【かわ東】短冊に願いを

今まで止まっていた日々を溶かすように東雲さんと七夕をする河童の話。かわ(→)東←カミ(ちょこっとだけ)。


 あっけなく終わりを迎えた妖怪からすれば短く、人間にしてみれば長い外界と断絶されていた掛け軸暮らし。賑やかな東雲マンション住人たちに囲まれ快く迎え入れられた河童を中心に広がる目出度き空気はどこまでも柔らかい。
 いつもと何ら変わらない。スカウトが成功したらその足で新しい入居者と共にマンションに帰る流れは、突如まるで別人かと見紛うばかりの熱のないカグラが「当分こっちで預かる」と申し出たことで事態が一変。体格差なぞお構いなしにカグラの胸ぐらを鬼の形相の東雲が掴んだ。
 「なにウチの河童勝手に連れて行こうとしてんだオイッ!!」
 「落ち着きなって薫ちゃん。今回の任務スズやツヅミに任せられる程度のと違って有耶無耶にすることが非常~に、……難しい」
 「んなこと知るかッ!! そっちでどうにかしろやッ!!」
 「まあまあ話を聞いてくれないかい。幸い隊長の私と畦地、前々から報告義務を意図的に捏造隠蔽していた事情を知っているスズとツヅミさえ口裏を合わせれば今回の件は然程大事になりやしない。というかさせない♥」
 やや離れた場所で水気を吸ったふんどしを絞っている神宮寺の存在は最早空気と同意義のため、その場にいる者達から誰一人突っ込むことはなく、当人もまた「褌一丁で帰るのはこれで二度目でござるな」と、道中警察に世話になる心配が頭の中を占めておりカグラの言葉が届くことはなかった。
 「今回の任務ちょいとばかし“嘘は言っていない”報告書を作成するのにこいつを連れていく。要はお上を騙せる位のアドが欲しいってわけ。で、協力的ならすぐに帰せるし、もちろん危害なんて加えない。私としても今後とも薫ちゃんとよろしくしたいからさ♥ ……それにこのまま何もせず帰せば薫ちゃんのマンションがどうなることやら」
 「――脅してんのか」
 「まさか」
 丸く収まる雰囲気が俄かに再び拳で語り合う緊張感が走る。
 どよめきだす周囲から一人仲裁に入るべく口を開きかけたツヅミよりも早く河童が暴発寸前だった東雲の拳にそっと水掻きのある手を添えた。
 「ワシがオマエらに協力しなければどうナる」
 弾かれたように東雲が視線を河童に向ければ、鋭い眼光と畏怖を向ける妖怪が其処にいた。
 尻子玉を抜くなぞ生ぬるい次は仄暗い水底に引きずり込み二度と陽の目を見れないと思え。そう言わんばかりの威圧感に臆すツヅミを始めスズと畦地が息を飲み口を噤む。
 しかし、東雲だけがそれが虚勢だと微かに震えるひんやり冷たい手から伝わっていた。
 「確実にお前さんが望む未来から一番遠いもんになる」
 恐怖を宿した言葉で毅然と応えるカグラに河童は深く息を吐き、己自身随分不安そうな顔をしておるなと嘲笑しつつ東雲を仰ぎ見た。
 「すグ戻る、これも人慣れの練習じゃ」
 「そりゃ人に慣れろって言ったけどよォ、極端すぎんだろ」
 上目遣いの黒く大きな瞳が揺らめく様に狼狽える東雲の手が緩んだのを見計らい胸ぐらを掴んでいる手を解いたカグラが淡々と言葉を紡ぐ。
 「当事者から無事了承を得たってことでこの話はこれで終わり。――ちゃんと五体満足精神崩壊なしで帰すと約束をしよう。少しでも破ってるって思ったら私を嫁に貰ってくれても構わない♥」
 「それはいらん」
 「折角の入居祝いだ特上寿司を驕ろうじゃないか」
 河童が一応了承した手前不承不承東雲もまたカグラの提案を飲み込むも、さり気なく追加された嫁の件を間髪置かずに突っ撥ねた。
 だが、恥ずかしいかな。特上寿司と聞くや反射的に口端から涎が零れてしまう。グイっと腕で拭う東雲を眺めていた河童の瞳はとっくに優しさを取り戻し、周囲に漂う空気もまた柔和なものに戻っていた。
 ただその後の後始末に奔走する未来が薄っすら見える畦地だけが乾いた笑い声を零し、どこまでも置いてけ堀を食らう神宮寺はその場の雰囲気に合わせ「良かったでござる」と、よく分からないまま頷いていたのだった。