mishiadd
2026-05-17 17:53:39
17724文字
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いおりひとり旅・日本紀行:光芒射す

【現パロ】記憶はないけど『倭建命』に縁がある一般大学生の宮本伊織さんがヤマトタケルゆかりの地を一人旅するシリーズ2作目。草薙剣を祀る街。【その他】
前作『いおりひとり旅・日本紀行:宮本伊織の歴史ミステリー・吾嬬はや』:https://privatter.me/page/69f81c31de2dc
次作『いおりひとり旅・日本紀行:宮本伊織の歴史ミステリー・燃ゆる海』:https://privatter.me/page/6a01fd6059b79


二、

そろそろ秋の連休が近づいてきていた。

都内でしがない貧乏大学生をやっている伊織の予定は大抵埋まっている。常にふたつは掛け持ちしているアルバイトのシフトだ。
バイト先の都合さえ合えば、稽古の時間以外は朝から晩までびっしりとシフトで埋めてしまうのが常であったが、たまたまスーパーのシフトも塾講師のシフトも嵌らなかった一日が、連休のど真ん中に鎮座していた。
最初は終日稽古を入れようとしたが「やり過ぎて筋肉を痛める」と警告が入り、当日は道場から閉め出しを食らうこととなった。――ので、何か他のことで暇を埋めなければならなくなった。

連休の中日なかびである。たまには何もせずに一日中ぼうっと家にいるのもいいかと思い――なにせ、何もしなければ金もかからない、腹も減らないので食費もかからない――家に籠って読む用の文庫本でも新調しようか、と考えていたときだった。

大学の課題のお供につけていたYouTubeのおすすめ欄に、十五分程の短い動画が上がってきた。――『謎の古墳と蛇行剣の秘密』とある。

それ自体は民放テレビ局が制作した二時間半のドキュメンタリー番組の宣伝番組であったようで、サムネイルの下部にも「〇月〇日23時から放送」とでかでかとテロップが出ている。
蛇行剣にも古墳にも興味があった試しがなかったが、なんとなくクリックしてみる。課題をする間のBGM代わりの雑音であればなんでもよかった。

カタカタとレポートをノートPCに打ち込みながら、テレビから流れてくる音声をラジオ代わりに聞いている。専門用語が多く、その上ゲストの専門家の老爺の声はもごもごとくぐもっていてほとんど聞き取れない部分も多かったが、『ヤマト王権が日本列島全域に支配を広げていく過程で作られた古墳から発掘された蛇行剣』についての内容であるようだった。
ヤマト王権、という言葉に反応して初めてPCのモニターから顔を上げ、テレビの方を見る。ヤマト王権が日本列島全域に支配を広げていく――などと言われてしまえば、それを為したのは当然かのヤマトタケルである。……伊織にしてみれば、またか、という反応にもなる。

ふるふると軽く頭を左右に振り、再び目の前のPCモニターに視線を戻す。カタカタと再びキーボードを叩き始めた伊織の耳に、ナレーターのはっきりとした声が聞こえる。

―― 『草薙剣』は蛇行剣であった、とする説もあり――

なぜかこれには反射的に「それはそうでもあるがそうでもない」というチリリとした奇妙な違和感を覚えたが、なぜ自分がそう感じたのかもわからない。再びふるふると頭を振り、目の前の課題になんとか集中しようとする。
カタカタと数式と文章を交互に綴るうちに、だんだんと周囲の音が聞こえなくなってくる。そうしてもはやBGMなど不要になったかと思われた頃、再びナレーターらしき声がはっきりと聞こえた。

――と、ヤマトタケルはミヤズヒメに草薙剣を託し、伊吹山へと向かったのです。残されたミヤズヒメが草薙剣を祀るために築いたのがA神宮です」

うん、と伊織がPCモニターから顔を上げる。……別段きちんと内容を聞いていたというわけではなかったが、確か自分は『謎の古墳と蛇行剣の秘密』についての番組をつけていた筈だ。
テレビ画面を見遣ると、いつの間にか別の動画に切り替わっていた。個人YouTuberが制作した番組であるようだった。よくよく聞いてみればナレーターだと思っていた声は先程とは別人に変わっている。活舌は決して悪くはなかったが、プロに比べてかなり素朴さが残っている。
リモコンをいじって番組名を見てみると、『A県ふるさと名所巡り・A神宮』と銘打たれていた。どうやらこのチャンネル自体が、個人が町おこしボランティアの目的で制作したチャンネルで、動画の再生数も極端に少なく、伊織が寄与した視聴回数でようやく二桁になろうかというところだった。
そんな規模感の動画がおすすめ欄に載ってきたことにやや不思議さを覚えつつも、単に「もう少し集中したい」と思い立ち、この動画とはまったく関連性のない、川の流れる環境音のみをひたすら垂れ流しているような動画に切り替えてみる。ちょろちょろと涼しげな水音が鳴り始めたことを確認して再び伊織がPCモニターに目線を戻す。カタカタとキーボードを打ち始める。

ようやく筆が乗り、レポートも佳境に入ってきたところだった。環境音がぷつんと無粋に中断され、広告が入る。その変化になんとなく気を取られた伊織がふと顔を上げると、テレビから陽気な声が聞こえてきた。

「今なら新幹線もまだ間に合う! 次の連休はきみもN市へ遊びに行こう!」

N市はA県最大の都市であり、A神宮がある場所である。――うん、と伊織が軽く首を傾げる。

名物のひつまぶしや味噌カツなどが映ったあと、四人の家族連れが楽しそうに新幹線に乗っている姿が映る。「広告スキップ」の表示が出たので押してみると、再びちょろちょろと涼しげな環境音が流れ始める。……なんだろうな、と思いながらも、伊織が再びPCモニターと向かい合う。

流水のちょろちょろとした音と、カタカタというタイピング音のみが、ワンルームの部屋の中で響いている。――どれだけ時間が経っただろうか、最後の一行を書き終えた伊織が大きく背伸びをする。ううん、と両腕を伸ばして椅子の背凭れごと大きく背を反らしながらテレビを見遣ると、待ってましたとばかりに――環境音の動画が終わり、勝手に次の動画へと切り替わった。
先程の個人制作の動画の雰囲気とはまた違う、洗練されたシックな字体で動画タイトルのロゴが表示される。『刀剣ミステリー・ヤマトタケルの草薙剣』とあった。

「古代日本の英雄・ヤマトタケルが振るったとされる三種の神器・草薙剣。これこそが、この日本に連綿と受け継がれやがては日本刀となる我が国の刀剣の系譜、いわばすべての刀の祖なのです」



――うん、と思う。



そう言われてしまえば、伊織には興味を持たないという選択肢はなくなってしまう

確かにそうではあるのだが、どことなく居心地の悪さ、腑に落ちなさを感じる。それはそうであるのだが、まるで伊織の性格を知っている誰かに、わざとらしく弱点を狙い撃ちされて、あまつさえその敏感な患部にぐりぐりと擦り込むように押し付けられたような、自分以外の何者かの明確な意思を感じる



何者か』なんて、きっと誰だかなど決まりきっていたが。



ぐ、と口許を静かに引き結んで、伊織は黙り込む。――非力で矮小な人間如きに過ぎない伊織に、できることなどただひとつだ。

ちゃぶ台に置きっぱなしにしていたスマホを拾い上げ、新幹線のチケットを予約する。空いているのは連休の中日なかびたった一日だった。であれば、日帰り旅行がせいぜいだ。
一人旅は身軽で気楽だった。こんなギリギリのタイミングであっても、大型連休中の新幹線のチケットがまだ取れる。……と思えば、伊織の最後の一枚で往路も復路も満席になってしまったようだった。クレジットカードで支払いを済ませて元の画面に戻ると、たった今取った筈の新幹線の空き情報がすべてバツに変わっていた。

はあ、と小さく溜息をつく。……どのみち、どうにかして暇は潰さなければならなかった。なにも当てなどなかったので、この提案は渡りに船だった。……とはいえ、だ。

つけっぱなしにしていたテレビに目を遣ると、いつの間にか番組が切り替わっていて、N市のグルメ特集動画に変わっていた。首から下だけを映した寡黙なYouTuberが、黙々と地元の名店の手羽先を十何本もひとりで平らげている。詳細な味のレポートがテロップで流れ続けていた。総じて、胡椒が効いていて非常に美味であるとのことだった。

育った家庭環境のために料理の腕前は上々であったが、伊織自身は食にはとんと興味のない性質だった。妹や養父と暮らしていた頃であればまだしも、一人暮らしを始めてからはついつい食べることを忘れて結果的に食事を抜いてしまうことも度々あった。
きっと、この調子で次の連休の中日なかびを過ごしていたならば、下手をすれば一食も口にせずに過ごしてしまうこともあり得ただろう。



――旅行に行っている間は、少なくとも何かを食べる。



街歩きをするときは屋台で買い食いをする――というのは、どこで身に付けたのかも伊織自身にはわからない習慣だった。伊織自身が覚えていないだけで、あるいはそうやって食事を疎かにしがちな伊織に、買い食いにかこつけて食べることを促してくれていた誰かが傍にいたことがあったのかもしれなかった。

なんにせよ、次の休暇の予定は決まった。伊織は、予定表に「N市A神宮」とだけ書き込んだ。