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katakuruten
2026-06-02 00:45:42
12190文字
Public
演奏家パロ(仮)
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音高パロ短編まとめ
音楽科高校パロ
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Fantasia No.1 in A Major
どこかからフルートの音がした。
残花も散り終え、校庭の樹木はすっかり若葉が生い茂り出している。開け放たれた窓からは薫風が吹き込んできて、風に乗って届けられた葉々の囁きがアルマディンの耳を揺らした。
その自然の歌声に混じって、美しい木管の旋律が聴こえる。
初めは生徒の誰かが外で練習をしているのかと思って耳をすましたが、どうやらフルートの音の出所は構内からであるようだった。
試験前でもない放課後の校舎に残っている人はまばらではあるが、少なくはない。練習熱心な生徒は、そこかしこで専攻楽器を、もしくは副科の課題となっている楽器を練習している。
音大付属高校であるこの学校では、珍しくない光景だった。
専用の練習室も存在はしているが、小型の楽器ならば廊下や空き教室で練習をする生徒も多い。練習室が取れなかった。わざわざ練習室が取るほどではなかった。手持無沙汰だった。気分が乗った。理由はさまざまであるが、どこもかしこも何かしらの音で常に満たされている。
木管特有のやわらかな音を辿って曲がり角を覗き込めば、階段の踊り場に女子生徒がいた。アルマディンには気がついていないようだった。
踊り場からきっちり三段目、手すりの傍に立って少女はフルートを吹いている。
長い睫毛を伏せた横顔は凛としていて、異性にさほど興味を持っていない
——
音楽をやっているときのほうが、よっぽど楽しいからだ
——
アルマディンの目からしてもよく整っている。だが、それ以上にアルマディンの印象に残ったのは彼女が紡ぐ旋律だった。
その旋律はアルマディンの知った曲だったが、タイトルや作曲家などはどうでもよかった。
澄んだ、けれどもどこか甘さのある音だった。南の海のようにきらめいていて、レモンソーダのような瑞々しい爽やかさがある。
「へえ」
フルートの音なんて聴き飽きるほど聴いてきたというのに、全く初めて耳にしたように感じる。
そんな音色だ。
アルマディンは足を止めて、そのまま彼女の演奏を聴いていた。
無伴奏で紡がれるフルートの旋律。
譜面は見当たらず、慣れた様子で指が動かされている。多分、レパートリーの確認かウォームアップの類だろうな、とアルマディンは思う。
しばらくそうして眺めていれば、やがてフルートが唇から離された。
拍手をしたのはほとんど無意識のうちだった。
「誰?」
やっと聴衆の存在に気がついたらしい少女が振り向いた。
澄んだ演奏に似合いの碧い眼がアルマディンのことを捉えて、そして見開かれた。
「アルマディンくん、よね?」
「
……
俺のこと知ってたのか。俺、ほとんど学校来てないのに」
「知ってるに決まってるでしょ。貴方、ヴァイオリン科の天才じゃない。
……
むしろ、この学校で知らない人の方が少ないんじゃないかしら?」
ヴァイオリン科の天才。開校以来の神童。
それがアルマディンに貼られたラベルだった。望めば海外の一流音楽院にだって留学できるであろうに、それを蹴った変人とも。
その全てがアルマディンにとってはどうでもいい評価ではあるが。
それよりも言わないといけないことがあるのだ。
「すごく良い演奏だった」
「貴方に言われても皮肉にしか感じないのだけれど」
アルマディンが素直な称賛を口にすれば、訝し気げに少女が眉を寄せた。恐らくアルマディンと同じような良家の
——
この場合は音楽家家系の、という意味だ
——
出身だろうが、その不快気な表情でさえも、気品を感じさせた。現代において演奏家として大成するにはルックスが求められるという言説をどこかで聞かされたが、なるほど彼女は舞台映えするだろう。
露骨に困惑を顕わにする少女に、アルマディンは肩をすくめた。自分にだって、良いと思う演奏はいくらでもある。だというのに素直に受け取ってもらえなかったらしい。
「いや、好みの音だなって思って」
「
……
貴方、急にびっくりすることを言うのね」
「そうか?」
「そうよ」
素直に思ったことを伝えれば、少女は頬を真っ赤にし、わなわなと身を震わせた。しばらく何かを言おうと言葉を探そうとしていたのか口をもごもごと動かしていたが、結局何も出てこなかったらしい。キッと、きつい目尻でアルマディンを睨みつけるようにしたと思えば、身を翻して踊り場を走り去ってしまった。
まるで、機織りが見つかった鶴か、正体がバレたメリュジーヌだな、とアルマディンは思う。
あの女子学生が管楽器科のラヴァンドというらしい、というのは後日モンデンキントから聞き出した話だ。
(2026.06.05)
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