千草莱
2026-05-19 01:05:10
7526文字
Public 弟子バロ
 

【大逆転裁判】出会ってすぐに、召し上がれ

転生現パロのアソバロ。亜双義の執念は岩をも通す。



 ロンドンに来た理由と、その夢の内容について話すと
彼は興味深そうに聞き入っていた。

「不思議な話だな。だが私はそのような夢は見ていないし、心当たりもない。
 夢に出てくる男性は、そんなに私と似ているのか?」

「はい。眉間の傷痕がないこと以外は、そっくりです。
 でも貴方の方が親しみやすい雰囲気を感じます」

夢で見た彼は、職業柄か、生真面目な性格なのか、威圧感を放っていた。
今目の前にいる彼からは圧は感じない。穏やかで誠実そうな印象だ。
傷痕がないだけでなく、表情が柔らかい。

「そうか。……残念だ。同じ夢を見ていたのなら、この後も
 君と過ごす権利が得られたかもしれないのに」

「え」

「なぜだろう、君とは別れがたい。初対面の人間と話し込むことすら稀なのに。
 どうしてこんな気持ちになるのか、自分でも分からない」

ずいぶん年が上の男性の、戸惑いはにかむ姿がこんなに可愛らしく
見えるなんて、ありえるのだろうか。
夢の中で彼を見つめていた時のような、胸の高鳴りを感じる。
思わず喉が鳴りそうになるのをごまかすために、カップに残っていた
コーヒーを一気に飲んだ。


 彼のこの後の時間が空いているなんて、偶然で片づけたくはない。
一緒に過ごすべきだと確信し、ロンドンの案内をお願いしてみる。
有名どころはもう回ったから、普段行くような場所を教えて欲しいと頼むと
彼は驚きながらも二つ返事で了承してくれた。

カフェを出て二人並んで歩くと、これが日常かのようにしっくりくる。
歩幅は違うのに、歩調がぴたりと合うのだ。
お互い自己紹介などをして会話するうちに、口調もくだけてくる。
会って間もない年上相手なのに、この方が口に馴染む。
彼も不快な顔をするどころか、堅い口調の方が落ち着かないと笑ってくれた。

傍にいると、彼のつけている香水らしき匂いに気づく。
この匂いには覚えがある。夢の中、彼がまとっていた香りだ。
それを伝えると、イギリスの老舗ブランドの香水であると教えてくれた。
ちょうどそのブランドの店舗が近くにあるという。

「ブランドができた当時からの商品だから、夢の彼もつけていたかもしれない」

あそこだよ、と指さされた看板に書かれたロゴに見覚えがある。
二十歳の誕生祝いに、父が質の良いシャツとネクタイを贈りたいからとデパートに連れて行ってくれた。
馴染みのない、紳士服のフロアを歩いていると、このブランドの店先で香水をふった細い短冊を渡された。
嫌いではないが、自分がつけるには合わない匂いだなと思いつつ
ポケットに入れたまま家に帰り、部屋のタンスの上に置いていた。
初めて不思議な夢を見たのは、その日の夜だ。
夢の中でこの香りがしたのは寝る前に嗅いだせいだと思っていたが逆だった。
この香りがあの夢を呼んだのだ。

「香りは記憶と強く結びつくというが……
 まさか、百年以上前の記憶まで呼び覚ますとは」

「夢の主はずいぶん記憶力がいいようだな」

少し距離を縮め、香りを吸い込む。大人の男性である彼にはよく合っている。
夢の中の彼とは、顔だけでなく趣味も似ているようだ。

 よく行く店や好きな場所をいくつか紹介され、夕食を一緒に食べてなお
まだ一緒にいたいという気持ちはおさまるどころか強まるばかりだった。
レストランを出た後、ごく自然に手が触れ、そのまま指を絡めて歩き出す。

彼が暮らすマンションの部屋につき、ドアを閉めた瞬間我慢できずに抱きしめた。
待っていたかのように腕が背に回され、強く抱きしめ返される。
見上げて目が合えば、二人とも何も言わずに顔を寄せて唇を重ねた。
無言のまま、何かに急かされるかのように寝室へ招かれベッドに倒れ込む。
身を寄せ合い、再びキスをした瞬間ふと意識が遠のいた。

目の前に、彼がいる。眉間に傷痕があるからこれは夢の中だろう。
先ほど胸いっぱいに吸ったあの香りも漂っている。
おそらく素肌に、バスローブをまとった彼は懇願するようにこちらを見つめている。

「バロック、と呼んで欲しい」

初めて、夢の中で音が聞こえた。ずっと聞きたいと願っていた声は
現実で会った彼の声を聞くことでようやく蘇った。

お望み通り名前を呼んでやろうと口を開いたところで意識がまた途切れる。
目の前にはやはり彼がいる。傷痕がないから、これは現実だ。

「バロック」

呼んでみると、彼は目を大きく見開いてからふわりとほほ笑んだ。

「それが、夢の彼の名前だね?」

「ああ」

「私も今、夢を見た。君によく似た、カズマと名乗る青年がいた」

カズマ。初めて聞いたはずなのにその響きはよく耳に馴染む。
ずっと見てきた夢の主は、カズマというらしい。
二人でその名前を呼び合うと、どんどん愛しさが募ってくる。
もっと触れたくて仕方がない。キスやハグだけでは足りない。もっと、強く深く。

「恥を忍んで言うが、この先の経験がない。分からないことばかりだから
 おかしなことがあったら教えてほしい」

自慢ではないが、男女ともに好意を持たれることは多い。告白だって何度もされた。
好ましいと思う人もいたが、強く惹かれるようなことはなく交際には至らなかった。
こんなに心乱され、身も心も欲しくなるような感覚は初めてだ。

「実は私も経験がない……自分に性欲があるのか疑うほどだったのだ」

目を伏せ、顔を赤くして告げる様子に嘘はない。
背も高くて顔も整っていて、身なりや行きつけの店の様子からはそれなりに
よい暮らしが伺える男だ。この部屋だって一人には広い。
そんな彼がこれまで誰からもアプローチされていないとは思えない。
機会がないのでなく、誠実に断ってきたのだろう。
世の中には恋愛感情や性欲を持たない人もいるらしいが、特定の人と会った瞬間に
それが膨れ上がるなんてことがあるのだろうか。

「カズマが、バロックに誰も触れないように何か画策したとか……?」

それが本当であれば、のろいかまじないかは分からないが、恐るべき執念と独占欲だ。
誰とも付き合わぬようにした上で、自分と出会ったらすぐ求められるようにするなんて
カズマに都合がよすぎる。

「バロックは、カズマからとても愛されていたのだな」

百年を超える執着の可能性も、愛されていたの一言で受け止めてしまうのだから
バロックも彼も、よほど度量の広い男だ。

「今夜はカズマとバロックの導きに任せてみるか」