kumazaregoto
2026-04-30 23:23:55
15441文字
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智慧灯明 因習村だよ 3日目

橿本お借りしています
3ページ目は動物がかわいそうな目に遭っています。注意。




村長の家と社とでは、階段と少しの道ほどの距離だ。昨夜は既に陽が傾き、はっきりとは見えなかった村の位置関係を、橿本は階段から見下ろし、成程と頷いた。
高台に位置する社から見れば明らかだが、村の周りをぐるりと森が囲い込み、さながらその様相は山城にも似ていた。
森の内側に田畑と家とが並び、田畑と家を横切る様に水路が流れる。橿本から見て左手には一層深く、鬱蒼とした森が見えたが、東雲の家の方角だろう。高台から見下ろしてもその全容は全く見えない。
外界から切り離された様な村の地形は、内に閉じ籠るには絶好の場所であろう。これだけ外界の様子を見ることの敵わないこの村の民にとって、村の外から来た人間は村を侵す存在にも等しいのやもしれない。
「さっさとしろ、小夜が待ってんだ」
階から村を見下ろす橿本に痺れを切らしたのか、案内人として指名された玄太が舌打ちをする。その立ち振る舞いはもはや案内人というより、監視役の名が適しているだろう。
橿本とは目を合わせる素振りも無く、また態度を軟化させる気もないらしい。橿本は気にした様子も無く、玄太に話しかけた。
「村長は共には行かぬのだな」
「村長は祭の準備で忙しいんだ。お前に構ってやる時間なんて無え」
橿本の言葉に玄太は冷たく言い放つ。村長がいないのを良いことに、玄太の態度は露骨なまでに嫌悪感に塗れていた。
「いいか。お前みたいな余所者、たまたま小夜を診て良くなったからここにいられるんだ。下手な真似するんじゃねえぞ」
「自分はただ頼まれたから患者を診ただけだ。それに、自分が何かする前に君が見ているではないか」
橿本の言葉にハッ、と玄太は鼻で嘲笑う。
「そういやお前、東雲が呼んだんだっけか」
他者を下に見る物言いの玄太だが、東雲の名はその中でも唾棄の表情を隠さず、吐き捨てる様に口に出す。東雲に対する侮蔑は村長からも滲み出てはいたが、玄太のそれは村長よりも余程悪意に満ちていた。
「如何にも」
「あいつもかわいそうにな。ロクでもねえ奴は、ロクでもねえ奴を連れてくることしかできねえんだから」
明らかな侮蔑を孕んだ言葉に、橿本は平時と変わらぬ微笑を以て玄太を見返す。
「どうやらこの村では”ロクでもない奴”とは、病で伏せる者を放っておく人間より、それを助ける為に自ら村を出た者を指すらしい。知らなかった故、覚えておこう」
自らの煽りに対する橿本の態度が気に入らなかったのか、玄太の愉悦は直様、舌打ちと共に腹立たしさを表す。それから橿本に完全に背を向けて先を進んだ。
そうこうとしている内に村長の家に辿り着く。中に入れば、先に戻っていた様に見えた村長はやはりいない。玄太の言葉の通り、どうやら行き先はここでは無かった様だ。
家の中央には、昨日と同じく娘が床にいたままだが、昨日までと異なり上体を起こしている。
「小夜、連れてきたぞ」
玄太の言葉に小夜と呼ばれた少女が振り向く。
見た目は十五、六と言ったところか。丸い目と小さな鼻が幼い印象を与えるが、利発そうな雰囲気の顔立ちの為に、それらを調和した結果、年相応の娘に見える。
上気した頬は赤みが既に引き、すっかり顔色も良くなっている。鳶色の髪はやや乱れているが、自身で整えたのだろうか。一つ結んで肩に流す姿は病人のそれではあるが、焦点もはっきりと橿本を捉えていた。
しかし橿本の姿を見るや、顔を赤くし慌てた様子でその場で姿を整え、首を垂れて傅く。
「お医者様、この度は誠にありがとうございましたっ、この様な姿ですみません」
とりたてるほどの美人ではないが、柔和で腰の低い態度は愛らしさすら感じる。村長の大仰な態度よりもよほど自然な態度は、天性のものか、それとも巫女という身分故か。
「構わん、そう畏まらなくて良いぞ」
顔も上げて構わんと橿本が告げれば、はい、と恭しく答えて小夜はもう一度表情を見せる。汗の痕は見えるものの、ぼんやりとした目つきも真っ赤な頬ももう既に無かった。
「顔色は良い様だな。だが診察は念の為にしよう。それでいいな?」
「はい」
では、と橿本が手首を握り脈を図る。慣れた手つきで小夜に触れると、小夜の頬が赤く染まった。医者相手とはいえ、嫁入り前の娘には男が触れることが恥ずかしいのだろう。
すでに三回目の診療であったが、身を強ばらせ落ち着かない様子の小夜を見てか、玄太がおい、と二人の間に立ちはだかる。
「気やすく触るな」
「玄太さん、その……大丈夫、だから」
「嫁入り前の女が、婚約者でもない男にべたべた触られるもんじゃねえ」
「お医者様の手を離してあげて」
「俺はこいつの見張りだ。ここにいて拙いか」
ここにいると一点張りの玄太に、小夜の愛想の良い顔がみるみる陰りを見せると、
「いいから、離して……家からも出てって!」
涙を浮かべ、昂りを抑えきれずに小夜は叫ぶ。すぐに苦しそうな咳の音が響き、橿本は背を摩って宥めた。
玄太はと言うと小夜の叫びに片眉を上げるも、しかしそこに居座ったままだ。
「玄太とやら、これ以上は病人に障る。暫し席を外してくれるか」
「なんでてめえの言うことを聞かなきゃならねえんだ」
「巫女に障りが出れば祭はどうなる。村長もさぞ胸を痛めることだろう」
橿本の発言にあからさまに玄太はチッと舌打ちする。しばらく橿本と、まだ乾いた咳を苦しそうに出し続ける小夜とを一瞥し、苛立ちを残したまま外へと出て行った。
小夜の咳は徐々に落ち着きを取り戻し、やがて正常な呼吸となる。涙目になった自身の眼を拭うと、すみません、と小夜は橿本に頭を下げた。
「急に叫んでしまって、すみません。私、恥ずかしいところを見せてしまいました」
「構わん。少し水を飲むといい」
竹筒を渡すと、小夜はゆっくりと水を嚥下する。息を吐いて呼吸を整えると、元の愛想の良い笑顔に戻った。
「すみません、玄太さんの強情ぶりに付き合わせてしまって」
「気にするな。どうやら自分はあの者に酷く嫌われている様だからな」
愉快そうに笑う橿本に、小夜は眉を下げる。
「その……許嫁、なんです。昔からの決まりで」
ほう、と橿本が首を傾げると小夜はそっと息を吐いた。
「祭が無事に終わったら祝言をあげます。そうすれば父は晴れて引退の身になれます。母がいなくなってからずっと、一人で育ててくれた父なんです」
脈を測りながら橿本はじっと、小夜の話に耳を傾ける。少しだけ小声なのは、外に玄太がいるからだろうか。
「その後は、玄太さんが神主で、村長になります」
小夜の言葉に橿本はああ、と頷いた。
「そういえば、代々の神主の家系に婿入りする資格を持つ者は、巫女の元服する年の収穫祭で最も奉納した者と書いてあったな」
「ご存知なのですね」
「村長に本を借りていたのだ。それで齧った程度だが」
「仰る通り、私が元服した年……昨年の収穫祭で玄太さんは社にたくさん奉納しました。ああ見えて農作業は得意な人、なんです」
「それなら昨年祝言を挙げていたのではなかったのか?」
ちらりと小夜は外を気にする素振りを見せる。玄太が耳を欹てている様子は無い。
……私の我儘です。せめて、次の祭には専念したいから祝言は後にしたいと、父にお願いしました」
眉を下げて微笑む小夜の手首を離し、橿本はそうか、と答えた。
「脈も問題無し、これなら祭にも支障あるまい」
「ありがとうございます。お医者様のお陰で、すっかり良くなりました」
「礼には及ばん。ここへ自分を連れて来たのは東雲だ。礼なら彼に言うといい」
「東雲が?」
東雲という名に意外そうに目をぱちくり、と小夜は瞬きをする。それから口元を緩ませ、わかりました、と首肯いた。
「東雲が助けてくれたのですね。後でお礼を言わないと」
顔を綻ばせる小夜の目には、村長や玄太、村人に感じていた侮蔑は篭っていない。東雲と名を呼ぶ声音も柔らかい。
成程、と橿本が顎に手を掛けて頷いた。
「祭の当日は巫女舞を踊るのだろう?」
「はい。捧げ物をして、それから私が舞います」
こんな風に、と上体だけで舞いの型を見せる小夜におお、と橿本がわざとらしく感心する側で橿本は片手を背に回す。小夜には見えない程の小さな異空間がまた開き、骨の様な手が巻物を一つ橿本の手に渡した。
「書物を読んだが、この神社は随分古くまで遡り、巫女舞もその中でも特に古いと見た」
「はい。ですが父もいつ頃から続いているのはわからない、と言っていました。巫女舞を教えて下さった母もです。ですが、他の儀式よりも大事にされてきました」
小夜の言葉に橿本がほう、と首を傾げた。
「大事にされていた、と言うには収穫祭の巫女舞ばかりが記録に残っている様だが」
……それは、どういう?」
今度は小夜が首を傾げると、橿本は背後から巻物を取り出す。その姿を見て、小夜の目が見開いた。
「これを、どこで」
「自分は今、社の一角を借りている。そこにあった読み物だ。村長に本当は聞きたかったのだが、あの者が聞く隙を与えてくれぬものだから、君に聞いてみようと思ってな。ああ、これはちゃんと返すぞ」
家の外をちらり、と橿本は一瞥する。その意図が伝わったのか、小夜は声を潜ませる。
……わかりました。あまり長いと、玄太さんが痺れを切らしてしまうと思いますので、簡潔にでしたら」
「ああ、頼んだ」
「では、お聞きになりたいことは?」
小夜の愛想の良い顔が真剣味を帯びる。橿本からの質問に居住いを正して見つめると、橿本の唇がゆっくりと開かれた。
「二日後の祭は、一体何だ?」