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Reisi
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小説
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天涯に舞う
以前頒布した本の再掲
継承メギドの魂と始祖について、という感じの話です
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4
不意に、チューチャオが空に目を向けて呟く。
「ああ、もうこんな時間か。他に何かなければ、私はそろそろ砦に戻らせてもらう」
バイフーはそれを聞いて初めて、随分と話し込んでいたことに気づいた。手合わせを始めた頃には山々の淵にあった筈の太陽は今や、高くから丘陵を照らしている。
「そう? もうちょっとだけここにいない? 折角いい天気だし」
「まあ
……
それはそうだが
……
」
なんて呑気な
……
と言いたげな声音だったが、チューチャオは上げかけていた腰を再び下ろした。まだ暫くは留まってくれるようである。
チューチャオを引き留めてみたのは咄嗟の思いつきであったが、決して思惑が無いわけではなかった。もし他に要件があるのならば、このような引き留めなど気にせずに飛び立っていただろう。彼女はそういう性分だ。それに、チューチャオにはもう少しだけ務めから離れて過ごす時間があっても良いのではないか、とバイフーは考えていた。
同じ四部衆に属するもの同士、顔を合わせる機会は少なくないのだが、こうして二人だけで話をすること自体はめっきり減っていた。四部衆の一員として、なかなか気が抜けないのだろうとは思うが
……
それ以上に、ここ最近のチューチャオは何だか思い詰めているように見えた。バイフーはそれが気がかりだったのだ。
ともかく、久々にチューチャオと話ができて良かった
……
そう思いながら寝転がろうとしたバイフーは、ふいに首元を何かがくすぐるのを感じる。柔らかくふわふわしたものが襟巻きに引っかかっているようだ。そっと指先で探し当て、目の前にかざしてみる。
それは一枚の羽根であった。
大きさは、手のひらより少し小さい位だろうか。根元から先端に至るまで、一切の欠けなく朱色に染まっている。炎みたいだ、と感じた。空の青さの中にあっても、紛れることなく己の色を際立たせている。燃える焔のいっとう綺麗な所を切り出したかのような、そう思わせるような鮮紅だった。
何となしに目の前に掲げた羽根を眺めていたバイフーだったが、その鮮やかな朱色にふと既視感を覚える。もしやと思い、傍に広げられた翼に視線を向けた。そして一つの確信を得る。
今自分が手にしているのは、チューチャオの羽根である、と。
……
よくよく見ると、彼女の向かって左側の翼。その縁に並ぶ風切羽の一枚が欠けていた。そうでなくとも、このように鮮烈な羽根を持つものなど他に二つといるようには思えない。
先程の感嘆が一転、バイフーは内心で焦りを覚えていた。彼女の翼を傷つけてしまったかもしれない、ということに。
転魔を果たした継承メギドに生ずる異形──その捉え方は者にとって様々である。身命を賭した儀の末に、強大な魔を身に宿した証。あるいは、人ならざる形へと転じた彼らへの畏怖。
ともあれ、少なくともバイフーは自分の尻尾を誇りに思っていた。亡き父から受け継いだ力と、カクリヨの長たる叔父から託された想い。その象徴を、どうして無下に扱うことができようか。戦場では吹き荒ぶ雪のごとき鋭さを見せるバイフーも、自分の尻尾となれば常に柔らかな毛並みを保つようにしていた。それは、地を駆ける時に風の抵抗を少なくする意味合いもあるのだが
……
チューチャオの翼にはそれ以上に大きな意義がある。
何せ、そのものが飛翔に用いられる部位である。羽根に乱れひとつあれば、それが羽ばたきの乱れとなりうる。中でも、揚力を生み出す風切羽は入念な手入れが欠かせない。チューチャオ自身が言っていたことであった。
その一枚が、今はこの手の中にある。武器が彼女の身体を掠めたときか、はたまた落ちてくるのを慌てて受け止めたときか。
いずれにせよ、羽根が抜けてしまったのは、先程の訓練の最中であることには間違いないように思えた。
「ねぇ、チューチャオ
……
」
いつになく深刻そうなバイフーの声に、チューチャオは怪訝な顔で振り向く。
「この羽根
……
どうしよう
……
!?」
その言葉にチューチャオは一瞬きょとんとした。そしてバイフーの手元を見て、さらに不思議そうな顔をした。
「それは
……
私の羽根か? いつの間に
……
」
「たぶん、さっきの訓練の時に抜けたみたいで
……
アタシの襟巻きにくっついてたの。だから、ひょっとしてチューチャオの翼を傷つけちゃったんじゃないかって
……
」
慌ただしげなバイフーの様子に、チューチャオはその言わんとすることを理解した。
「ああ
……
それなら、少しくらい抜けても平気だ。飛行にも影響は出ない。元々、私の羽根は自然に抜け替わるようになっているからな」
「よ
……
よかった
……
!」
先ほどとは一転して安心しきった様子に、実に表情がわかりやすいやつだ、とチューチャオは感じた。
「ところで、これは返したほうがいい? まさか、もう一度翼にくっ付けたりは出来ないと思うけど
……
」
「さすがにそれは無理だが
……
まあ、近い使い方はできる。クナイの持ち手に取り付けて、翼に擬装する」
目にも止まらぬ速さでクナイを取り出し投げるチューチャオの姿は、バイフーも少なからず目にしたことがある。一体どこから取り出しているのか、と思っていたが、そのような仕掛けだったとは。
「それなら、やっぱり返したほうがいいわね」
「もう少し大きい羽根であれば、の話だ。
……
この羽根くらいだと、処分する他ないだろう」
「えっ、そうなの?」
思わず手元の羽根に視線を落とす。バイフーには芸術を愛でるような趣味はないが、このような見事なものがそのまま失われてしまうのは
……
なんだか少し惜しい気がした。
そんな様子を見たチューチャオが、首をかしげる。
「何だ。抜け落ちる度にいちいち集めているとでも思っていたのか? 自分の羽根なんかを。キリがないだろう」
「まぁ
……
それもそうよね」
改めて、彼女の背にある翼を見た。ひときわ目立つ風切羽に加え、これを覆うように褐色の羽根が生えている。それが一対あるのだ、羽毛の量としては相当なものだろう。この羽根の一枚一枚に手入れの必要があるというのは、何とも大変そうだ
……
そのようなことをぼんやりと思った。
バイフーが手元の羽根やら自分の翼やらを見てくるので、チューチャオは少し落ち着かない気分になった。やがて、その羽根が名残惜しいのだろうか、と思い至った。
己が継承したメギドの力の発露。その一部だったものをまじまじと眺められるというのは妙な心地だったが、それを突っぱねる気にはならなかった。かく言うチューチャオも、この継承メギドが持つ実に柔らかそうな毛並みの尾を、つい目で追ってしまうことがあるからである。
結局のところ、自分の持たぬ物というのはどうしても興味深く映るものである
……
そういうことだろう。
そこまで思考を巡らせたチューチャオは、ため息をついて言った。
「
……
もし私の羽根が欲しいのなら
……
お前にだったら、くれてやってもいいが」
「
……
いいの? ホントに?」
「なっ
……
!? いや、お前がその羽根を貰いたそうにしていたから
……
!」
驚いて思わず聞き返したバイフーだったが、チューチャオもまさかここにきて聞き返されるとは思っていなかったようで、柄にもなく慌てた様子をしていた。
先程の提案をやや後悔し始めている風なチューチャオに、バイフーは口早に「貰うわ、ありがとっ!」と告げた。
風に飛ばされないよう、羽根を手のひらでそっと包み込む。しばらく陽にあてられていたからか、はたまた『朱焔雀』の力によるものか、懐炉にも似た柔らかな温もりを手の中に感じた。
「せっかく綺麗な色だし、部屋のどっかに飾っておこうかしら? アタシの家って置物とか飾り物とかあまり持ってなくって、なんか殺風景なのよね」
「か、飾る!? いや
……
それは気恥ずかしいからよしてくれ
……
」
その羽根は、眺めるのに飽きたところでこっそりと処分してほしい。締めくくりにそう告げると、忙し気にチューチャオは飛び立った。
斯くして、バイフーはチューチャオの羽根を手に入れることになったのだ。
継承メギドの長──『簒奪星』カガセオが蜂起を起こす半年ほど前のことであった。
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