kumazaregoto
2026-04-30 23:23:55
15441文字
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智慧灯明 因習村だよ 3日目

橿本お借りしています
3ページ目は動物がかわいそうな目に遭っています。注意。





「その無頭様とやらに動物の首を奉納し、巫女舞を最後に捧げるのが首継祭、ということか」
「はい。この村の安寧をお願いする為に一年に一度、無頭様に祈願します」
徐々に覚醒し始めたのか。橿本がこの家に訪れた時よりも、小夜の鳶色の目がしっかりと橿本を見つめて頷く。
背鈴を伸ばし、毅然と受け答えをする姿は、衣服こそ寝間着のままであるが村で敬愛を持たれる巫女そのものだ。
「首の無い神様ですから、捧げ物に首を選んでいるのだと思います。そして無頭様がかつて怪異を退治した戦いの姿を再現した舞が、首継祭の巫女舞です。実際にどうやって戦ったのかは、言い伝えでしか残っていませんが……かつて私たちを守ってくれた勇姿に感謝を捧げる為に、と母からは聞いています」
小夜の言葉一つ一つに橿本は相槌を打つ。決して秘匿するべき祭ではないらしいが、それを指摘すると、どうにも他所の人間に慣れていないせいでその様な態度に見えてしまったのだろうと小夜は苦笑いをした。
「てっきり聞いてはならぬ祭なのかと思っていたぞ」
「すみません、みんな村の外にほとんど出ない者ばかりで……。近くに街があったでしょう?あそこにすらみんな行こうとも思わないのです。それぐらい、他所のことが怖いしみんな余所者を嫌うんです」
「君はどうなんだ?」
「私は……巫女という立場ですから、迂闊に外を出歩いてしまっては皆さんの迷惑になります」
小夜の鳶色の目が伏され、己の白い指先をただただ見つめている。
「街に行ったことは?」
……ありません。でも、東雲が教えてくれるんです。だからその話を聞いて、私も街のことは少しだけなら知っています……ここよりもずっと、自由なところなんだって」
所在の無い指先を重ねては広げ、手悪戯を止めないまま、その手を小夜の鳶色の目が見下ろした。
憂と寂寥とを帯びた姿は儚げな美しさすら湛えている。薄桃色の唇が、ゆっくりと開かれる様も何処か物憂げな様子は消えないままであった。
……他所よりも私は、この村の方がよほど怖い、って思います」
「どうしてそう思う?」
ため息と共に吐かれた独白の様な小夜の呟きに、橿本は耳を傾ける。
「このお祭り……怖い儀式でしょう。だからあまり資料にも残していないんだと思います」
父にも言ったことはないのですが、と付け加える小夜の目はやはり伏されたままだ。毅然とした態度が、今は歳に見合った少女のしおらしさが隠し切れていない。
「それは首を捧げるという儀式がか?」
「それもそうです。ですが私が本当に怖いのは……ああ、こんなことを巫女の私が言ってしまったら、村のみんなに怒られてしまいそう」
はあ、と深い息を吐いてから、小夜の丸い目がやや上目遣いで橿本を見つめる。
暗に言わないで欲しいという懇願だろう。それまで饒舌に話していた小夜の唇が一切何も紡がれなくなったのを見て、橿本の口角が緩く上がった。
「自分の口は固い。患者の秘事を聞くのはよくあることだ」
……ありがとうございます」
「それで、君は何が恐ろしいんだ?」
「収穫祭や、元旦祭、それに……他のお祭の巫女舞とも異なり、その……おどろおどろしい、と言いますか。首継祭の舞は、他と全く違うんです」
「というと?」
……怪異を退治した無頭様の舞というには……私にはその舞が怒りの様に思えるのです」
「怒り?」
「はい。……いえ、それよりももっと、無念と言いますか……
無念、という言葉を出して小夜はハッと顔を上げる。吐露すべきでない呟きであったのか。小夜は目を開き、白く細い手で開いた口を覆う。
「ご、ごめんなさい……今のは父には内密にして頂けますか?私がこんなことを言ったと聞いたら、父はきっと倒れてしまうかもしれません」
「あいわかった。ここでの事は内密にしよう」
橿本が一つ頷くと、小夜はようやくホッと息を吐いた。上がっていた肩がゆるりと下がり、伏せた眼を上げて微笑む様は、責任ある巫女の一人としての顔に戻っている。
「そう言って頂けて嬉しいです」
(嘘を言っている様には見えんが、思っていたよりも正直に良く話す娘だ。こちらの質問の意図に探りを入れて来る様子も無い……試しに聞いてみようか)
「もう一つ質問したい」
「なんでしょう?」
青蓮華の切れ長の瞳が、長い前髪の下で細められる。その眼光と目の奥に潜んだ思惑にも気付かず、小夜は小さく首を傾げた。
「収穫祭の帳簿だ。非常に細かな記帳がされているが、一体何の為か君は知っているか?」
「帳簿、ですか」
寝耳に水とばかりに、目を開いた小夜が眉を下げる。深く首を傾げて思案するも、すぐに彼女は横に振った。
……そういえば、社の倉庫にそういったものがありました。そちらもご覧になったのですか?」
「ああ。巫女舞の書物と共に置かれていた」
「そうでしたか。でも……すみません、私は内容までは詳しくは知らなくて。神主である父が管理しているもので、私には見せてくれませんでした」
ふるふると力無く首を横に振る小夜に、橿本はそうか、と返す。
「村長から用途ぐらいは聞いたことはあるか?例えば……そうだな。社を建て直す、なんて話は?」
音の軋む古い社の装いを脳裏に浮かべて、橿本は世間話をするかの様に小夜の反応を探る。
橿本が見た限りでは、帳簿に記載されていた数字は社の建て直しまでは行かずとも、修繕は決して難しくはない額面であった。
小夜は目を伏せて暫く一考し、それから橿本に顔を向ける。
……私も、以前にそう思って修繕しないのですか、と父に聞いたことがあります」
「村長はなんと?」
「何も。ただ……私にはまだ、そういう話は難しいからと」
未だ子供扱いなんです、と眉を下げて微笑む小夜の答えを他所に、橿本は興味深そうに頷いた。
(収入は明確だと言うのに、実利がここまで不明瞭とは。社もだが、この家を含めて村の建物に金を使っている様子も無い。田畑か?いや、田畑の全貌は見ていないが、それほど広大な土地ではなかった。娘に使い方を知らせないのは女子供故か。何にせよ、この娘からはこれ以上この話題を聞いても無駄骨だな)
橿本が思考を巡らせたところでおい、と太い声が遮る。玄太のものだ。小夜の口角が徐々に下がり、その面立ちが無へと変じたところに玄太の姿が現れた。
「いつまでやってんだ、さっさと出ろ」
「ああ、時間を取らせてすまなかった。では祭の日を楽しみにしているぞ」
苛立つ玄太に続き、橿本は草履を履き直して振り向き様に小夜に別れを告げる。はい、と小夜は再び笑みを浮かべて会釈したが、その面持ちには柔和な装いは既に消え失せていた。
橿本と玄太が去り、その足音が遠くまで行ったのを聞き届けて、小夜ははあと深い息を吐いた。
……東雲」
傍に置いていた羽織を被り、小夜はゆっくりと立ち上がる。
数日立ち上がることをしなかった代償は相応であり、元から細く陽に焼けた形跡の無い白い足は震えている。崩れるものかと堪えて小夜は踏み出す。
さながら枷でも付けられたかの様な重い足取りは、誰から見送られる事なくその家から去って行った。