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kumazaregoto
2026-04-30 23:23:55
15441文字
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智慧灯明 因習村だよ 3日目
橿本お借りしています
3ページ目は動物がかわいそうな目に遭っています。注意。
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5
◆
「
首継祭
くびつぐさい
?」
彩貴ははて、と東雲の言葉に首を傾げた。東雲は彩貴の反応にあ、と声を漏らすと首を横に振った。
事の発端は彩貴からの疑問であった。東雲や村長は祭、と呼ぶものの、話を聞けばこの村にはいくつも祭があるという。それらは収穫祭や元旦祭の様に明確な名前を持ち、いずれも白月村に限らない神事ばかりであった。
「此度の祭にはそういった名は無いのか?」
彩貴の問いに東雲は言葉を詰まらせていた。この男の生来の癖なのか、それとも説明が憚られるのかは彩貴の目には判断がつかなかったが、少しばかり逡巡した様子の東雲から出てきたのが首継祭という名前であった。
「首と言っていますが、こ、怖い祭、ではないんです
……
」
「どういう由来なんだ?」
説明に困ったのか、東雲はうーんと暫く頭を捻らせ、そしてえっと、と再び口を開いた。
「ま、前にお話した、言い伝えに、は
……
続きが、あるんです」
「続き?」
「は、はい。化け物を倒した、旅人は
……
首を食べられてしまった、そう、です」
「化け物にか」
「だから、その旅人のために首を、
無頭様
むとうさま
に、奉納、するんです。首って言っても、人じゃなくて、動物、の、ですけど」
「無頭様?」
「こ、この村を救ってくれた、旅人のこと、です。旅人は、村の誰にも、名前を名乗ってくれ、なかったみたい、なんです。だから呼ぶ名前に困ってしまった、なんて小夜が言っていました」
小夜という名前を出す東雲の口元は緩く弧を描いている。東雲の綻ぶ相貌を見るや、彩貴はふ、と鼻を鳴らした。
「小夜という娘は、君に色々な知識を教えてくれるのだな」
「は、はい
……
!ほ、本当はみ、巫女なんてえらい人、なのに、僕のことをいつも気にかけてくれる、んです。む、無頭様、って名前も僕、ずっとし、知らなかった、んです」
なるほど、と彩貴は辺り一体を見渡す。
「それでまた山に来たのは、その無頭様に捧げる生贄となる動物を狩る為か」
朝露に濡れた木々は、鬱蒼と薄暗い。鳥の鳴き声と、小動物が草を掻き分ける音は聞こえども、不気味な佇まいは昨日訪れた時と変わらないままであった。
人の手入れの無いこの森は、獣に生きやすく人に厳しい。この村において人と獣との境界があるとするならば、獣の襲撃の無い東雲の家がそれに当たるのだろう。
「そ、そうです
……
。できるだけ、し、新鮮な方が良い、ので。腐ったものは、奉納しては、だめ、なので」
「奉納した後はどうする?」
「や、社に埋めます。僕も、その時と、ほ、奉納する時は、社に入れる、んです」
言外に普段は社には入れない、という意味を意図して呟いたのか。東雲の表情は自嘲げなものであった。
「収穫祭も、新年のお祭りも、ぼ、僕が社に入ることは、出来ません。だから、な、何をしているのかは知らない、んですけど」
「入れない?」
はい、と眉を下げて東雲は笑う。
「ぼ、僕がケガレだから、です。く、首継祭以外のお、お祭では、首を奉納したり、しない、ですから」
「
……
小夜に頼んでも、か?」
東雲は眉を垂らして、はいと薄く笑う。
「昔、こ、子供の頃に、小夜にお祭に行きたい、ってお願い、したんです。小夜はいいよって言って、くれたんですけど
……
そ、村長や村のみんなに、見つかって、しまって」
「それでどうしたんだ」
「村のお、大人たちみんなにた、叩かれました。ばちあたり、とか、ケガレがうつる、とか。と、父さんと母さんも、村長にずっと、ごめんなさい、って頭を下げていて
……
小夜もごめんね、とその時のこと、いつも謝ってくれるん、です。さ、小夜だって、村長に、すごく、怒られた、はずなのに
……
」
死や血肉。そして、それらに関わる者。
神事においてのみならず、日々の営みの中でさえも忌み嫌われる存在は、白月村に限らず彩貴も目にしてきた。
東雲のどこか諦めた面持ちや言葉も、決して短い間に培われたものではないのだろう。
(やっていることは、どちらの方が悍ましいか)
彩貴は己が手のひらをじっと、見つめる。血豆や傷をいくつも作って分厚くなった皮と、女にしては角張ったそれは、今は土と草の擦れた痕に汚れている。
「あ、あの、矢神さん?」
彩貴の神妙な表情に大丈夫ですか、と東雲が首を傾げた。
「ああ、すまない。少し考え事をしていた」
「そ、そうですか
……
」
納得しきっていない様子の東雲が、突如静かに、としっ、と唇の前で人差し指を立てる。耳を欹てると微かに草木を擦る音が聞こえた。
彩貴が音の出どころへと目を遣れば、群れから逸れてしまったのだろうか。単独で動く鹿の姿が目に入った。
「あ、あの鹿にします。矢神さんは、こ、ここで待っていて、ください」
「手伝おうか?」
「だ、だめです
……
!」
鹿に悟られない様に、しかし小声ながらも大きな声をあげて東雲が彩貴を強く制した。この三日間、おどおどと自信の無い態度が常である東雲の、初めて見た顔に彩貴は思わず目を見開いた。
東雲は彩貴の様子も気にせず、すう、と一つ息を吸って吐く。
「祭の期間、だ、誰も殺してはいけない、んです。ケガレが移って、しまうから」
「君は
……
」
「ぼ、僕は最初から、ケガレ、ですから」
力無く笑った東雲が、次の瞬間には彩貴に背を向けた。その背に負った矢筒から一本矢を抜き、手に持つ狩猟用の弓に番える。背中越しでしか見えなかったが、東雲の姿は彩貴から見ても無駄の無い所作であった。
鹿が草を食む。その瞬間も、東雲は鹿を睨め付けて鏃を向ける。
時折顔を上げ周囲を警戒し、また草を食む。その繰り返しの間隔が、僅かに長くなったと彩貴が気づいた時には、東雲の弓から矢が放たれていた。雄鹿が腿に走る激痛に跳ねて逃げるその間に、第二撃が放たれる。今度は右の脛に命中すると、今度こそ鹿は跳ね回ることもできなくなり、激痛に地面を這いつくばった。
東雲が矢を下ろして持っていた鎌を下げて、未だ暴れ回る鹿へと近づく。怪我を負ったとはいえ、脚力の損なわれない脚を避け、背に回って東雲はしゃがむ。
「ごめんね」
謝罪と共に、鎌が振り下ろされ野草に血が飛び散る。それまで彩貴の目でも見えた鹿の脚は、力無くぐったりと動かなくなり、次には肉を切る嫌な音が森に響いた。
彩貴が近づけば東雲が振り返る。
「見事な弓の腕前だった」
「そ、そんなこと、ありません。い、いつもやっているだけ、で」
おどおどとした様子は変わらないが、話す間にも鹿の首と胴体を切り続ける様は手際が良い。その顔に赤く斑状に飛び散ったものを拭きもしないまま、東雲は鹿の分離部を見つめる目つきは真剣そのものであった。
「ありがとう、ございます。これで無事に、社へ、祭に、奉納、でき、ます」
「社には、もう行くのか」
「い、いえ。血抜きをしたり、します。それからほ、奉納しに、行きます」
不思議そうに首を傾げる東雲を、彩貴は見据える。
「東雲。それまでの時間で構わない。その首継祭のことなんだが、もう少し詳しく教えてくれるか」
「えっと
……
」
「知っている範囲で構わない。それにどうせ、あの男は村長に呼ばれて祭を見るつもりだ。それまで私も暇だということだ」
「わ、わかりました。ぼ、僕が知っていることは少ない、ですけど」
首肯する東雲に礼を言うと、彩貴の目が細まる。
(首を継ぐ。無頭。動物の頭の奉納。それにケガレ
……
栄ちゃんの言っていたことも気になる。なぜここには亡霊が一人もいない。ただの祭であれば別にどうとも思わないが)
左手に持った刀の柄を彩貴は握りしめる。
(どうにも、ここは
……
嫌な気配がする。その、何かがわかればいいのだが)
足元に気をつけてくださいね、と東雲の注意喚起が遠くに聞こえる。彩貴が視線を下ろすと、東雲の持つ鹿の目と目が合う。虚空を見つめ、何も視界に入らない虚な眼差しは、彩貴を侮蔑さえしている様にさえ見えた。
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