mishiadd
2026-05-17 17:53:39
17724文字
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いおりひとり旅・日本紀行:光芒射す

【現パロ】記憶はないけど『倭建命』に縁がある一般大学生の宮本伊織さんがヤマトタケルゆかりの地を一人旅するシリーズ2作目。草薙剣を祀る街。【その他】
前作『いおりひとり旅・日本紀行:宮本伊織の歴史ミステリー・吾嬬はや』:https://privatter.me/page/69f81c31de2dc
次作『いおりひとり旅・日本紀行:宮本伊織の歴史ミステリー・燃ゆる海』:https://privatter.me/page/6a01fd6059b79


五、

館内はこじんまりとまとまっており、なるほど四百を超える所蔵品が代わる代わるランダムで展示されるという話にも納得がいった。これではすべてを紹介するのは難しいだろう。
美しく陳列された刀や太刀をひとつひとつ丁寧に覗き込む。来客はまばらで、友人同士で来ているらしい女性客ふたりの声をひそめた囁くような会話の他には、奥のシアターエリアで上映されているショートムービーのBGMとナレーションがくぐもって聞こえてくるだけだった。ヤマトタケルの一生を紹介しているらしい。

決して広いとは言えないとはいえ、展示場の端から端に渡るような長大な大太刀に感嘆する。伊織自身、腕力には自信のある方ではあるが――真剣を二本、器用に指だけで支えることができる――これほどの大きさのものは、持ち上げることすら一苦労するだろう。

館内を一周、二周し、シアターエリア前を通り過ぎかけて、たまたま前の回の上映が終わって観客が入れ替わるところに出くわした。そのまま素通りして再び大太刀を見に行こうとしたところを、人の出入りを整備していたスタッフに促されて最前列の特等席に座らされる。そのまま大人しく待っていると、伊織自身は既に一通り馴染みのあるヤマトタケル伝説の紹介映像が始まった。逞しい男性が勇ましく敵を薙ぎ倒している。ぼんやりとその姿を眺めながら、「あんなに動いて、腹が減ったとそろそろ文句を言わないのだろうか」などと思い――うん、と我に返る。一体なんの話だ、と突拍子もない己の発想にくすりと含み笑いを洩らした。

白鳥となって大空を飛んでいくヤマトタケルの姿と共に映像が終わり、伊織も席を立つ。三周目を巡り、隅から隅まで余すところなく眺め尽くしたところで、ようやく、ふう、と人心地ついた。
大変な満足感と共に宝物館を出て、てくてくと敷地の外へと向かっていく。二度目のA神宮を後にして、ううん、と門の前で伊織は大きく背伸びをした。駅へと向かう道すがら、小さなコーヒーショップでコーヒーを買う。それを口にして、ふう、と小さく吐息を洩らした。――それから、ぽつり、と言った。

……国宝か……

なんと、あれだけ宝物館の刀剣を舐めるように眺め回しておきながら、まだ美術館の国宝に未練があった。一見、物事に執着が薄く、拘りのなさそうに見える伊織だが、それは己が興味のあることに対する一途さの裏返しであった。興味のあること以外には極端に興味がないだけで、ひとたび執着心を見せたものがあれば、それこそその命が尽きるまで、地獄の果てまでひたすらに追い続ける。届かぬ月に恋焦がれ、夜空を仰ぎ見てはその姿を追い求めるように――今の伊織は、本来ならば見られるはずだった国宝級の刀剣の数々に未練たらたらであった。

こくり、と温かいコーヒーを口にする。再び小さく吐息を洩らし――ふう、と悩ましげな溜息をつく。「……国宝か……」と再び物憂げに呟いた端正な横顔に、すぐ傍にいた事情を知らない女子高生三人組がひそひそと興奮気味に盛り上がっている。

腕時計を見ると、そろそろ十七時になろうかというところだった。新幹線は二十一時台のチケットを取っていたので、夕食と土産物を物色する時間を見たとしてもまだ余裕がある。とはいえ、この時間ともなると主な観光名所はそろそろ閉まり始める頃だ。

どうしたものか、と飲みかけのコーヒーを持ったまま駅前で佇んでいると、「スミマセン」と声を掛けられた。振り向くと、それぞれが大きなスーツケースを持った外国人観光客らしい三人組が立っていた。
やや訛りのある英語でスマホを見せられながら事情を説明される。どうやら、宿泊するホテルのある駅までの行き方を教えてほしいとのことだった。
自分が地元民ではないことは伝えたものの、困った様子でひどく心細そうにしている姿に負け、ローマ字表記で書かれた駅名を確認し、伊織が自分のスマホで路線を検索する。私鉄から地下鉄に乗り継ぐようで、口で説明したところで伝わる気がしなかった。

ふう、と小さく溜息をつく。――どのみち、伊織にはこれといった予定も行先もない。これもきっとなにかの縁――と思い、目的の駅までの同行を申し出る。

当初は申し訳なさそうに恐縮していたものの、自分も旅行者で行く当てもないことを伝えると、それではと彼らも納得した顔をする。連れ立って私鉄に乗り、地下鉄に乗り換える頃には互いの日程などについてを話していた。

目的の駅に着き、改札口を出る。それでは、と再び駅の構内に戻ろうとした伊織を呼び止めて、観光客が鞄からガイドブックを引っ張り出した。英語ではないアルファベット言語で書かれたそれをぱらぱらとめくり、大きく写真の載っているページを示した。――聞けば、この町にある観光名所であるらしい。

「せっかくここまで来たのだから寄ってみては」と薦められ、ローマ字表記のその場所の名前を再び自分のスマホで検索する。……由緒正しき『寺』、であるらしかった。

重要なのは営業時間であった。―― 十九時まで営業、とある。今はまだ十七時半を少し過ぎたところだ。
これであれば、と伊織が納得し、紹介してくれたことへの礼を言う。
ホテルは寺とは逆方向にあるようだった。改札の前で互いに笑みを浮かべ、にこやかに別れる。



賑やかな商店街に突如として現れるような仁王門を抜けた先に、鮮やかな朱色の本堂があった。
寺と言われて一般的に想像するような、木目の見えるような茶色い姿とは一線を画している。どこか神社を思わせるような色味ではあったが、その佇まいは寺そのものだ。

どこか奇妙な印象を受けながらも、その佇まいに感嘆する。ふと視線を落として、足元に鳩が遊んでいるのを見る。

そろそろ暗くなろうかという頃で、夕暮れ時の藍色の空に、だんだんと建物の朱色が濃く溶け込んでいくようだった。さて参拝でもしようか、と思い立ち、そもそもどのような由来の寺であるのかを知るために看板を探す。視界がだんだん藍色に染まってきたためか見つからず、とりあえず本堂に入って手を合わせる。煌びやかな内陣に感嘆しつつ一礼して再び階段を下りる。――と、そこでようやく小さな立て看板を見つける。すっかり日も暮れかけた薄暗い中で、目を凝らして読んでみる。

由緒正しいお寺で、七百年近い歴史があるという。織田信長や徳川家康とも所縁があり――と、ある文字列にぶつかる。



現存する最古の『古事記』の写本を所蔵している、とある。



うん、と伊織が小さく頷いた。それから、「うん?」と小さく首を傾げる。今日一日で幾度となく目にした書物の名前であった。伊織自身、かの神格について必要最低限の知識を得る中で当然触れた名称であった。
スマホを取り出して検索してみる。手元の暗い中、スマホの画面がぼんやりと光っている。






O観音寺。寺内に『古事記』最古の写本を所蔵。――国宝指定、とある。






うん、と伊織が一瞬言葉に詰まる。それから、「――うん?」と改めて首を傾げた。

確かに、国宝が見たいとは思ったが。……だがそれは。



「こういうことではない、な……?」



国宝ならなんでもよいというわけでは当然ない。
そんなに国宝が見たければ古事記でも見ていよ、とは随分乱暴な話であるし、そもそも実物は寺院から博物館に寄託されていてここにはないとすら書かれている。
というかちょっと拗ねていないかこれは。

どうしたものか途方に暮れて立ち竦んでいる伊織の横を、参拝客がちらほらと通り過ぎていく。

階段を上っていく彼らの背中を眺めながら、伊織が小さく肩を竦めた。――まあ、いいか。



その場で小さく一礼をし――きままにのんびり草薙剣を巡る旅、を、締めくくった。






光芒射す・了