ブルーベリー学園のテラリウムドームはあまりに広大で、ここが海の中の学園の施設であることを忘れがちになる。十字に梁の走るこの空は、ブレイブアサギ号には狭いはずだ。
今日もカルボウの修行に励む中、回復マシンを利用しにセンタースクエアの高台に立ち寄った。そこから眺めたコーストエリアに広がる海と砂浜が、このあと訪れる人のことを思い起こさせる。何の戦いとも関係なく会うのは初めてかもしれないけれど、会えたらまたカルボウに胸を貸してもらおう。想像を巡らせると、自然と頬が緩んだ。
噴水の傍のベンチでポケモンたちと休憩していると、女性に声をかけられた。なんでも、開発したマシンのモニターをしてほしいとか。一応話を聞いている最中にも、修行再開が待ち切れないカルボウが手を引いてきた。彼の気持ちを汲んであげなくては。
「ごめんなさい……今は修行で手一杯で。また今度お願いします」
「修行ということなら、なおさらこのマシンが役立ちますよ! パートナーと一心同体になれます!」
断って立ち去ろうとするも、食い下がられる。一心同体という例えは極端な気がしたけれど。
(そんなにも一体感を得られるなら……カルボウともっと息を合わせられるかも?)
じゃあ、少しだけ、と了承してしまう。意外と簡易な作りの、どこか既視感のあるマシンを手渡され、促されるままに操作した。
ぐらり。
めまいのような感覚の後、景色がすっかり様変わりしていた。目の前にいた人、周りにいたマスカーニャとブリムオンがとても大きく見える。いや……自分が小さくなっている? 目を瞬いて自分の手を見れば、それはまるでカルボウのような黒と赤の手。
(わ、わたし、まさか、カルボウになってる?!)
「大成功! カルボウとシンクロして、修行頑張ってみてください!」
慌てて振り返れば、マシンを持ったまま目を閉じて直立不動の……わたし自身!
(えっ、これって、どうやって元に戻ればいいの……!?)
戸惑うわたしと裏腹に、カルボウの体は動き出す。居ても立ってもいられない気持ちが溢れてくる。
『マスカーニャ、リコの心がカルボウの中にいるわ』
『そんな!』
ブリムオンとマスカーニャのやりとりがはっきりと聞こえた。こんなときでなければ楽しめたのに、ふたりを困らせてしまっていて歯がゆくなる。
『あたしはリコの体を守る。ブリムオンはカルボウを』
マスカーニャがわたしの体にぴったり寄り添った。ブリムオンは頷いて、走り出すカルボウーーわたしを追いかける。
(これが一心同体だなんて! カルボウ待って、止まって……!)
慌てるわたしと裏腹な、カルボウの心も感じられた。
——リコと一緒で嬉しい。共に戦いたい。
——リコが同じ体にいるなら、傷つかないよう戦わなくては。
心底楽しそうでいて、心の奥から燃え上がるような闘志に、はっとする。
トレーナーが慌ててはいけないと、わたしは感情を落ち着ける。むしろ、カルボウとシンクロしつつあった。せっかくの機会なのだ、カルボウと気持ちを重ねよう。さらなる高みに至るため。
◇
カルボウは野生ポケモンと出会っては戦いを挑み、経験を積む。わたしが一緒に体に入っているから、被弾を避ける戦い方だ。
シキジカのとっしんを横っ飛びに避け、ほのおのうずに包む。イシツブテのいわおとしをローリングで躱し、ひのこをぶつける。小さなポケモンの目線では、見慣れたポケモンたちも皆強大に見えた。でもどんな相手にも、カルボウは体の芯を熱く燃やして立ち向かう。
ポケモンや技がこちらに飛んでくる状況は今までにもあったけれど、ポケモンとしてそれを体験するのとでは大違い。止むなく技を受ける時も、ダメージを少なく抑えるよう防御したり受け流すように。受けた痛みは、いつも戦ってくれるポケモンたちへの感謝の気持ちにそのまま変わる。ブリムオンが逐一いやしのはどうをかけてくれたお陰で、ダメージが溜まることはなかった。その一方で。
(戦うと、こんなにお腹が空くんだ……)
体力は充分なのに空腹感で体が重くなる。不覚にも帰りのことを考えておらず、ドーム内を無計画に歩き回ったせいで、現在地がキャニオンエリアであろうことしかわからない。戦いながらどんどん高いところに登ってきてしまって、辺りは岩場ばかりで見通しも良くない。
『随分奥まで来てしまったわね』
すぐ後ろに居てくれたブリムオンの顔を見上げる。進化して大きくなったとは思っていたけれど、カルボウから見ると巨大ですらある。仲間でなければ、気圧されてしまいそうなほど。こちらを見下ろす彼女は、訳知り顔でくふくふと笑っている。わたしはカルボウの口を借りて尋ねた。
『ブリムオン、帰り道がわかる?』
『あのキラキラしたところの真下から来たのよね』
ブリムオンの触手がドーム天井の中央に輝くテラリウムコアを指した。視点が低いのも相まって基本的なことを失念していたようだ。あれを目印に歩けば、センタースクエアに戻れる。安心したことで、空腹感はより強まってしまう。
『お腹が空いてつらいでしょう。抱っこしてあげる』
『気持ちはありがたいが、辞退させてもらう』
気を遣ってくれたブリムオンの申し出を断るカルボウがいじらしい。
『力が出なくなったら、力付くで連れて行くからね』
『その時は頼む』
カルボウは誇り高い騎士のポケモンだから、そう気丈に言うけれど。シンクロしているから分かるの。今にも倒れそうなのを我慢しているんでしょう。
ああ、一歩ごとに目が回る。燃料が足りない。きのみが食べたい……
『リコ、カルボウ、そっちはダメ!』
早く戻りたい一心で先へ先へと走っていたせいだった。後ろのブリムオンから差し迫った声がかかるも、一瞬遅く。
足を踏み入れたのは、ストライクの縄張りだった。何対もの鋭い視線がこちらに向いた。
『ここはオレたちの縄張りだ!』
『チビだろうと容赦しないぞ!』
薄羽を激しく羽ばたかせ、集団が一斉に襲いかかってくる。ブリムオンがサイコカッターで応戦し、カルボウもひのこを連射したけれど、素早さと数に押されてしまう。
『クリアスモッグ!』
ストライクたちを煙に巻く。視界が塞がれた彼らの戸惑う声がする。わたしはその間に、手薄そうなところから逃げようと考えたのに。
――いいやリコ、騎士は逃げも隠れもしない!
ああ、ひとつの体に心がふたつあると、こうもままならないなんて。
カルボウは煙の向こうにほのおのうずを放ち、ストライクたちを包み込む。レベルの低そうな個体は怯んでくれた一方で、群れのリーダー格がいきりたち飛びかかってきた。両腕の鎌がぎらりと光る。反応が、間に合わない。
回避しきれず打撃を受け、体が吹き飛ばされた。いつまでも続く浮遊感――崖から落ちている!
『リコ! カルボウ!』
ブリムオンが叫ぶ声が遠ざかっていく。ねんりきで助けようとしてくれたけれど、惜しくも力は届かなくて落ち続けた。いよいよ肝が冷える。この高さから落ちれば、無事では済まない。傷の痛みと恐怖から、思考が真っ白になっていく。
『くっ……!』
カルボウは最後の力を振り絞り、近づく地面にほのおのうずを撃った。反作用と炎のクッションで衝撃を和らげようというとっさの考えが伝わって、それに備えて受け身を取る。どさり、と硬い地面に落ちた。想定よりずっと衝撃は軽かったものの、カルボウの小さな体は悲鳴をあげていた。空腹なのもあって意識が朦朧とする中、視界に映ったのは、革靴の爪先だった。
(だれ……?)
なんとか視線を上げると、そこにはこちらを見下ろすアメジオが立っていた。目を見開いて、こちらに近づき、膝をつく。
「お前は……」
どっ、と安堵が胸に広がって。そこでカルボウとわたしは気を失った。
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