花筵シヂマ
2026-05-10 08:00:00
43083文字
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触穢(1~5)

触手持ち邪神父×神になった水×触手プレイ×小スカあり




 両腕の自由が効かない状況は、長い長い人生の中であまり味わいたくはない。
 かつて裏鬼道の輩たちに囚われていた時を思い出す。
 激痛に気絶してしまい、目が覚めると人気の無いのこの部屋で目が覚めた。
 夜目が効く為、部屋の様子がよく分かる。
 随分使われていない部屋なのか今にも千切れそうな荒縄や、薄埃が床板を白く染めている。
 ゲゲ郎は後ろ手で縛られたまま、何度か手首を捻ろうとしたがてを動かすたびに電流のようなものが流れた。
「忌々しい……
 普通の術者であればこんなに苦労しない。やはり鬼道衆の術は幽霊族との相性は悪い。
 くだんの様子を伺うつもりが、思ったより根深い沼に足を取られてしまった。
 水木は無事だろうか。
 人の身で、ゲゲ郎たちや妖怪に親切なおとこを脳裏に描く。
 きっとゲゲ郎が惨めにも囚われたことに不要な自責の念にかられているのだろう。
 そして恐らく、また余計な自己犠牲を払おうとしている。そうなる前に早くこの納屋から出なくては。
 己の薄汚れた足裏を見るうち、水木の丸みを帯びた爪先を思い出した。
 水木の記憶を読もうとすればほんの少し頭に触れれば分かる。だがそれよりも、水木の足裏に触れ、今まで踏み締めて生き抜いてきた生の味を足裏からなぞるほうが好きだった。
 それと同時にあの小さな指先は微力な力でゲゲ郎を誘う。
 すぐに離れてしまいそうな、そんな力でゲゲ郎を惑わすのだ。
 もしあのおとこ、絢爛にも同じような行為で取引を持ちかけていたら……という想像が急速に駆け巡る。
 生々しい妄想がゲゲ郎を引き裂き、胸が焼けそうだった。
早く、早く逃げなければならぬ。 
 手首に力を込めて電流が流れる前に手首の鎖を引きちぎった。玉のような汗が額に浮き、手首の皮膚が引き攣れるように痛い。見れば桃のように皮膚が熟れていた。
 すぐに癒えるだろうが、激痛で力が入りにくい。
足首を縛る鎖も引きちぎり、出口らしき引き戸を掴む。手首を痛めているせいか、なかなか戸が開かない。
「仕方あるまい……
 乱暴だが戸を蹴り開けた。紙のように扉が吹き飛び、外気が一気に吹き込みゲゲ郎の髪を揺らす。
「何……ッ!」
 てっきり、どこかの屋敷の裏手にある小屋だと思っていた。
しかし視界に飛び込んできたのは鬱蒼と覆い茂る雑木林だった。水木の姿は愚か、絢爛の姿も村も見当たらない。
 高下駄を鳴らし、ゲゲ郎はひたと山を駆け降りた。
 草木をかき分け、人里を見つけると全身の毛が総毛立った。
 違和感の正体はすぐに知れた。
 民家の窓を開けて覗き、あるいは玄関の戸を開けて確認した。しかし、本来いるはずの人間の姿がないのだ。
 生活感がないわけではない。食事の最中だったのかお椀がひっくり返され、お茶が零れて居たり、テレビがつけっぱなしになっている。あぜ道には農具が投げ出され、誰かの靴が裏返って置いてけぼりにされている。
 まるで、何かがあって急いでいたと言わんばかりだ。
 妖怪の類だろうか。
 妖気を感知しようとしたが、妖怪らしい気配はない。
「何があったのじゃ……何やら落ち着かぬ」
 ひどく胸が落ち着かない。
 荘厳な何かに近づいているように、膝が震えだし、一歩進むごとに足に力が入らない。
 ゲゲ郎は邪な存在でもないが、神でもない。
 普通の妖怪だ。
 だが今まで神の前でも妖力が使えないということは無かったはずだ。
 脂汗が額に滲み、指先が震える。
 酩酊したようにふらついて歩くうちに、黒山の人だかりが見えて来た。
 ゲゲ郎は人より目が良い。
 それ故に、人だかりの先にいるものが見えてしまった。
 煌々と輝く白銀の髪を棚引かせて微笑を浮かべているのは良く知っているおとこだった。
 そのおとこは濃紺の双眸をやわらげ、村人たちを慰めているではないか。
 まるで知己の仲のように。
 何よりも信じがたいのはその背中だ。
 白い羽根が生えている。
「みず、き」
 名前を口にした瞬間に水木と目が合った。
 確かにその眼はゲゲ郎を見つめていたのに、硝子玉のように虚を映している。
 何も見なかったように、水木は視線をそらした。
 そしてもう、二度と振り返ることなくそのまま村の奥へ歩き去ってしまった。
「水木! 儂が見えておらんのか! 水木ッ!」
 追いかけようとすると村人が一斉に振り返った。
 目、目、目がゲゲ郎を睨む。
 明確な悪意が宿った眼差したちが、ゲゲ郎の腕や足に絡んできた。
 まるで一歩も歩かせないと皆で誓い合っているかのようにゲゲ郎に絡みついた村人は離れない。
「止めよ! 離すのじゃ!」
 もがけばもがくほど、人と思えない拘束が強くなる。
 人間相手に妖力は使いたくない。
 つまりこれはまるで沼なのだ。
 もがけばもがくほど沈んでいく。
「幽霊族の方」
 余裕の微笑を浮かべた絢爛がいつの間にか目の前にいた。
「貴様!水木に何をしたのじゃ!」
 哭倉村の裏鬼道のおとこを思い出すように目を細めた絢爛は、喉を鳴らした。
「何も? ただ、あの方は自分で神になる道をお選びになったのですよ」
「何じゃと……?」
「いくら幽霊族といえど、神になった人間を戻す方法などわからないでしょう?」
 嘲笑う絢爛の声だけが虚しくゲゲ郎のからだを震わせた。硬直したゲゲ郎の隙をついて、絢爛が胸を押してきた。ふらついた瞬間、ゲゲ郎の視界はまるで車窓のように移り変わった。
 気づけばゲゲ郎はもう村にはおらず、水木と共に暮らす民家の前で一人佇んでいた。
 村を追い出されたのだ。
 水木がゲゲ郎を拒んだ。
 そう信じることなど簡単ではなかった。
 何年も共に生きてきたのだ。それなのに。
 冷や水を浴びせられたように冷静になれない。
 烏を呼び、鬼太郎を預かってもらってる仲間を呼んだ。
 一人で帰ってきたゲゲ郎に仲間たちはすぐに異変を感じ取ってくれた。
 事情を説明するうちに、知識人である妖怪子泣き爺や砂掛け婆は顔を表情に影を落としていく。
「その村の仔細を知ってはおらぬがその地に根差した神というのはいずれ交代の時期を迎える。その神に水木殿が選ばれたのだろう」
 「なぜ水木が……儂らとのかかわりはあれど、水木は普通の人間じゃぞ!」
 口ごもる子泣き爺の胸に鬼太郎を預けた砂掛け婆はゲゲ郎との距離を詰めた。
「わしら妖怪が、親父殿が抱く思いを知らぬとでも? あの者は妖怪の世界に足を一本取られた身の上」
「な……
 言葉を失って呆然とするゲゲ郎を他所に、砂掛け婆は続けていく。
「弱った器からしてみると魅力的じゃろう。若い肉体に普通ではない妖力を纏う人間ときたもんだ。まだ生まれたての神でも数年経過すれば立派な神の仲間入り……
 俯いて床を見下ろしたゲゲ郎の白い髪が顔を隠す。
 こんなことなら水木を行かせなければ良かった。
 何としてでも水木を取り戻さなければいけない。なんと、してでも。
「お婆、儂は諦めぬ。水木のことを、諦めぬ」
「しかし親父殿、方法など」
「ないわけなどあるはずがない……必ず探して見せる……
 引き結んだ唇から濃い鉄分の味がした。
 それから五年、ゲゲ郎は神を人へ戻す方法を模索した。
 その最中も何度もあの村へ立ち寄ろうとしたが、赤いつり橋には靄がかかったように先が見えなかった。
 まるで村も、水木自身もゲゲ郎を拒み続けているようだ。
 「あの霧の先に、何があるのですか」
 赤子だった鬼太郎も今や見た目は子供だが、立派な幽霊族として自立を始めていた。
 毎年のように村の入り口に鬼太郎を連れていくので、鬼太郎もついに疑問に思ったようだった。
「あの向こうに、水木がおるのじゃ」
「みずき……僕と母さんを助けてくれたニンゲンですか」
「そうじゃ鬼太郎……もうお前の記憶にも水木はあまり、残っておらんのじゃな」
「まさか、父さんの記憶にも?」
 ゲゲ郎自身も誤算だったが、水木に関する記憶が少しずつだが焼けるように無くなっていくのだ。
 老いたからなどではない。まるで意図的に誰かが、焼いて消していく。
 水木という人間の片鱗を残してはいられないとばかりに。
 これも神の能力とやらなのだろうか。
「じゃからな、鬼太郎。儂は水木を人間に戻してやるのじゃ」
 膝をついたゲゲ郎は我が子を掻き抱いた。
 哀れな鬼太郎。
 あんなにも懐いていた恩人を忘れてしまうなど、本意ではないはずだ。
 ゲゲ郎も同じである。
 毎日のように水木のことを思い出し、今日は忘れていないと安堵して眠る。
 だがもう今は朧げにしか水木のことを思い出せず、あの足指しか思い出せない。
 丸みを帯び、短く爪が切られた足でゲゲ郎の官能の糸を手繰り寄せるあの足先しか。
「そんな方法があるのですか?……父さんはもう五年もそれを探し続けているじゃないですか」
 ゆっくりと鬼太郎を離して、ゲゲ郎はこみ上げてくる喜びを隠しきるように唇で弧を描いた。
 それでも奥底に秘めた邪悪は隠しきれなかったらしい。
 鬼太郎がおびえたように後ずさったのだ。
「儂はついに見つけたのじゃよ、鬼太郎」
 あの霧が晴れるのを待つもどかしい時期はもう終わった。
 霧は自ら払うものなのだ。
 それにどうして気づけなかったのか、己が愚かだったのだ。


 何をするのか教えてほしいという鬼太郎に根負けしてしまい、仕方なく方法を見せることにした。
 幾重にも札が張られた木箱を鬼太郎の前に出すと、鬼太郎は眉根を寄せている。
 その髪が一本立っているので強い妖気を感じているのだろう。
 さすが母譲りの察知能力に長けている子だ。
「父さん……これは」
禍々しい気が箱からあふれ出ているが、ゲゲ郎は意にも介さない。静かに札に手をかける。
「駄目です! これは良くないものだ……それぐらい父さんだと分かりますよね!」
 父が気が触れたのかと思ったのか箱を取り上げようとする。ゲゲ郎は髪を伸ばしてその箱を取り戻した。
 そして箱を赤子のように抱きしめて奪われないように守ると、鬼太郎は悲痛に顔を歪めた。
「父さん……
「儂は散々、考えたのじゃ……考えて考えて、もうこれしかないのじゃ」
「駄目です……駄目です、それを使えばあなたは」
「これしかない、儂は……
 長い爪で箱に張られた札を無我夢中で外していく。まるで誕生日に贈り物をもらい、喜び箱を開けたがる子供のように。
 ちぎれた札が畳に羽根のように舞い落ちる。
 鬼太郎が身を乗り出すと同時に、ゲゲ郎はそのからだを髪の毛で拘束した。
 愛しい息子を傷だらけにしたくなかった。
「さあ、出てくるが良い。儂が新しい宿主じゃ!」
 あけ放たれた木箱のなかから、黒い、蛇のようなものが無数にあふれ出した。
 畳を這いずり回った蛇たちはゲゲ郎のからだを見つけるなり、その胸にめがけて飛び込んできた。
「く……っ、ぅあ、……
 何匹もの黒蛇がからだのなかを暴れまわり、皮膚を食い破り、腹の中に住処を探す。畳の上で身もだえるゲゲ郎を前に鬼太郎は身動き一つとれなかった。
「父さん、父さん!」
 金切声のような鬼太郎の声を聞きながら、激痛で意識が遠のいていく。
 肉体の中で暴れている蛇たちも何かを見つけたように静かになり始め、ゲゲ郎はそのまま意識を手放した。

 枕もとで鬼太郎が己を呼ぶ声で目が覚めた。
 重い瞼を持ち上げれば、鬼太郎がゲゲ郎の手を強く握りしめた。
「父さん……ああ、なんて姿に……
 のそりとからだを起こして異変に気付いた。
 背から何かが這い出ている違和感がある。
 緩慢な動作でゲゲ郎は己の背に触れた。
 血液でぬるついたその皮膚を破って黒い蛇がずるずると這いだしている。意思を持った触手のような蛇は赤い目玉がいくつもついており、ぎょろぎょろと周囲を見つめている。
 姿が見たいと周囲を見れば闇の中で輝くものがあった。
 鏡台に、変貌したゲゲ郎の姿が映っていた。
 背中から六つの触手が生えている。黒いその触手は意思をもち、てんでばらばらに動いていた。
 薄気味悪い、化け物。
 「ふ……ふふ、まるで儂そのものではないか」
 己のからだを掻き抱きながら、獣のように咆哮をあげた。
 これで良い、この姿ならあの霧を超えられるだろう。
「父さん、もしかして……水木さんを穢すつもりですか」
 敏い息子の頭を静かに触れた。
 あやすように撫でながら、この子供にはきっとわからないのだろうと思った。
 「違うぞ鬼太郎や。儂はこの世の悦楽を教えてやるだけなのじゃよ」
 神を、貪り食い、堕天させるのだ。
 ゲゲ郎の内なる喜びを感じ取ったように、ずる、と触手がゲゲ郎の腕に絡んだ。
 黒い軟体に舌を這わせながら、ゲゲ郎はその時に思いを馳せた。