vineh118
2026-06-06 21:00:00
7592文字
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続・ここだけの話。 ─他の刀剣男士から見たにほへし─






104.実休光忠



 実休光忠は首をかしげてほほ笑んだ。ごめんね、そんなつもりはまったくなかったんだけど。
「そんなつもりも何もあるか! だいたい貴様は、」
 目の前で仁王立ちをしているのはへし切長谷部である。遠征帰り、玄関先でずぶ濡れのまま、隣りには同じようにぽたぽたと水滴を滴らせた日本号がそれ見たことかという顔をして、額にはりついた前髪を搔き上げている。
 任務はつつがなく終わった。本丸内で流れる時間にすれば二時間ほど。ただし帰還してみれば、実際にはその倍の時間が過ぎていたようだった。
「予定時刻になっても戻らない、通信も切れたままだ。よほどの理由があってのことなんだろうな?」
「うん、だからそれは……ごめんね」
 謝罪の言葉をもう一度口にしたものの、長谷部の眉間が皺の寄せられた状態から戻ることはなかった。
「一応聞くが、どうして遅くなった」
「その前に身体を拭かせてもらえるかな。できれば着替えも」
 このとおり、酷い夕立だったから。ごく丁寧に頼んだつもりだったけれど、どうやら外れたようだ。それこそ、山間の天気みたいに。
 長谷部はわなわなと開きかけた口を、今度は日本号に向けた。
「日本号、そもそもお前がついていながら……
「小言は聞きたくねぇ。ほらよ」
 大袈裟なため息とともに長谷部の言葉を完全に跳ねのけて、日本号はポケットに手を突っ込んだ。左右からひとつ、ふたつ。手渡されたのはビニール製の密閉袋に入れた薬草だ。
「ああ、助かったよ。採ってきたのを持ち帰るのに僕のポケットだけじゃ足りなくてね。濡れずに済んでよかった」
「何もよくない。少しは反省しろ」
 そう言いながら長谷部がタオルを渡してきたので、受け取るより先に身をかがめた。
「拭いてくれる?」
「は?」
「濡らしたくないんだ」
 両手に持った薬草の袋を見て、まったく、と呆れた顔をしながらも長谷部はタオルを広げる。
 主命や任務に関しては厳しいけれど、個々を疎んじることなく尊重する傾向すらある。まるで人間みたいな振る舞いは昔からなんだろうか。残念ながら記憶にないけれど。
「お前は自分で拭けるな? おい待て、そのまま行くな。廊下が濡れるだろう」
「知るかよ」
 日本号は長谷部から奪うようにしてタオルを掴むと、大きな足音を立てながら行ってしまった。あの土砂降りでブーツの中まで水浸しだとぼやいていたから、廊下には濡れた足あとが続いているに違いない。
 ひとの頭を両手で挟んでがしがしと水気を拭きとりながら、長谷部はその後ろ姿を目で追っていた。やれやれといった調子で口を開く。
「拗ねたか……実休、お前のせいだぞ」
 ごめんね、と三度目の謝罪を入れる。
「道草をしようと言いだしたのは僕なんだ」
 ひさしぶりの遠征だったから、薬草を採れるだけ採っておきたくて。
「そんなことはわかっている」
 長谷部はこともなげに言った。
「あそこへ遠征に行ってずぶ濡れで帰ってくるのは何もお前たちだけじゃない。山の天気は変わりやすいからな」
「それでタオルを持って待っててくれたんだ」
「もしかして、と思っただけだ」
「日本号くんも長谷部くんのことをずっと気にかけてたよ」
「え、」
 任務を終わらせる頃には山の向こう側で雷鳴がかすかに轟いていた。空が暗くなるのはあっという間だった。
「僕が薬草を採るのを待つ間、ずっとそわそわしていてね。帰りが遅くなったらきみにどやされるって」
「ふん」
「叱られるのが、じゃなくて、きみに心配をかけるのが嫌だったんだろうね。可愛いところあるよね」
「それで、わざとか。あまりあれを揶揄うな。お前は覚えていないだろうが気位の高さは宮中仕込みだ」
「覚えてなくて残念だよ。ああ、そうだ。それから他にも、」
 その間、手の動きが緩慢だったのは、あきらかに追いかけるべきか思案していたからだ。これくらいでいいだろう、後は自分で拭けとたっぷり水分を吸ったタオルを押しつけられた。
「ありがとう。きみも日本号くんも、優しいね」
「褒め言葉にもならん」
 長谷部の身体はすでに廊下に向いている。
「お礼に身体の温まる薬草茶はどうかな?」
「いらん。それより、」
 一瞬言葉を切った後、長谷部は躊躇いがちに口を開いた。念のため、と言いながら視線が宙を泳ぐ。
「他にも、とは一体どんな話をしていたんだ?」
 そんなところも本当に。人間くさくて、ついほほ笑んでしまう。
 さまざまな効能の薬草が少しの匙加減で効能を変えるみたいに、誰かによってもたらされる感情もどうやらそれに似ているらしい。過ぎれば身体を蝕んで、けれど痛みをやわらげ癒しもする。
 そう、毒にも薬にも。