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ゲ謎

隣の席の同僚×水木

可愛い男



 情事の最中、水木という男はとても静かだ。それを知ったのは、初めて床を共にした日だった。
 普段はうるさいくらい饒舌に、斜に構えたいけ好かない言葉ばかり吐く唇が、布団の上では強く引き結ばれる。時折微かな喘ぎと熱い吐息を零すのみの、分かりやすく静かなその様に驚いて、興奮より先に薄気味の悪さを感じて行為を中断したことを覚えている。

 共寝に誘ったのは自分からだった。
 水木あいつは枕営業をしている、などと口さがなくさえずる連中もいるが、水木の為人ひととなりを少しでも知ればそんな言葉は出てこない。出世欲は強いようだが、自分を安売りしない誇り高さを持っている男だ。
 そんな水木が同性と床を共にすることに抵抗感を持っているだろうことは容易に察せられるし、断られるだろうと覚悟して冗談で済ませられるように軽口を交じえて誘ったのだ。
 なので少しの戸惑いを見せたあと、頬を薄く染めて小さく頷かれたときは「うっそだろオイ」と我ながら最低な言葉を出して驚いたし、この野心溢れる男のことだから、何か打算的な考え――それこそ業績争いで蹴落としてやろうだとか――でもしているのだろうかと勘ぐった。のだが、
「なぜ俺が嘘を言わにゃならんのだ。お前こそ揶揄っているのか?」
 そう言って憤慨した態度を見せながら、薄っすら桜色に染まった頬やそれを隠そうとしきりに煙草の煙を吐き出し、勢い余って咽ている様を見て「あ、こりゃ天然だな」と考えを改めることにした。何分その様子が大変に可愛かったので、あれが打算でされていたのならさすがに泣いていたし人間不信になっていた。
 けれど、元々その気のない水木が同性に脚を開くなど、生理的に無理だろうという可能性も考えてはいた。男同士は受け入れる側の負担が多いし、しかも脚は営業職の武器だ。
 この時の水木が何を考えていたのかとんとわからないが、こちらは打算も何もなく、ただ触れたかっただけなのだ。だから無理だと言われたら、潔く止めようと、そう思っていた。……いや、やっぱ素股くらいはお願いしたかもしれないな。

「声、耐えなくていいんだぞ」
 ――痛いなら、気持ち悪いなら言ってくれ。
 女のような喘ぎを期待していたわけではないが、静かすぎるのも気を使われているようでかえって集中できない。無理なら言ってくれと、そう言外に含んで話しかけると、薄く涙の膜を張った海色の瞳が、ぱちりとひとつ瞬いて、
「我慢、しているわけじゃない。多分――
 ――多分、戸惑っているんだと思う。お前に触れられていることに。
 そう言って、水木は困ったように――実際困惑していたのだろう――普段は凛々しくつり上がっている眉をふにゃりと下げて苦笑した。
「ああ、その、嫌なわけじゃない。き、気持ちよくないわけでもない。むしろ思っていたよりも気持ちよくて――ええと、俺は何を言っているんだ……
 うーんうーん、と言葉足らずな幼子のように、言葉をつらつらと吐く唇は、いつもの水木の態度と程遠いあどけないものだった。視線の交わらない海色が、うろうろと彷徨っている。
 そのらしくない様子に、ふと、唐突に理解した。
「なんだ、お前、緊張しているのか」
 そっと、成人男性にしてはまろみのある頬に触れて親指で撫でながら言うと、何を言われたのかわからないというような呆けた表情を浮かべた水木が、数秒してから大きく目を見開いた。
「は……はぁっ?」
 丸く見開かれた海色は黒目がちで大きく、その表情は実年齢よりも若く見えた。勤務中は狩りの最中の狼のように爛々とした目をしている水木の、見たことのない表情は、どうにも胸をざわつかせる。有体に言えば、すごく可愛かった。
 冷静さを取り戻すように何度か瞬きを繰り返した水木は、どこかぼんやりとしたような表情で、視線を逸らしたまま「そうか」ぽつりとつぶやいた。
「おれ、緊張してたのか……
 じわり、紙に落ちたインクが滲み広がるように、じわじわと水木の頬が桜色に染まっていく。その様をじっと見ていた。
「み、見るなよ」
 視線に気づいた水木が、慌てたように両腕で顔を隠す。隠しきれない欠けた耳や首まで桜色に染まって、嗚呼綺麗だなと思う。
「お前さあ」
……なんだよ」
 不貞腐れたような不機嫌な声に、胸のざわつきが激しくなった。その感情に身をまかせ、乱れた黒髪をまるで犬でも撫でるようにかき混ぜる。
 抗議の声を上げる水木を無視してあらわになった額に唇を寄せると、驚いたように腕から顔を上げた。丸い海色と視線が交わる。
「な、なんだよ?」
 困惑の声を上げる水木の声には答えない。
 ゆらゆらと揺れる海色に、真顔の自分が映っている。その様子を見ながら、普段は驚くほど察しが良いはずなのに、指摘されるまで自分の心情にさえ気づかなかった男を、酷く愛しいと思ったのだ。
「お前、かわいいな」
 桜色だった水木の顔色が、更に満開になるのを見て、口角が上がる。丸い海色の中に映った自分は、意地の悪そうな狐のようなにんまりとした笑みを浮かべていた。

 それから――何度も身体を重ねた結果――緊張が羞恥へと変わったらしい水木は、相変わらず情事の最中は静かだし、自分は相変わらずそんな水木を、とても可愛いと思っている。

24.05.14

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