フリンズさんと不思議な楽師さんの話

あまこい7にて展示しました

【第一話】

 僕は今夜も、ある目的のためにフラッグシップへと通う。


「そういえば知ってるか、フリンズ。最近な、このフラッグシップで、評判の良い楽師がたまに生演奏してくれるんだぜ?」
 酒の入ったグラスを傾けながらそう教えてくれたのは、ファルカさんだった。それは初耳だったので「どのような方なのですか?」と問うと、「ははっ、結構興味ありそうだな」と豪快に笑いながら彼は教えてくれた。
 その方は不定期で訪れる楽師で、二弦の弦楽器を使う女性らしい。その音色は美しく、彼女がいる日は長く滞在する客も注文も増えて、バーテンダーのデミアンさんも喜んでいるそうだ。
「でもな? 名前はおろか、どこに住んでるか、いつ来るかも謎なんだそうだ。デミアンにしつこく聞いてみたが、どうやら本当に知らないらしい。――気になるだろう?」
 このナド・クライ――冒険者の楽園――では、過去に『色々』あった人や物が集まることも珍しく無い。本人が語らないのであれば、詮索するのも野暮ではあるが……店側もほとんど把握せず雇っているとは、さすがナシャタウンで息の長い店だ。客との大きなトラブルもなければ、店側が介入することも然程無いのだろう。

「その口振りだと、ファルカさんは直接見たことあるのですか?」
「おう、つい三日前のことだ。美人だし演奏も上手いし、人気が出るってのも頷けるってもんだ。酒の進み具合も早まるって訳だ」
 うんうん――と頷きながら、彼はその夜の光景を思い浮かべているらしい。……酒の進みが早いのはいつものことでは?とは思いつつそれについては言葉を飲み込んで、教えてもらった情報を反芻する。
……そうですね、僕も少し興味が湧いて来ました」
「そうだろう? ――と言ってもなぁ、次はいつ来るんだろうな。三日前が直近だが、翌日来る日もあれば、一週間空く日もあるらしいぞ」
 頭をガシガシと掻きながら、彼は酒のグラスを傾け飲み干した。相変わらず、興味のあることに対しての情報収集に余念がないファルカさんだ。その彼が把握できていないとは、身を隠すことに余程注力している女性なのだろうか。

 次の注文のためファルカさんがデミアンさんへ声を掛ける。ついでに楽師の次の予定を聞いてみたが、当日――というか当日の開店時間中に彼女が現れたら開催する、というぐらい未定だそうだ。……さすがに不定期すぎないか?
「んじゃあ、彼女の音楽を聞くにはフラッグシップに通うしかないってことか。デミアンめ、商売が上手いな!」
「えぇ。今後もどうぞご贔屓に」
 追加注文のグラスをファルカさんが受け取ると、届けたデミアンさんが笑いながらそう答えた。


 そんな話を聞いて以降、普段よりも頻度を高めてフラッグシップへ通っているのだが、僕はまだその彼女に出会ったことはなかった。


 ***


 ――ある日の夜警帰り。

 本日の巡回コースがナシャタウン近くで終わること、そしてまだフラッグシップの閉店時間前というタイミングだったので、今夜は店へ寄ることが出来た。
 実はそろそろ、件の楽師との出会いを諦めようかと思い始めていた。しかし、一度ぐらい噂の彼女に出会ってみたいと、いわばくじ引きの当たりが出るまで引いてみる感覚で通っている。
 
 フラッグシップの入り口前で、僕は扉を開ける前に足を止めた。――これは……『当たり』が出たのでは?
 聞いたことのない音楽が店内から微かに聞こえる。はやる気持ちを抑えながら、店の扉を開けると入り口すぐの広場に――彼女が居た。
 閉店時間が近いため店内の客は少なく見えたが、どの客も彼女の演奏に耳を傾けているのか、話し声はほとんど聞こえなかった。あの喧騒が似合うフラッグシップとは見違えるようだ。なるべくゆっくりと歩き、カウンター席へ腰掛ける。すぐに近寄って来たデミアンさんに、小声で酒を注文する。デミアンさんも、いつもなら世間話などで声掛けしてくれる所なのに、ゆっくりと頷いただけで離れて行った。
 改めて、楽師の彼女の方へと意識を向ける。背筋を伸ばし、少し高めの椅子に腰を下ろし、片足を足台に掛け、その足に弦楽器を乗せている。聞いていたとおり二弦のみで、弓を左右に引くことで美しい音色を奏でている。
 
 (これは確か――璃月の方で使われる弦楽器、だったような……
 
 僕自身も久々に見た楽器であるため記憶は朧げであったが、以前見聞きしたその楽器の音色とは全く異なり、とても美しい穏やかな音色だった。
 ――なるほど、人気が出るのも頷ける。
 届いた酒のグラスを傾けつつ、数曲ほど彼女の演奏に聞き入る。グラスの中身がもう少しというところで、次の酒の注文を考えていると――楽師の彼女が席から立ち上がり、お辞儀をする。そして店内の客達がまばらに拍手を送った。
 まさか、もう終わりなのか?
 店内の時計を確認すると、いつのまにか針は閉店間際の時間を指していた。そんな……まだ僕は、数曲しか聴けていないのに。

 そのように考えた途端、僕はカウンターに酒代を多めに置き、店外へ飛び出した。急いでフラッグシップの裏口へと駆け付けると、ちょうど楽師の彼女が出てくるところだった。焦る気持ちを極力抑えて、僕は静かに声を掛ける。

「こんばんは」

 声に気づいた彼女が僕の方へ振り返った。その時、驚いて見開かれた彼女の瞳、演奏中は伏せられて見えなかった淡いピンク真珠のような美しい色合いのそれが、僕の目と合わり焼きついてしまった。しかしその瞳はすぐに伏せられ、残念ながら見えなくなってしまった。
 
「あの何か……?」
「あぁ、突然すみません。僕は、キリル・チュードミロヴィッチ・フリンズと申します。呼びやすいので『フリンズ』と呼んでください。――貴女の演奏が素晴らしく、お礼を言いたくて伺いました」
……ありがとうございます」
「それと……もう夜も遅いので、僕に途中までお送りさせて貰えないでしょうか? 僕はライトキーパーに所属している者で、多少武芸にも心得があります」
「いえ、結構です。……すみません、失礼します」

 そう言うと彼女は僕の目の前を足早に通り過ぎて、そのまま走り去ってしまった。
 そのあまりの潔さに、僕は呆気に取られて反応が遅れてしまう、が……せめて名前だけでも聞いておきたい。次の予定日も出来れば、と彼女を追いかけた。


 しかし、建物の角を曲がった先には、もう彼女の姿は見え無かった。
 はたして彼女は、どこへ消えてしまったのか。



『運命の輪-Wheel of Fortune-』