フリンズさんと不思議な楽師さんの話

あまこい7にて展示しました


【第二話】

 前回の邂逅から数日後、僕はまた彼女の演奏に出会うことができた。

 僕はカウンターの席を陣取り、二杯目の酒をデミアンさんに注文した。今日は早めに入店できたため、聞いたことのない異国の音楽と、彼女の綺麗な所作による演奏を堪能できている。これはなかなか中毒性がありそうだ。常連客が増える理由も伺える。
 前回直接会えたことで、彼女が店にいるか否かが分かるようになった。それは、彼女からはクーヴァキ――ナド・クライ特有の力を感じることが分かったからだ。……僕と同じように月の輪の持ち主なのだろうか。

 まだ閉店時間ではないが、楽師の彼女が演奏を終えて席を立つようだ。お辞儀をする彼女に大きめに拍手を送ると、彼女が顔を上げた一瞬だけだが、僕と目が合ったような気がした。……前回追っかけてきた厄介な客と思われている可能性がある。それはどうしても払拭せねばならない。
 そう思った時にはすでに僕は席から立ち上がり、片付けを進める彼女に近付いていった。
 
「こんばんは」
……はい」

 ゆっくりと僕の方へ体を向けた彼女は、顔を伏せながらも目線を僕に向けてくれた。あの淡いピンク真珠の瞳が僕の姿を捉える。
「今日も素晴らしい演奏でした」
「ありがとうございます」
 僕に改めて向き直り頭を軽く下げた彼女は、もうこれで話は終わり――という雰囲気で片付け作業に戻るようだった。しかし、僕としてはそれでは困る。
「貴女の演奏にお礼を兼ねて、よろしければ一杯奢らせて貰えませんか?」
 そのように伝えると彼女はピタリと動きを止めて、もう一度僕を視界に入れてくれた。そのまま目を伏せて考えている様子だったので「もしお時間があれば」と付け加え、困らせる意思は無いことを伝えた。
「では、一杯だけ……
「ありがとうございます。とても光栄です」
 僕の望みに応えてくれた喜びを伝えようと、姿勢を正し片手を胸に添えてお辞儀をする。それを見た彼女は綺麗な瞳を丸くして、ふふっと小さく笑った。

「あの、私は……あまり会話が、上手く無いので……
「そうでしたか。ですが、問題はありませんよ。今夜は僕の話を聞いてくれるだけで嬉しく思います」
 彼女を困らせるつもりは毛頭ない。今夜は彼女を褒め称える回にしようと心に決めた。簡単に片付けを終えた彼女をカウンター席へと案内した。デミアンさんにはアップルサイダーを注文し、ドリンクを待つ間も、届いてからも僕は彼女に沢山話しかけた。
 何曲目のここがよかった、この曲のこのフレーズが好きだった、この楽器はどこで習ったのか、など。僕から問いかけ、たまに彼女から答えを得る。僕中心でありながらも、知り得なかった彼女の情報を多く聞くことができた。会話の途中で、たまに彼女がクスクスと小さく笑う姿が印象的で、こんな彼女をもっと見ていたいと思ってしまった。
 だが、彼女がどこに住んでいるのか、なぜ不定期開催なのか、次はいつフラッグシップへ来る予定なのか、そういった話は全て首を横に振るだけで答えてくれる事はなかった。

「このサイダー、美味しかったです。ありがとうございました」
「えぇこちらこそ。素敵な時間を過ごせました」

 席を立とうとする彼女よりも先に立ち、手を差し伸べる。少し小柄な彼女には、カウンター席は過ごしにくかっただろうか。せめて降りる時の手伝いができれば――と思ったのだ。
 差し出された手を見つめる彼女。しかし、その僕の手に添えてくれることはなく、彼女は自力で席から降りた。空振りとなってしまった僕の手は少し寂しそうにしていたが、そういう事もあるだろう……と無理やり納得し、静かに手を下ろす。
 楽器ケースなどを手に取った彼女は、カウンター越しにデミアンさんへと預けた。そして僕に軽い会釈をし、店の出口へと向かって歩き出した。その姿を目で追いながら、カウンター席へ本日分の代金を置いて、僕も彼女の後ろを付いて歩いた。――少ししつこいだろうか?とは思うものの、次会える機会がいつになるかわからないのだ。この機会を逃したくはない。

 フラッグシップの喧騒を扉の中へと残し、僕と彼女は店外へ出る。扉が閉まると同時に、静けさが辺りを支配する。後ろを付いてくる僕を、彼女が振り返った。

「あの……、送ってくださらなくて結構です。ここまでで……
「それは残念です。せめて貴女を、ナシャタウンの外までお送りさせては貰えませんか?」
…………

 彼女は目を伏せて考え込む姿勢を取った。……この反応、やはり駄目そうだな。これ以上しつこいと流石に彼女に嫌われてしまう可能性もあると考えて、見送りは取りやめることにする。

「わかりました。では、ここでお別れと致しましょう」
…………あ、はい。――それでは」

 ――なんだ、今の反応は?
 もしかすると、街の外まで送ってもらっても良いかを悩んでいた……という可能性もあったのか?となると、僕が早合点してしまったのかもしれない。

 数秒だけ悩んで、彼女を追いかけることを決心し歩きだしたのだが、もう遅かった。建物の角を曲がると、もう彼女の姿は無かったのだ――前回と同じように。
 しかし、この違和感は……一体何なのだろうか。この、まるでその場から人ひとりが消えてしまったかのような……
 
 彼女は一体、何者なのだろうか?



『星-The Star-』