【Sugar Sugar Everyday!】

シナリオネタバレなし

メルロル/アルエル/レグシュウ/シグリリ
※ケーキバース ※R-15程度の描写有



 業務を終えて、自宅の扉を開く。ネクタイを緩めながら靴を脱ぎ、ゆるゆると「ただいま」を告げた。少し間を置いて、落ち着いた声の「おかえり」が耳に届く。その日常が嬉しくて堪らなくなり、適当に靴を揃えさっさと玄関の鍵を閉めた。廊下を通り抜け、仕事鞄をリビングのソファーに投げる。

 二階へ上がり、兄の待つ部屋を訪ねた。ベッドの上で文庫本を読んでいたらしい彼は、ボクを見て薄く微笑む。

 
「兄さん、今日もいい日だった?」

「ああ、十分に」


 彼の傍らに座り、その肩へ頭を乗せた。カスタードの匂いに、頭がくらくらと茹だっていく。ボクの頭を撫でる兄の手は大きく、またあたたかい。その手を握り、頬を擦り寄せる。彼の生存を確信させる数々の現実で、胸の内にじわりと幸福が染みた。

 兄と呼ぶ彼、シュウと自分に血の繋がりはない。孤児の彼をボクの家が引き取って、数年前までは何の問題もなく育ってきた。ある日突然、ボクがフォークの体質になるまでは。


「レグルスもいい日だったか」

「うん、兄さんがいるからね」

「そうか、なら先に着替えてこい。オレは此処にいるから」


 いつもの問答を行えば、兄はボクから手を離す。僅かな不満を抱えながらも、ボクは肯定の返事をして立ち上がった。甘露の香りが遠ざかり、本能が必死にそれを求める。ボクはそれを抑えながら、「また後でね」とシュウに告げ扉を閉めた。

 フォークになった朝、ボクは出会ってすぐケーキであった兄の肩を噛んだ。甘い誘惑に負けて、唯一の兄を傷付けた。けれど彼は受け入れ、抱きしめてくれた。嫌ったりしないと、食べてもいいのだと。
 だから兄に約束を迫った。たった一つの、簡単で困難な誓約。

『兄さんを食べたら、死ぬことを許して』

 即答はされなかった。それでもシュウは、ボクの意思を拒絶しなかった。小指を絡めて、少し困った顔で彼は頷いてくれた。当然だろう。最愛の兄を失ったボクが、幸せに生きていける筈もないのだから。


……まだだよ、兄さん」


 微かに残る手の温度、彼の存在に口付ける。兄を残らず喰み、何も遺さず死ぬことを夢想した。けれどそれはまだ先の話。例え彼が朽ちたとしても、例えボクが錆びたとしても。一番の食べ頃は、ボクらがいい日を過ごせなくなったその刻だけ。


「まだ、食べてあげない」




【熟成は腐敗と同等になるか?】