翼を広げた。風切羽が朝日の光を透し、燃えるような朱色に輝く。
「初めて空を飛んだ日のことを、よく覚えている。羽ばたき方も、風を捉えるすべも、この翼が生える前は知る由もなかった事だ。だが、私は
……
思い出したようにそれを行うことができた」
その時の感覚は今も記憶に新しい。恐ろしくはなかった。ただ、そうできるという確信があった。
人ならざる鉤爪で地を蹴り、生えたばかりの翼で空に舞った。まるで、ずっと昔から飛び方を知っていたかのように。
それを聞いたバイフーが、ふむふむと考え込む。
「チューチャオの始祖も
……
確か、背中に大きな翼を持っていたのよね」
「ああ、そうらしい」
思い起こされるのは、帝城の地下に保管された『始祖』の姿。当代のカガセオを除く継承メギドは、自らこの姿に「戻る」ことができない。その姿形を知る縁は、継承の間に残る十二の器のみだ。だが、これにより互いがどのようなメギド体をしていたのかは知っていた。
天高く翼を広げた、雄大なる鳥人。それが『朱焔雀チューチャオ』の真の姿だ。
「もしかしたら、最初の『チューチャオ』も、そうやってメギドラルの空を飛び回っていたのかもね」
「そうかもしれん。
……
いや、そうなのだろうな」
チューチャオはためらうように一瞬口ごもったが、言葉を続けた。
「
……
空を飛んでいる時。そして、空を眺めている時
……
己の内に郷愁のような感覚を覚えることがある。それと同時に、もどかしさも感じる。かつての『私』はもっと自由に、どこまでも飛べていた筈なのだと」
頭ではわかっていることだ。始祖の力を継承すれど、彼らの記憶が代々に受け継がれる事はない。長年紡がれてきた『継承』の歴史の中で、このことは各継承家における通念となっていた。
我々の始祖が魂の郷たるメギドラルではなく、異邦の地ヴァイガルドを終の住処とすることを選んだとき──彼らが何を決意し、どのような想いを抱いたのか。それを知る者は最早いない。
であれば、時々己の心を支配する自由への渇望は、どこから来るものなのか。始祖は、故郷メギドラルの空に懐郷の念を覚えていたのだろうか。もう戻ることのできない、遠い空への。そして、始祖の力を受け継いだ自分もその影響を受けているのではないかと、チューチャオはそう考えることがあった。
「不思議なものだろう。空の中にいながら、なお自由でありたいと思うのは
……
私の内にあるメギドの記憶が、それを望んでいるからなのだろうか」
多弁なほうではないチューチャオが珍しく色々話すのを、バイフーは特に取り立てることなく聞いていた。ぱた、ぱた、と尻尾が左右に揺れる。彼女が考えごとをしているときの癖だ。
ややあって、実はね、と切り出した。
「前に、お館様が言ってたんだけど
……
『継承の儀』が上手くいくかどうかを決める要因は、その者の肉体だけじゃなくて魂にもあるんじゃないか、って。その当時はアタシも継承候補者としての修行で必死だったから、お館様の言葉を深く考えるどころじゃなかったんだけどね」
「
……
魂にも
……
」
「それで、さっきのチューチャオの話を聞いて改めて思ったの。アタシたち継承メギドは、始祖の力と一緒に
……
彼らの感情も、ほんの少しずつ受け継いでいるのかもしれない」
バイフーはそこで一度口を閉じ、チューチャオの言葉を待つように向き直った。
「どうかな? アタシも継承の詳しい仕組みまでは知ってるわけじゃないから、勝手なこと言っちゃったかもしれないけど」
「いや
……
信じてくれて嬉しい。継承で受け継ぐのはメギドの力のみ、というのが皆の中での通念だと思っていたから」
「ううん、アタシも色々あったからね。昔からこうだったから
……
とか言われてる事って、実際は案外アテにならなかったりするのよ」
バイフーは小首をかしげ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。さっきの話に戻るけど、と続ける。
「もし、チューチャオの始祖が、空を飛ぶのが好きなメギドだったとして
……
同じように翼を持ってるからこそ、昔の記憶だとかが強く表れたりしやすいのかも」
この辺りはあくまでアタシの推測になっちゃうけどね、と締めくくった。その尻尾がそわそわと揺れている。まだ何か話したそうにしているようであった。
「
……
まだ何か言いたげだな」
「えっ
……
もしかして、顔に出てた?」
「出ていた。それと尻尾にも」
チューチャオとて己の感情を隠すのは不得意なほうだが、バイフーの率直さはその上をゆく。言いたいことがあったらすぐ口に出すし、思っていることは表情や仕草、はたまた尻尾が如実に伝える。要するに、素直なやつなのだ。
幼少より本心を気取られぬよう育てられてきたチューチャオは、一切の気兼ねなく己の感情を表すことができるバイフーのことを、時々羨ましく思うことがあった。
「お前らしくもないな」
「そうね、チューチャオが色々話してくれたんだもの。アタシだって、話さないわけにはいかないわね」
とは言ったものの、口に出すべきか暫く迷っていたようだった。闊達な彼女にはとても珍しいことだ。
うろうろと視線を彷徨わせ、やがてその眼差しの先は空の一点に向かう。
「アタシも
……
時々思うの」
空には、一羽の鳥が高く囀りながら飛んでいる。その姿がどこか寂しげに、青い空の中で際立って見えた。
「アタシ達の始祖は、こうしてハルマの誓約に閉じ込められてることをホントに望んでいたのかな
……
って」
「それは
……
」
「ヴィータ達を、ヴァイガルドを守りたいって強く思ってたのに、その守りたい世界さえ自由に駆け回ることができないの。それってとっても辛いことじゃない?」
「継承メギドは、真には自由を望んでいる
……
ということか」
「そうね。もちろん、アタシもカクリヨや皆のことは大事に思ってるけど
……
いつか、もしかしたらずっと遠い世代かもしれないけど、アタシ達の内の誰かがその望みを叶えちゃう日が来るのかもしれない。そう思うこともあるわ」
チューチャオは何も言えぬまま、バイフーの言葉を頭の中で繰り返す。
本当は分かっていたのだ。始祖の魂と、その力を継ぐ継承者の魂。それらは決して無関係なものではないのだろう。どこまでも飛んで行けたら良いのに、と己の内で燻る想いは、他ならぬ自分自身の願望でもあるのだ。生まれながらに課せられた役目を、この血脈を宿命と受け止めながら、私の魂は何よりも自由を求めている。自らの翼で『壁』を越え、何にも囚われることなく、外の世界へ
……
沸き起こった己の考えを否定するように、チューチャオはかぶりを振る。
「
……
望んだとて、それを叶えるのかどうかは別の話だ。この壁の中の地
……
カクリヨを守ることこそが、我々継承メギドの使命であり存在意義だろう。今もなお、変わらずにな」
「うん、分かってる。ごめんね、変なこと言って」
「気にするな。別にお前を責めた訳ではない。ただ、その
……
少し思いを巡らせていただけだ。私の
……
私の始祖が、真に望んでいたものについて」
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