【かわ東】短冊に願いを

今まで止まっていた日々を溶かすように東雲さんと七夕をする河童の話。かわ(→)東←カミ(ちょこっとだけ)。


 雪融け水にさらされた所で如何ということのない指先が鈍く悴む。
 ようやく終わりの見えない悪夢のような陰鬱とした日々に終止符が打たれ、ずっと夢を見ていた順風満帆の新居と新生活。
 怖がられることも拒まれることも独りぼっちになることもない新しく出来た群れと心機一転再スタート直前に引き離された事実が心を俄かに曇りさせる度。

 『そぉら、お待ちかねの特上寿司だぜ河童』
 『む? かっぱ巻きの他にあるのハ何じゃ?』
 『まあまあ食べてみろって』

 薫の部屋で食べた特上寿司と短いながら心休まるひとときを糧に河童はカグラの聴取に協力し続けた。
 約束通り嫌なことや暴力的行為をしてこないカグラ相手に警戒心を解かずに接していれば、カグラもカグラで脅威的で無礼を働いてはならぬ相手なのを念頭に置いた態度で接した。
 それでも河童にとって精神衛生上よろしくない状況に変わりはしない。人間、しかも宗治郎以外の祓い屋に対しての憎悪は一朝一夕で消えるなぞ到底不可能というもの。塞がるどころか未来永劫広がり続ける心の虚が数奇な巡り合わせのお陰で塞がり始めたというのに、じわりじわり浸食してくる暗雲から降る冷たい雨が再び虚を押し広げようとしてくる。
 その度、河童は自分の隣で特上寿司を食べ同じリアクションをする東雲を思い出してやり過ごした。

 「(アヤツの声と顔、ワシと瓜二つじゃったな……)」

 特上寿司の美味さに驚愕する河童と東雲。その美味さたるやたくさん頼んだにもかかわらず特上寿司争奪戦が勃発したほど。
 河童が昨日のように思い出せる記憶を辿り緩く口元に弧を描く。それを横目で見やるカグラは口には出さずとも憐憫宿る眼差しを向け、はやく河童がマンションに帰れるよう尽力した。
 そして、カグラ達にとって都合のいい報告書が想定していた日より早く仕上がり、東雲マンションに戻れるのを告げれば河童はカグラに浅く頭を垂れ。
 「恩に着ル」
 畏まった顔でやや面を食らっているカグラに礼を申した。
 一瞬脳内に浮かんだ言葉の数々が徒党を組み口に押し寄せたが、今さら何を言おうが無粋以外の何物でもない。ゆえにカグラはわざとらしく。
 「さてと。久方振りに薫ちゃんに会いに行けるな♥」
 話を逸らした。
 デスクワークでは真価を発揮しない恵まれた体躯を伸ばし、甘ったるい声色でさも大きな独り言ですよと河童に背を向けカグラ以外何人たりとも出入りできない夥しい札の張られた扉を開け放つ。
 河童の存在を徹底的に隠匿し、河童自身を守るための強固な檻。一切の自由が無い閉鎖的空間は安住の地から最も遠い場所と相違ない。
 だが、事前にカグラから部屋の構造を聞いた上で河童は無言で自ら足を踏み入れた。

 全ては自分が帰る巣を守るため。
 どこかにいる宗治郎を探しにいくため。
 なにより自分を迎え入れた新しい仲間、東雲薫のもとへ戻るため。

 「この程度、ワシ自ら探しに行かず宗治郎を待ち続ケていた日に比べれば屁でもナイ」

 また部屋に入った時と同じく扉に寄り掛かり開けているカグラの横を通り過ぎ河童は自らの足と意思で部屋を出たのだった。