千草莱
2026-05-19 01:05:10
7526文字
Public 弟子バロ
 

【大逆転裁判】出会ってすぐに、召し上がれ

転生現パロのアソバロ。亜双義の執念は岩をも通す。





「日本に帰る日が決まった」

そう告げても、彼の表情は変わらなかった。
検事として独り立ちしてからだいぶ経ち、師に教えを乞う場面は少なくなった。
プロフェッサーや死神ほどの難事件は起きなかったがそれなりに複雑な事件を
いくつも担当して経験は積んだ。
今ならここで学んだことを持ち帰り日本の司法の変革に役立つことができるはず。
元々、いずれ帰国することは宣言していたのだから時期が来たというだけである。

「そうか。忘れ物には気をつけよ」

読んでいた雑誌を閉じ、こちらを向いた彼の顔は涼しいままだ。
忘れ物常習犯からの忠言は聞き流してやることにした。

「騒がしい弟子がいなくなって、静かな生活に戻れるぞ」

「どうだか。誰かのせいで、気軽に質問にくる若手が絶えぬ」

「それはよかったな。寂しがりやにはありがたいことだろう」

皮肉や軽口の応酬はもはや癖のようなものだ。本音が別にあることはお互い分かっている。

「出発するまでに、餞別をくれないか」

「今から用意できるものならば」

「貴方が欲しい」

息を飲む音がはっきりと聞こえた。ようやく表情が変わった。苦悩の色に。

「本気なのか?」

彼に近づき頬に触れる。触れた瞬間に肩が跳ねたが、手を振り払われることはなかった。

「本気だ。どうしても、貴方が欲しい」

 父の仇への執心が恋慕に変わったのはいつか、もう思い出せない。
あの裁判の後、彼を倫敦に引き留めた理由は二つ。
ひとつは検事としての教えを乞うため。もうひとつは、彼の人となりをより深く知るため。
結末は辛いものとなってしまったが、かつて父が大切に思っていた人だ。
従者として傍にいた時の記憶も合わせれば悪い人ではないと分かる。
もっとよく知れば、得るものがあるような気がしたのだ。

目論見通り、検事として学ぶことは多く自身の成長を感じられる日々となった。
想定外だったのは、彼が悪い人ではないどころか、好ましい人であったこと。
優秀な姿に憧れ、情け深さに救われた。うっかりして抜けている部分に小言をいいながら
世話を焼くのは楽しかったし、皮肉屋なところはうつってしまった。

倫敦での生活は常に彼とともにあった。今、一番傍にいて親しいのは自分であると断言できる。
でも自分が日本に帰った後もこの人の人生は続いていて、彼を慕う他の誰かが現れて
これからをともに歩むのかと思うと悔しくて仕方ない。
せめて、得られるものすべてを手にしてから旅立たせてほしい。

……わかった」

長い沈黙の間、熱をこめた目に見つめられて観念したのか、彼はまぶたを閉じてため息をついた。

「約束だ。違えてくれるな」

頬に触れたままの手で顔を引き寄せ、額にくちづけをした。



 数日後。果たして約束は叶えられ、これまで見ることのできなかった彼の身体の全てを
目に焼き付け、触れるほどにこみ上げる劣情をぶつける。
戸惑いながらも受け止めてくれる健気さに、なかなか熱は冷めぬまま時間が過ぎて行った。

「こうして応えてもらえるなら、もっと早く迫ればよかった」

「今だから応えたのだ」

汗で額に貼りついた前髪を、彼の長く美しい指がすくいあげる。
いつになく優しい顔には、寂しさがにじんでいた。

「これ限りだと思うな。必ず、また貴方に会いに来る。
 その時は言い訳や駆け引きなしで抱かれてくれ」

「その時の君が、私をその気にしてくれるならば」

安易な口約束などしないところが、この人らしい。
たまらなくなって、強く抱きしめる。どこにも逃がさぬように、強く。
離れようとしているのは自分だというのに、我ながら勝手なものだ。

「再会を確実にする方法はないだろうか。願掛けでは心もとない。
 呪術のひとつも身に着けておけばよかった」

「君は本当に身に着けそうだから恐ろしいな」

くすくすと笑い合いながら交わす、他愛のない会話が愛おしい。
離れる前に、彼の全てを魂に刻み付けようと五感の全てを集中させる。
この人はうっかりしているから、その分自分がしっかり覚えておかなくては。