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望月 鏡翠
2026-05-13 21:01:24
9037文字
Public
庭師は何を口遊む 霊山班
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残火
#庭師何を口遊む_霊山班
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夜明け前に職場に向かう。警察はフレックス制を導入しているわけではないが、事件はときを選ばないという意味ではいつでも職場は空いている。
重大事件が終わって休日返上の勤務は通常シフトに戻った。次の事件が始まるまでは、溜まりに溜まった報告書を仕上げるだけの平和な時間が続く。
病院の面会時間に合わせるために早めに出勤し、仕事を終わらせてから病院に向かう。
足音を潜めて病室に入るのが癖になっている。
巩心はほとんどの時間を眠って過ごしている。寝ぼけているからか、言動がどこか幼くなっていた。長時間起きていられないから、ゲーム機の出番は遠そうだ。ぼんやりとしているので、あえて会話を振って起こすことはせず、持って行った小説を読み聞かせていた。
心臓を動かし、健やかに呼吸する姿を見せてくれれば、それでいい。
小説は主に睡眠導入剤として役に立っている。
読み聞かせは子供のときの記憶を思い起こすようで、昔好きだった絵本の話をしてくれた。確かにまだ体を起こすことはできないだろうし、絵本くらい大判で短い方が、自力で楽しめるかもしれない。
病院の面会時間が終わり追い出されたあと、書店に寄って有名どころを買って行く。比叡も年齢が年齢なので、父親とでも思われたのだろうか。ラッピングの有無を聞かれたが、丁重にお断りした。
退院したらお世話になった孤児院にでも持って行ってあげればいい。邪魔になることは多分ないだろうし、同じ本を送ってしまっていたとして新しいものが一冊あって悪いこともないだろうから。
自分が幼いときは、どんな本を読んでいただろう。内容を覚えている絵本があるから読み聞かせてもらったことがあるはずなのだが、具体的な記憶はもう薄れている。
そのときからもう妖怪が出てくる絵本を喜んで呼んでいた気がする。塗り壁だとか唐傘だとか、釣瓶落としなんかも乗っていた。もう日本の文化圏で井戸を見ることはほとんどない。それこそホラーの文脈か古い史跡にしか残っていないだろう。だから当時は鶴瓶が何かわからないまま、それをみていた。
巩心が好きなのは「100万回生きたねこ」らしい。彼らしい。彼が愛したものが今の彼を作っているのだろう。
巩心が眠っているとき、その指先をそっと握る。指先に体温が戻っている。それだけで安堵する。目を覚ますとき、指を握り返してくれた。
側にいることが後ろめいた癖に、それだけで安堵できる。
「何か読もうか?」
「ん、いや。明治サンの声、ねっとりしてるから眠くなります」
「寝てていいんだよ」
声がねっとりとはどういうことなのだろうと思うが、眠れるのなら悪いことではない。休めるだけ休んで、早く元気になって欲しい。
「ゆっくりおやすみ」
比叡に守るべき家族や大切な人がいたのなら、こんな風に優しく言葉をかけて穏やかな時間を過ごすこともあったのだろうか。
誰も血を流していない場所で、そんな風に眠りを見守ることができたならとそんなありもしないことを考えてしまった。
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