望月 鏡翠
2026-05-13 21:01:24
9037文字
Public 庭師は何を口遊む 霊山班
 

残火

#庭師何を口遊む_霊山班

 巩心の病室に向かう。
 本当なら毎日会いに行きたかったが、託された証拠があったし、犯人が捕まえられていなかった。
 山下が事件の関係者である事がわかったとき、病院を移させることも考えた。あの瞬間、病院に置いてきた巩心が害される最悪の想像をして、比叡は夜中に走り出して井伏に止められた。
 すぐに所轄の刑事が確認にむかってくれたが、巩心は無事だったし、山下本人はもう姿を消していた。彼は、巩心が証拠を持って戻ってきたことを察していたはずだ。
 自分でもうんざりすることに、病室の場所を覚えていなかった。両手にこびりついた血の色ばかりが記憶に焼き付いている。確かにどこかを歩いた。集中治療室の前から、どこかに移動した。廊下の照明の反射も覚えている。
 だがからどこにむかって歩いたのか。
 あのときの比叡は、巩心のあとをついて回る亡霊のようなものだった。
 彼が意識を取り戻すまで情報記録媒体を手放さなかったのは、爆発の直前に見たパソコンのデータから病院関係者が犯人にいるのを理解して、無意識に守っていたのだろうか。
 山下の行方はわからない。だが少なくとも彼は、巩心を助けたし小野に証拠の件を漏らさなかった。生きて、罪に相応しい罰を受けてくれれば良いと思う。
 看護師に教えてもらった病室にいく。山下の件があったので、病室の前に刑事が一人立っていてすぐにわかった。頭を下げる。幸い身分証明書を見せずとも、同僚だとわかってくれた。
 音を立てないように、そっと扉を開けて中に入る。
 思った通り、巩心は眠っていた。
 失血が多かった。体を回復させるために、たくさん休息が必要だろう。意識を取り戻したあとの巩心の容態は安定している。彼はまだ若いし、体力もある。すぐに良くなるはずだ。
 きっとそのうち眠っているのが退屈になるだろうから、ゲーム機か本か、体を動かさずに握力を鍛えられる道具でも持ってきてあげよう。
 ベッドサイドの椅子に腰を下ろす。
 まだ顔色は良くなっていない。頬の温度が気になったが、触れたら目を覚ましてしまうかもしれない。どうせ今日は便宜上は休日だ。起きるまで、待っていても問題ない。
 胸が上下をするのをみて、呼吸があるのを確かめる。酸素マスクは外れたようだ。
 君はいつか僕を置いていく。僕には、何もできない。
 その苦しみを分かち合うことすら、できはしない。ここに座っていたところで、意味はない。
 それは何度も繰り返す思考で、比叡の中に反論はない。それなのに、根が生えたようにそこから動けないのだ。
 やがて巩心が身じろぎをする。寝返りをうとうとして、痛みにうめき声をあげる。
 どうしてやったらいいのかわからず、腰を浮かした比叡は椅子を倒して大きな音を立てた。
 物音に驚き、それで見舞客がいることに初めて気がついたように目を丸くした巩心を見て、バツが悪くなって椅子を下に戻して座り直す。
「犯人、捕まりましたよ。魔術師も、見つけました。これで、本当に全て終わりです」
「おめでとうございます」
 弱々しい声を搾り出すと、彼は言葉を続けた。
「ありがとうございます」
「君が捕まえたんだよ。君のおかげ」
 地下を見つけ、証拠を確保し、戻ってきた。彼がいてくれなければ、犯人に辿り着く前に逃げられていた。
「チームの、皆の力っすよ」
 僕はそこに加えられる資格はないよ。君が生きているから、少しだけ生き続けているだけの、死人だ。
 それをあえて怪我人に語り聞かせる意味はなく、答える代わりに彼の頭を撫でた。
 巩心が安堵したように目を閉じる。
「頑張ったね。よくやった。本当に偉いよ」
 その呼吸が寝息に変わるまで隣にいたあと、比叡はそっと首元に手をやって脈を確かめる。
 傍を離れている間に、この生きている証が止まって、彼が動かなくなる悪夢を何度も見た。その夢が嘘だと確かめる方法はなく、今ようやく生きていると実感を持って確かめる事ができた。
 面会時間が終わるまで、比叡は指先に体温と脈を感じていた。