フリンズさんと不思議な楽師さんの話

あまこい7にて展示しました


【第四話】

 楽師の彼女が、実は月霊だったのだと判明して以来……彼女はフラグシップには来なくなった。

 デミアンさんにも聞いてみたが、あの日が最後に店へと来た日であり、楽器も預かったままだそうだ。もうこのまま彼女に会うことは出来ないのだろうか。
 もう一度会いたい……僕に出来ること……そうだ、今の僕にも出来ることある。
 
「デミアンさん、彼女の楽器を――お借りすることは出来ますか?」
「楽器を、ですか?」
 
 首を縦に振って頷き、デミアンさんの返事を待つ。少し悩んでいる彼の反応をそのまま数秒待つと、「分かりました、よろしくお願いします」と了承されたりそして店の奥から楽器ケースを持ってきてくれた。
「ありがとうございます。彼女と話が出来るか、試してみます」
「フリンズさんには何かあてがある、ということですか。……えぇ、是非よろしくお願いしますね」
 そうしてデミアンさんは優しく笑って、「僕も彼女のファンの一人ですから、また是非お聞きしたいですね」と言ってくれた。


 ***


 そして僕は、銀月の庭に訪れた。ここに一人で来るのは初めてだった。ここには月神であるコロンビーナさんがいる。
 月霊が彼女の本当の姿であるならば、原神の眷属となる。それならば、コロンビーナさんであれば彼女の居場所が分かると考えたのだ。思い返せば、楽師の彼女の淡いピンク真珠の瞳は、コロンビーナさんの瞳にとてもよく似ていた。

「フリンズ、来たんだね」
「えぇ、突然の訪問となり申し訳ありません」
「うん、いいよ。来るって分かってたし」

 大きな月の石像の上に座り、足をぶらつかせながら僕を見下ろしている彼女。僕が近くによると、コロンビーナさんはフワリと地上へ降りてきてくれて、僕の目の前で立ち止まる。
 
「あの子はね、毎日泣いているよ」
…………そうでしたか」

 少し顔を伏せて、彼女の様子を教えてくれるコロンビーナさん。そして彼女は、普段閉じられている瞳を開き、僕の目をしっかりと見据えて問う。

「フリンズは、どうしたいの?」

 僕がどうしたいのか?それは、随分前から決まっているし、何も変わっていない。コロンビーナさんの瞳を見据えて、こう答える。

「僕は、彼女に会いたいです」
「そう。分かった」

 そうしてコロンビーナさんは、何も無い空間に手のひらを上にして腕を伸ばす。
――おいで」
 そう告げると、一匹の月霊が姿を現した。それはもちろん、楽師の彼女である月霊の姿だ。あの特有のクーヴァキを感じることができる。
「あぁ、またお会いできる日を……心待ちにしていましたよ」
 そう伝えると、その月霊はサッとコロンビーナさんの後ろに隠れてしまった。

「この子はね、分かってると思うけど……楽器が大好きな、他の子と少し違う月霊なの。――ほら、出ておいで」
 コロンビーナさんが、その月霊の背中を押すとスーッと空中を移動した。彼女が僕の目前まで来てくれたので、少し屈んで彼女と目線――顔の高さを合わせる。
「僕ともう一度、お話ししませんか?」
 そのように声をかけると、その月霊は人間の姿に――楽師の彼女の姿へと変え、ポロポロと涙を溢した。

……貴方を、そして皆さんを……騙していて、ごめんなさい」
「おや、その事を気にされていたのですね。僕としては、またその姿の貴女にお会いできて嬉しいです。ありがとうございます」

 彼女が溢し続ける涙を、手袋を外してから親指で拭う。すると驚いた彼女は顔を上げて目を大きく見開いた。僕が好きな、淡いピンク真珠の瞳が僕の姿を映し出す。
 
「貴女の真実の姿など、僕は誰にも言いませんよ。それに――、」
 そうやって言葉を切ってから、僕は腰に下げたランプを手に取り、彼女の目の前へ掲げて微笑む。キョトンとした彼女の顔を見てから――ランプの中へと自身を閉まった。そして数秒待ってからランプの外へ出ると、彼女は目を丸くして驚いていた。
「如何でしょうか? 実は、僕はフェイ――妖精なので、図らずとも似たもの同士ですね。……僕も、貴女を騙していたことになるでしょうか」
……!」
 少しわざとらしく落ち込んだ様子でそう伝えると、彼女は途端に慌て出した。
「あの、えっと……どうしたら……
「大丈夫ですよ。ふふ、貴女の秘密も僕の秘密も、他の方には秘密にしましょうね」
…………はいっ」
 そう返事をした彼女は、あの僕の大好きな笑顔に戻っていたので、僕もつられて一緒に笑った。


――さて、楽器をこちらにお持ちしました。また貴女の美しい音色を、お聞かせくださいませんか?」
「楽器を、私の楽器を……持ってきてくれたんですか?」
「えぇ。どうぞこちらを」
「嬉しいです。フリンズさん、ありがとうございます」

 コロンビーナさんや他の月霊達、そして僕は、彼女の奏でる美しい音色を聴きながら、このゆっくりと流れる時間を享受した。

 その演奏会の途中で、コロンビーナさんから彼女の話を聞くことが出来た。
「この子はね、人の集まる場所で演奏がしてみたかったみたいなの」
「なるほど、そうだったのですね」
「うん。最初の日だけは、私も一緒にお店へ行ったんだよ。とっても楽しそうだったし、お店に行く日はいつも楽しそうにしていたよ」
「えぇ……今でも、いつも楽しそうに演奏されています」
 コロンビーナさんが、夢中で演奏する彼女に目線を向けた。僕も彼女に倣ってそちらに目を向ける。僕が見たかった光景が、彼女の笑顔が眩しく映った。


 ***


 その後の彼女は、コロンビーナさんの計らいで、僕の居る時は夜明かしの墓で過ごす時間を持つことが出来た。この夜明かしの墓からフラッグシップへ向かう日もある。
 
「今日は僕が非番の日ですから、店までお送りしましょう」
「私は月霊の姿で移動できるから、必要ないのに。……いつもありがとう、フリンズ」
「ふふ、僕が貴女をお送りしたいのですよ」

 そう言って彼女に手を差し伸べると、いまだに少し恥ずかしそうにしながら、彼女は僕の手を取ってくれた。



『世界-The World- これからの長い長い月日を、貴女と共に。』