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史加
2026-03-18 11:03:19
24073文字
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原神(その他)
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The Lightkeeper Does not Believe in XXXX.
フリンズ+ナド・クライキャラ中心本Web再録
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悲しみは海ではないから
日が沈み、夜の帳の降りたナシャタウンには静寂が訪れる。他国と異なり朝晩はうんと冷え込むこの地では、道楽のために夜更けに外を出歩く人間などいない。夜道を往く者がいるとすれば、それはフラッグシップで気の済むまで酒を飲み、バーテンダーに追い出されるようにして帰路に着いた酔っ払いか、よからぬことを企み暗闇の中で目を光らせている悪党、あるいは灯りを絶やさんと夜回りをするライトキーパーくらいだ。
「
……
あれ、フリンズ?」
クーヴァキを利用して稼働する機械や鉄骨で出来た建物の立ち並ぶ街の、寒々しい夜闇の中に蒼い炎を見たのは偶然であり、久方ぶりのことだった。夜に溶け込む黒の装束に身を包んだライトキーパーは緩やかに振り返ると、旅人の姿を確かめて微笑みを浮かべる。
「旅人さんではありませんか。お久しぶりですね」
落ち着いたアルトの声が響き、ランプを手に夜道を照らしながら近付いてくるフリンズは、特に疲れている様子ではなかった。変わらない知人の姿を確かめて旅人はほっと胸を撫で下ろす。このところライトキーパーたちが昼夜を問わず働き回っている姿を幾度となく目撃していたし、通りすがりに彼らがフリンズを案じている声も耳にしていたからだ。
スーシ殺害の一件で指揮系統に問題が生じ、内部の立て直しを図りつつもライトキーパーとしての責務を果たさなければならなくなった彼らの苦労は計り知れない。旅人の元へと舞い込んでくる依頼の内容からも彼らが追い詰められているのは明らかで、一週間ほど前までは冒険者協会へ行くと必ずと言っていいほどワイルドハントの討伐依頼があった。現場へ向かうと疲労困憊のライトキーパーがランプを片手に交戦しているのが当たり前で、持ち主のいないランプだけを見つけたこともある。ナシャタウンにある彼らの事務所へとランプを送り届けたときの遣る瀬無さは記憶に新しく、簡単に忘れられそうにもない。討伐を終えても疲れ切った身体を引き摺るようにして巡回に戻る彼らを引き留めることも出来ず、ただ見送ることしか出来なかった日々は旅人の胸に影を落としていた。
そういった依頼の数も少しずつ減り始め、街の中で休息を取るライトキーパーの姿を見かけるようにもなってきたが、それでもまだ完全に落ち着いたとは言えない状況だろう。この知人もきっと胸を痛めながら、影で人一倍働いて回っていたに違いない。
「こんな夜遅くにお出かけですか? パイモンさんはご一緒ではないようですが」
問いかけられて、旅人は緩やかに首を横に振った。
「寝付けなかったから少し散歩をしていたんだ。これからフラッグシップに戻るところだけど、フリンズは?」
「奇遇ですね。僕もフラッグシップで一泊してから自宅へ戻ろうと思っていたところです。せっかくなのでご一緒しても?」
「うん、もちろん」
夜中にひとりで出歩くのを恐れる気持ちなどとうの昔に忘れてしまったし、酔っ払いや悪人に多少絡まれたところで負ける気もしないが、この無法地帯の夜道は誰かと一緒に歩いたほうが安全で、心強いのも確かだ。目的地が同じなら断る理由もないと二つ返事で頷いて、旅人はフリンズとともに歩き出した。
閑散とした港街に互い違いの足音が響く。街灯だけでは心もとないように思える暗い路地も、今日ばかりはフリンズのランプに照らされると明るい。
「最近姿を見なかったけど、忙しかったの?」
寡黙なように見えてこの紳士は人と話すことをどこか好んでおり、言葉を扱うのに長けている。だから旅人は手持ち無沙汰を紛らわそうと問いかけた。
「ええ、それなりに。と言っても僕はスーシ隊長のように上に立つのは向いていませんから、代わりに出来ることをしていたまでです」
旅人に正体を知られているからか、フリンズも直接的な言葉こそ使わないものの、言外にズルをしていたのだと明かしてくる。
「ただ、報告書を提出する間も惜しんで日夜ナド・クライを巡回し、ワイルドハントを討伐していたため、同僚たちにはかえって心配されてしまいました。事務所に提出した報告書の量もいけなかったのでしょうね
……
普段の倍以上あるそれを見た瞬間、顔色を変えた同僚に休みを取るようにと怒られました。なので彼らを安心させるためにも、今日はここで一晩泊まっていくことにしたんです」
「うーん、それはフリンズが悪いかな」
「おや、僕の味方になっていただけないのですか? あなたならわかってくださると思ったのですが」
「時と場合によるよ。でも、私もひとのことは言えないから怒らないでいてあげる」
顔を前へと向け、蒼い炎に照らし出されている道だけを見つめたまま、旅人は静かな声で言った。
ひゅう、と吹き抜ける風が旅人の金の髪と、フリンズの夜色の髪を揺らす。互いの頬を撫でるそれは木枯らしのように冷たい。
「
……
そうですか。安心してください、僕も怒りませんから。一緒に怒られてあげることは出来ませんが」
深くは問わず、フリンズはそう返していつもより少し歩幅を狭くした。
冷え切ったナド・クライの夜の空気がふたりに纏わりつく。頭上に輝く月は静かに白い光を放っているが、それは世界を見守っているというよりも、冴え冴えと見下ろしているようだ。旅人がそう感じてしまうのは、この地を訪れて早々に大きなトラブルに巻き込まれ、自らの胸を穿つ悲しみとこの地に刻まれた哀歌の両方に触れてしまったからだろうか。
「
……
早く落ち着くといいね」
まだ記憶に新しいあの事件と、ライトキーパーの事務所で見た遺体が旅人の脳裡を過ぎり、つい言葉が口をついて出る。
隣を歩く男が灯台のようだと評したひとりのライトキーパーの死は、ナシャタウンに駐在するライトキーパーたちに致命的な打撃を与えた。自分たちの進むべき道を照らし導く光を失った悲しみは深く、現実を受け入れ難く思う者や、途方にくれた者もきっといただろう。しかし敵は戦士たちが哀悼の意を捧げ、心の整理をつけ終えるまで待っていてなどくれやしない。自らを犠牲にしてでも灯りを絶やさぬことを使命とするライトキーパーたちは、自らの胸に刻まれた傷が癒えていなくても武器とランプを手に戦場に立たなければならなかった。
少しずつ彼らは持ち直しているようだが、月の狩人という脅威がまたいつ動き出してナド・クライを窮地へ陥れるかもわからぬ今の状況は楽観視出来るものではない。未知の強敵を相手に命を燃やし、身を賭してでも戦う同僚たちの姿を目の当たりにしているフリンズの心痛はどれほどのものだろうか。
ランプの中の炎が揺らめき、凍える夜を照らす。足を止めたフリンズが、旅人へと顔を向けた。
「お気遣いありがとうございます。ですが、僕は問題ありません。あなたと一緒にあの人のことを見送ったときに、僕の中にあった悲しみは飲み干せたのです」
月色のひとみが旅人を見つめて、やわらかな微笑みを浮かべる。それは誰かを、あるいは何かを見送るのに慣れた、永き時を生きるひとの目だった。
「悲しみとはけっして広大な海ではありません。我々の足を絡め取り溺れさせることも、深く沈んだきり二度と浮かび上がれなくなることもない。どれほど時間がかかろうとも、飲み干しきることの出来るものです。胃袋に落ちたそれがきちんと消化されれば、次の一歩を踏み出すための力にもなるでしょう。身を裂くような痛みを忘れたりはしませんが、炎を掻き消されるようなことはありませんよ」
昏い夜を静かに照らす灯火のような声が、虚勢を張って偽りを語っているようには聞こえない。旅人へと向けられる真っ直ぐな視線も、緩んだままの眦も、すべてが彼の本心であることを物語っている。そう、物語っているように思わせてくる。
やはり掴みどころのない男だと旅人は思った。実際ランプにその身を宿すことの出来る妖精の本質は、穢れなき炎であるのだろう。蒼い炎はその見た目だけだと冷たいように思えるが、実際には真逆で、おそろしいほどの熱さを孕んでいる。鬼火に安易に手を伸ばしてはいけないというのは、古今東西どの国でも語られることだ。
止めていた足を再び動かして、フリンズは旅人の前を歩き出す。その後ろを追うようにして、ネオンとランプに照らされる不気味な路地を進んでいく。
「あなたの胸にある悲しみもきっといつかは飲み干せるでしょう。それを焦る必要もないと思います。ただ、いくらあなたが優秀な冒険者であるとしても、今のナド・クライの夜更けにひとりで出歩くのはあまり感心しませんね」
かつ、こつ、と響くふたり分の足音に、突如として耳に痛い言葉が重なった。息を呑んだあと、旅人は動揺を悟られぬよう努めて口を開く。
「
……
怒らないんじゃなかったの?」
「友人として心配しているだけですよ。さあ、着きました」
すっかり見慣れたフラッグシップの扉の前でフリンズが立ち止まった。ドアノブに手をかけて戸を開き、旅人に中へ入るよう促す。こういうときでも紳士的な振る舞いが様になる男だ。
酔っ払いたちは皆追い出されたあとのようで、酒場に残っている客はひとりもいない。ウェイターたちも仕事を終えて帰ったのか、バーカウンターにいるのはデミアンひとりだけで、静かにワイングラスを拭いている。彼は夜遅くに戻ってきた旅人とフリンズを一瞥するも、何も言わずにまた手元のグラスを拭くのに集中し始めた。この無法地帯であらゆる勢力に属する人間を相手に商売をおこなっているだけあって、客人の事情に干渉するか否かの見極めが完璧だった。
他の宿泊客の眠りの妨げにならぬよう、旅人とフリンズも黙って奥へと進む。初めて出会ったときと同じように、フリンズは旅人たちの隣の部屋を借りているらしい。それぞれの部屋の前に着き、揃って足を止める。
「旅人さん」
ひそめた声でフリンズが旅人を呼んだ。照明を落とした廊下の暗がりの中で、霞がかった冬の夜に浮かぶ月のようにふたつの目が光っている。
「先ほどは余計なことを言ってしまいました。どうもあなたとは気が合うせいか、つい言葉が出過ぎてしまうようです。気分を害してしまっていたら申し訳ありません」
真摯に詫びる男に、旅人はふっと口元を緩めた。
確かに痛いところは突かれたが、不快には思っていない。フリンズなりに旅人のことを気遣い、案じる気持ちもあって出た言葉であることは分かっている。だから責める気も、これ以上踏み込む気もなかった。
「ううん、大丈夫。気を遣ってくれてありがとう」
「気に病まれていないようならよかったです。それではおやすみなさい。良い夢を」
「うん、おやすみ」
手短に言葉を交わして、旅人は長く借りている部屋へと足を踏み入れた。
大きさだけは十分なベッドの上で、今宵は何も知らないパイモンがぐっすりと眠っている。幸せな夢でも見ているのか、ふにゃりと頬を緩めてなにやら寝言を言っている姿を見ていると、待ちに待った眠気が押し寄せてきた。
パイモンの隣に横たわり、目を閉じて旅人は思う。
フリンズの言う通りだ。悲しみは海ではないから飲み干せる。大切な片割れとの偽りの冒険の記憶が刃となって旅人の胸に突き刺さり、傷口からあふれ出す数多の感情がこの地に刻まれている哀歌と共鳴しようと、それはけっして己の足を竦ませ、絡め取る暗流になどならない。比べものにならないほどの悲哀を呑み込んでも燃え続けている炎が言うのだから、間違いないだろう。
あるいはそれ自体があの蒼い炎の燃料であるのかもしれないが、それは安易に触れてはならない妖精の秘め事だ。
分かち合えるのはひとならざる彼のほんの少しのズルと、寝付けぬ旅人の一人歩き。それだけでも、背を預けるには十分だった。
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