Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
kumazaregoto
2026-04-30 23:23:55
15441文字
Public
Clear cache
智慧灯明 因習村だよ 3日目
橿本お借りしています
3ページ目は動物がかわいそうな目に遭っています。注意。
1
2
3
4
5
◆
村長の家と社とでは、階段と少しの道ほどの距離だ。昨夜は既に陽が傾き、はっきりとは見えなかった村の位置関係を、橿本は階段から見下ろし、成程と頷いた。
高台に位置する社から見れば明らかだが、村の周りをぐるりと森が囲い込み、さながらその様相は山城にも似ていた。
森の内側に田畑と家とが並び、田畑と家を横切る様に水路が流れる。橿本から見て左手には一層深く、鬱蒼とした森が見えたが、東雲の家の方角だろう。高台から見下ろしてもその全容は全く見えない。
外界から切り離された様な村の地形は、内に閉じ籠るには絶好の場所であろう。これだけ外界の様子を見ることの敵わないこの村の民にとって、村の外から来た人間は村を侵す存在にも等しいのやもしれない。
「さっさとしろ、小夜が待ってんだ」
階から村を見下ろす橿本に痺れを切らしたのか、案内人として指名された玄太が舌打ちをする。その立ち振る舞いはもはや案内人というより、監視役の名が適しているだろう。
橿本とは目を合わせる素振りも無く、また態度を軟化させる気もないらしい。橿本は気にした様子も無く、玄太に話しかけた。
「村長は共には行かぬのだな」
「村長は祭の準備で忙しいんだ。お前に構ってやる時間なんて無え」
橿本の言葉に玄太は冷たく言い放つ。村長がいないのを良いことに、玄太の態度は露骨なまでに嫌悪感に塗れていた。
「いいか。お前みたいな余所者、たまたま小夜を診て良くなったからここにいられるんだ。下手な真似するんじゃねえぞ」
「自分はただ頼まれたから患者を診ただけだ。それに、自分が何かする前に君が見ているではないか」
橿本の言葉にハッ、と玄太は鼻で嘲笑う。
「そういやお前、東雲が呼んだんだっけか」
他者を下に見る物言いの玄太だが、東雲の名はその中でも唾棄の表情を隠さず、吐き捨てる様に口に出す。東雲に対する侮蔑は村長からも滲み出てはいたが、玄太のそれは村長よりも余程悪意に満ちていた。
「如何にも」
「あいつもかわいそうにな。ロクでもねえ奴は、ロクでもねえ奴を連れてくることしかできねえんだから」
明らかな侮蔑を孕んだ言葉に、橿本は平時と変わらぬ微笑を以て玄太を見返す。
「どうやらこの村では”ロクでもない奴”とは、病で伏せる者を放っておく人間より、それを助ける為に自ら村を出た者を指すらしい。知らなかった故、覚えておこう」
自らの煽りに対する橿本の態度が気に入らなかったのか、玄太の愉悦は直様、舌打ちと共に腹立たしさを表す。それから橿本に完全に背を向けて先を進んだ。
そうこうとしている内に村長の家に辿り着く。中に入れば、先に戻っていた様に見えた村長はやはりいない。玄太の言葉の通り、どうやら行き先はここでは無かった様だ。
家の中央には、昨日と同じく娘が床にいたままだが、昨日までと異なり上体を起こしている。
「小夜、連れてきたぞ」
玄太の言葉に小夜と呼ばれた少女が振り向く。
見た目は十五、六と言ったところか。丸い目と小さな鼻が幼い印象を与えるが、利発そうな雰囲気の顔立ちの為に、それらを調和した結果、年相応の娘に見える。
上気した頬は赤みが既に引き、すっかり顔色も良くなっている。鳶色の髪はやや乱れているが、自身で整えたのだろうか。一つ結んで肩に流す姿は病人のそれではあるが、焦点もはっきりと橿本を捉えていた。
しかし橿本の姿を見るや、顔を赤くし慌てた様子でその場で姿を整え、首を垂れて傅く。
「お医者様、この度は誠にありがとうございましたっ、この様な姿ですみません」
とりたてるほどの美人ではないが、柔和で腰の低い態度は愛らしさすら感じる。村長の大仰な態度よりもよほど自然な態度は、天性のものか、それとも巫女という身分故か。
「構わん、そう畏まらなくて良いぞ」
顔も上げて構わんと橿本が告げれば、はい、と恭しく答えて小夜はもう一度表情を見せる。汗の痕は見えるものの、ぼんやりとした目つきも真っ赤な頬ももう既に無かった。
「顔色は良い様だな。だが診察は念の為にしよう。それでいいな?」
「はい」
では、と橿本が手首を握り脈を図る。慣れた手つきで小夜に触れると、小夜の頬が赤く染まった。医者相手とはいえ、嫁入り前の娘には男が触れることが恥ずかしいのだろう。
すでに三回目の診療であったが、身を強ばらせ落ち着かない様子の小夜を見てか、玄太がおい、と二人の間に立ちはだかる。
「気やすく触るな」
「玄太さん、その
……
大丈夫、だから」
「嫁入り前の女が、婚約者でもない男にべたべた触られるもんじゃねえ」
「お医者様の手を離してあげて」
「俺はこいつの見張りだ。ここにいて拙いか」
ここにいると一点張りの玄太に、小夜の愛想の良い顔がみるみる陰りを見せると、
「いいから、離して
……
家からも出てって!」
涙を浮かべ、昂りを抑えきれずに小夜は叫ぶ。すぐに苦しそうな咳の音が響き、橿本は背を摩って宥めた。
玄太はと言うと小夜の叫びに片眉を上げるも、しかしそこに居座ったままだ。
「玄太とやら、これ以上は病人に障る。暫し席を外してくれるか」
「なんでてめえの言うことを聞かなきゃならねえんだ」
「巫女に障りが出れば祭はどうなる。村長もさぞ胸を痛めることだろう」
橿本の発言にあからさまに玄太はチッと舌打ちする。しばらく橿本と、まだ乾いた咳を苦しそうに出し続ける小夜とを一瞥し、苛立ちを残したまま外へと出て行った。
小夜の咳は徐々に落ち着きを取り戻し、やがて正常な呼吸となる。涙目になった自身の眼を拭うと、すみません、と小夜は橿本に頭を下げた。
「急に叫んでしまって、すみません。私、恥ずかしいところを見せてしまいました」
「構わん。少し水を飲むといい」
竹筒を渡すと、小夜はゆっくりと水を嚥下する。息を吐いて呼吸を整えると、元の愛想の良い笑顔に戻った。
「すみません、玄太さんの強情ぶりに付き合わせてしまって」
「気にするな。どうやら自分はあの者に酷く嫌われている様だからな」
愉快そうに笑う橿本に、小夜は眉を下げる。
「その
……
許嫁、なんです。昔からの決まりで」
ほう、と橿本が首を傾げると小夜はそっと息を吐いた。
「祭が無事に終わったら祝言をあげます。そうすれば父は晴れて引退の身になれます。母がいなくなってからずっと、一人で育ててくれた父なんです」
脈を測りながら橿本はじっと、小夜の話に耳を傾ける。少しだけ小声なのは、外に玄太がいるからだろうか。
「その後は、玄太さんが神主で、村長になります」
小夜の言葉に橿本はああ、と頷いた。
「そういえば、代々の神主の家系に婿入りする資格を持つ者は、巫女の元服する年の収穫祭で最も奉納した者と書いてあったな」
「ご存知なのですね」
「村長に本を借りていたのだ。それで齧った程度だが」
「仰る通り、私が元服した年
……
昨年の収穫祭で玄太さんは社にたくさん奉納しました。ああ見えて農作業は得意な人、なんです」
「それなら昨年祝言を挙げていたのではなかったのか?」
ちらりと小夜は外を気にする素振りを見せる。玄太が耳を欹てている様子は無い。
「
……
私の我儘です。せめて、次の祭には専念したいから祝言は後にしたいと、父にお願いしました」
眉を下げて微笑む小夜の手首を離し、橿本はそうか、と答えた。
「脈も問題無し、これなら祭にも支障あるまい」
「ありがとうございます。お医者様のお陰で、すっかり良くなりました」
「礼には及ばん。ここへ自分を連れて来たのは東雲だ。礼なら彼に言うといい」
「東雲が?」
東雲という名に意外そうに目をぱちくり、と小夜は瞬きをする。それから口元を緩ませ、わかりました、と首肯いた。
「東雲が助けてくれたのですね。後でお礼を言わないと」
顔を綻ばせる小夜の目には、村長や玄太、村人に感じていた侮蔑は篭っていない。東雲と名を呼ぶ声音も柔らかい。
成程、と橿本が顎に手を掛けて頷いた。
「祭の当日は巫女舞を踊るのだろう?」
「はい。捧げ物をして、それから私が舞います」
こんな風に、と上体だけで舞いの型を見せる小夜におお、と橿本がわざとらしく感心する側で橿本は片手を背に回す。小夜には見えない程の小さな異空間がまた開き、骨の様な手が巻物を一つ橿本の手に渡した。
「書物を読んだが、この神社は随分古くまで遡り、巫女舞もその中でも特に古いと見た」
「はい。ですが父もいつ頃から続いているのはわからない、と言っていました。巫女舞を教えて下さった母もです。ですが、他の儀式よりも大事にされてきました」
小夜の言葉に橿本がほう、と首を傾げた。
「大事にされていた、と言うには収穫祭の巫女舞ばかりが記録に残っている様だが」
「
……
それは、どういう?」
今度は小夜が首を傾げると、橿本は背後から巻物を取り出す。その姿を見て、小夜の目が見開いた。
「これを、どこで」
「自分は今、社の一角を借りている。そこにあった読み物だ。村長に本当は聞きたかったのだが、あの者が聞く隙を与えてくれぬものだから、君に聞いてみようと思ってな。ああ、これはちゃんと返すぞ」
家の外をちらり、と橿本は一瞥する。その意図が伝わったのか、小夜は声を潜ませる。
「
……
わかりました。あまり長いと、玄太さんが痺れを切らしてしまうと思いますので、簡潔にでしたら」
「ああ、頼んだ」
「では、お聞きになりたいことは?」
小夜の愛想の良い顔が真剣味を帯びる。橿本からの質問に居住いを正して見つめると、橿本の唇がゆっくりと開かれた。
「二日後の祭は、一体何だ?」
1
2
3
4
5
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内