katakuruten
2026-06-02 00:45:42
12190文字
Public 演奏家パロ(仮)
 

音高パロ短編まとめ

音楽科高校パロ


La ronde des Lutins


 一般に、『難しい曲』というのはいくつかの種類に分かれる。
 最も分かりやすいのは、奏者の限界を試すような超絶技巧曲。
 音を並べることはできても、情景や物語の解釈が難しい曲。
 演奏者の人生観や精神性を問うような、哲学性を孕む曲。
 そして、音数が少ないからこそ一切の誤魔化しが効かない曲。
 一口に『難しい』と言っても、その難しさには別の側面がある。

「丁度良かった、ディーノ。ちょっと伴奏やってくれない?」

 その一言と共にアルマディンから押し付けられた譜面は、バッジーニの『妖精の踊り』。
 ヴァイオリニストのコンサートではしばしば最後の一曲として披露される、ヴァイオリンとピアノのための小品である。
 ただひたすらなヴァイオリンの超絶技巧。非常に単純明快な性質である。伴奏であるピアノは難しくない。あくまでも楽曲の低音を支えるためのものでしかなく、ヴァイオリンを引き立てるためのパートだ。だが、そのシンプルさゆえにメロディを担当するヴァイオリンによる鮮烈なまでの超絶技巧が聴衆に刻み付けられるのだ。
 彼が弾こうとしてるのは、そういう最も分かりやすい類の怪物曲だった。
 突然現れたアルマディンに半ば強制的に連行された練習室で、モンデンキントはひっそりとため息をつく。それほど難しくないと言われる通り、二、三回楽譜をさらえば合わせのための伴奏としてはある程度の形になりそうだった。
 また、なんでこんな曲を、とモンデンキントは思う。テクニックを誇示するための曲と呼んでも過言でない曲である。アルマディンの好みではないはずだ。
 天才が考えることはよくわからない。
 モンデンキントの手が止まったのに気が浮いたのだろう、モンデンキントの譜読みの間手持ち無沙汰にウォームアップをしてたアルマディンが弓を構え直した。

「もういける?」
「ほとんど初見だしそんな上手くは演れないぞ」
「いいよ、止まりさえしなければ」
「お前なあ」

 急に人を捕まえて初見の伴奏を押し付けておいてこれである。が、モンデンキントとてピアノ科の生徒で、秀才と評判なのだ。これくらいの無茶ぶりには応じれなければ話にならない。
 数回、最初の数小節の演奏を頭の中でイメージする。印象的なオクターブのH音の連打の後はすぐに両手の高速の分散和音。大きな音の跳躍はない。テンポは速いが、けしてついていけないものではない。
 アルマディンとアイコンタクトを交わす。
 H音に指を構えた状態で、目を閉じもう一度頭の中で演奏をイメージし、そして指を落とす。
 最初の四小節を叩けば、アルマディンのヴァイオリンが鳴り出す。
 そこからは一瞬だった。
 まさに妖精が騒がしく駆け回り、飛び交っているかのよう。だが、その煌びやかさに、これでもかと技巧が詰め込まれている。
 跳ねた弓によって鈴を転がしたかのような音が部屋に響く。左手は高音域を目まぐるしく駆け回っていて、一瞬たりとも休むことを知らない。ほんの指一本、一ミリの狂いで崩れ去ってしまうような脆い音程を、けれどアルマディンは当たり前のように積み上げていく。
 生半可な体力と技術では演奏しきることすら難しく、正確に演奏できるだけでも十分な称賛に値する。そういう曲だ。
 だが、アルマディンは違った。
 盗み見た表情は技巧に顔を険しくしているどころか、余裕げだった。口元には微かに笑みまで浮いている。
 超絶技巧など存在していないかのように、軽やかに指を回し、弓を引く。
 それはヴァイオリンから音が鳴っているのではなく、本当に妖精が飛び回っているのではないかと錯覚させた。
 見えない何かが練習室を飛び回っている。アルマディンのそばを通り過ぎたかと思えば、譜面台に隠れ。ピアノのを横切ったかと思えば、天井の近くに飛び上がる。
 内心、モンデンキントは舌を巻いた。
 化け物め。
 これだから天才は嫌なんだ。


(2026.06.04)