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kumazaregoto
2026-04-30 23:23:55
15441文字
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智慧灯明 因習村だよ 3日目
橿本お借りしています
3ページ目は動物がかわいそうな目に遭っています。注意。
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5
◆
白月村の
田圃
たんぼ
は、一畝ほどの面積しか持たない。しかし村の規模を考えれば十分すぎるその敷地内では、まだ背の低い、青々とした稲が風に揺られてしゃらしゃらと音を響かせていた。遠くでは
不如帰
ほととぎす
の求愛が響き、初夏の訪れを告げている。
穏やかな田園風景、農作業に勤しむ村人たち。所によって差はあれど、日の本でよく見る光景だ。
橿本がそれらをぼんやりと眺めていると、おい、と不機嫌そうな男の太い声が思考を遮った。
「小夜と何を話した」
橿本よりも頭は一つは上背はあり、体格は一回りも大きい。ガタイの良い目つきの悪い男が見下ろせばそれなりの迫力はあるものの、橿本は何一つ気にした様子を見せず、ああ、と頷いた。
「世間話だ。体もだがずっと寝ていては頭も回らんだろう。呂律や思考力を見るのに会話をしたまでだ」
「それにしちゃあ長えだろうが」
ぎろりと、細い目が橿本を見下ろし睨め付ける。
「人の女にちょっかい出そうもんならタダじゃおかねえ」
「わははは!逢瀬を疑うというのなら、君の疑念の芽は随分芽吹くのが遅いな。既に彼女を診て三度目だというのに」
大笑する橿本に、玄太の眉間の皺がさらに深まっていく。不機嫌そうな顔つきが更に不愉快さを表し、大男は凄んだ迫力を消そうともしなかった。。
「てめぇ
……
」
「それはそれとして、具体的な会話は医者として黙させてもらおう。簡単に話してしまっては、自分は医者としての信頼を失うことになる」
「医者風情が偉そうに
……
」
「では自分が還俗したとはいえ、僧侶の身であったと言えば君は納得するか?」
問いを投げるも解を求める様子も無く、橿本は田圃を見渡し玄太から視線を逸らす。村の民が玄太の姿に気づいたのか、作業を止めてこちらへ駆け寄る姿を視界に入れたまま、橿本は口を開いた。
「信ずる宗派は違えど、神職ともなれば人々の悩みを多く聞くことになるだろう。君はその点理解があると思ったのだがな」
「余所者、調子に乗んじゃ、」
「おぉい玄太、ちょうど良いところに!」
玄太に理性というものが無ければ、或いはほんの少ししか持ち合わせていなかったら。
血管を額に浮かび上がらせ、本能のままに橿本に掴みかかっていただろう。
それほどの剣幕を見せた玄太の拳が上がらなかったのは、村人の前であったからか為か。
玄太の姿を見るや、親しげに近づいてきた村人たちの中には、橿本と彩貴が村に到着した際にも見た顔が混ざっている。前に出てきた二人は、橿本よりも小柄な男たちであったが、そちらは橿本も知らぬ顔であった。
「玄太、隣にいるの村長の言ってた客人かね」
「首継祭を見るんだってなぁ」
どうやら村長の通達は無事に届いている様だ。橿本の様子を伺っているものの、村人たちの態度は比較的愛想の良いものであった。二日前の値踏みする様な視線は、嘘の様に消えているがしかしそれを謝る素振りを見せる風でも無い。
玄太ほど嫌悪を抱かれず、かと言えば村長の様にあからさまに持ち上げる様子も無い。これが滅多に訪れない客人に対する白月村の態度か、と橿本は常の笑みは崩さないまま、ああ、と農民に答えた。
「今は村を見聞させてもらっている」
「小夜ちゃんを助けてくれたんだってなぁ。ありがとうなぁ」
「巫女様がご無事で、首継祭だけはどうにか無事に出来そうだ」
「"だけ"は?」
橿本の問いかけに農民の一人がハッと口を抑える。男が次の答えに戸惑っていれば、橿本の前に玄太が一歩出た。
「五助に弥彦、稲の具合はどうだ」
「玄太にちょうど聞きたいと思ってたところよ」
「去年と一緒だ。
旱
ひでり
が酷くてよ、あっちの方が焼けてやられちまってる」
「うちは猪とうとうが出てきちまった。困って弥彦に猪避けにネギをもらったんだけどよ
……
去年も途中から食われちまったから今年もどうなるかわからねえ」
はぁ、とほとんど同時に五助と弥彦がため息を吐く。
「近年、あまり豊作ではないのか」
橿本が尋ねれば、五助が首を縦に振って答える。
「まあな。ここ数年は、俺たちの親父たちより収穫が減っちまってる。今年は特にひでぇ。去年なんてかわいいもんで、今年は旱もあるが、獣の数もずっと増えてる。このままじゃあ、良い米が出来るかどうか」
「地震も起きたりしてなあ。ここいらはちょっと揺れたぐらいだが、あの地震が来てからモグラがすげえ増えてなあ」
「ほんと、あれもいい迷惑だよなあ」
なるほど、と橿本が呟くと巨躯の男が鼻を鳴らす。
「言っただろ。元坊主だが医者だが知らねえが、てめえに何かできんのかよ」
「わはははは!君の言う通り、自分はただの医者だ。医者が日照りや獣害をどうにかできるとでも思うか?」
肩をすぼめて橿本が笑うと、侮蔑の色を隠さぬまま玄太の唇が弧を描く。勝った、と言わんばかりの笑みだ。見下す様に橿本を一瞥してから二人の農民へと向き直ると、少し遠い先の田圃を指差した。
「五助、俺のところの水を少し分ける。あとで水を引くからお前の田んぼに引いておけ」
「おお、ありがてえ」
「弥彦、猪避けの柵を今年は作るぞ。後で他の連中も呼ぼう。畑は少し狭くなるが、我慢しろ。それとモグラが出たのはどの辺りだ」
「あっちだ、一緒に来てくれ!」
弥彦と呼ばれた男が駆けると、玄太はそれに続いて向かう。畔を渡る二人と、その先で彼らを待つ村人の傍には、新緑を携えているはずの稲が所々焼けた様に茶に染まっている。
「はぁ
……
こんなこと、今までずっと無かったってのに。これも無頭様の祟りなのかぁ」
田圃を眺める橿本の横で、五助が深いため息を溢す。
「祟り?」
「あっ、いや、何でもねえ、何でもねえんだ」
水引きに行かねえと、と態とらしく五助はその場を橿本から背を向け不恰好に走り去る。その場に残されたのは橿本一人だったが、畦の向こうで怒号が聞こえる。玄太のものだ。何を言っているのかは聞こえないが、大方早くついて来いと言った内容だろう。
「監視役にしろ案内役にしろ、
等閑
なおざり
にされたものだ。それにしても祟りか」
巫女の言葉を思い返して、橿本は薄く笑う。
「本当に起きているのなら、目にしてみたいものだ」
なあ、と何処へとも無く橿本は声を掛ける。答えを返す者は誰も居なかった。
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