ちよど
2026-02-17 08:37:13
11241文字
Public 以蔵さんとカルデアの日々
 

ビーストのキアラさんと人斬りの以蔵さんは友人である【帝都騎殺】

タイトル通り。以蔵さんとカルデアの日々シリーズ2。2部ごろ。ふんわりな土佐弁。独自解釈と独自設定多め。pixivから再録。




 それからしばらくキアラは以蔵を見かけることはなかった。そんなある日のクエストは夜の地下道。前衛の崩壊に伴って後衛から戦場に引きずり出されたキアラが見たのは、ただ一人残され、死に体で立つのもやっとの様子の以蔵だった。
 エネミーの宝具で他の二人は消滅しカルデアへと還ったのだろう。ただひとり回避スキルでその場を凌いだ以蔵はしかし無敵を自身に掛けた敵に為す術がない。キアラが何もしなければ次の攻撃で彼もカルデアに還るだろう。

 マスター以外では、ここには以蔵とキアラしかいない。

 以蔵はちらりとキアラを見たが何も言わず悔しそうに唇を噛みしめた。以蔵はまだキアラの正体に気づいていないようだ。しかし、いくら服装が違っていてもキアラが声を出せばその正体に気づくだろう。
 キアラは守るように自身の下腹部に手を当てた。マスターから持たされた礼装と自身のスキルを合わせれば宝具ですぐにエネミーを殲滅出来る。でも、それは以蔵がいなくなってからでも充分に間に合うのだ。

 ―――キアラの宝具はその本性を露わにしている。それを見た後、キアラのちょっとした仕草に初心な少年のように顔を隠したこの青年はどんな顔をするだろうか。

 そんな些細な事が気になってしまうキアラの脳裏で、あの日の食堂で逃げるように席を譲った職員に以蔵の姿が重なった。キアラが何者かカルデアの殆どの者が知っている。
 カルデアの別部署のような海底油田基地セラフィックスを地獄と化したビーストのアルターエゴ。そしてカルデアに召喚された彼女が改心などしていない事も。
 だから、キアラがマスター以外の男性と含み無く話したのは本当に久しぶりだったのだ。

 キアラさん、と記憶の中で以蔵が彼女を呼んだ。

 ここで消滅してもカルデアに還るだけ。もちろんそれは分かっている。分かっていてキアラはスキルを使った。
「苦も楽も同じこと。命の色でございます」
 以蔵の驚いたような視線を感じながらキアラは両手を広げた。なんども繰り返した仕草が今日に限って酷く、重い。

「それでは皆々様、済度の日取りでございます」

 済度とは苦しみからの救済。無数の腕がキアラを中心に虚空に手を伸ばす。救いを求めながらも与えられない彼らは貪欲にエネミへと手を伸ばした。ぱっくりと虚空が開く。そこにひしめく無数の目玉を持つ肉塊はキアラが吸収した魔神柱ゼパル。彼はたやすくエネミーを飲み込んでキアラの胎へと還ってくる。

「ようこそ、私の胎内へ。たっぷりとご堪能くださいませ? うっふふ、うっふふふ、あっはははははっ!」

 エネミーを殲滅して狂ったように笑うキアラの横で以蔵が座り込んだ。キアラはその音に振り返ってしまう。

おんし、まさか。キアラ」
 
 ああ、『キアラさん』という呼び名は彼の中で失われたのだ。
 瞑目したい衝動を抑えてキアラは彼に笑いかける。ビーストのアルターエゴに相応しく淫蕩に。

「それに、あれは魔神柱ちゅうものじゃ
「ええ、そうですよ。今ではわたくしの一部です」

 ふふふ、とキアラは以蔵に見せつけるように自身の下腹部を撫で上げた。
 最近召喚された以蔵が魔神柱の事を知っていたのは、マスターが行なっていた過去の再現クエストのためだろう。彼はそこで魔神柱がいかに悍ましく強力かを体験しただろう。ならばソレを吸収しているキアラがどのようなモノか、―――分かってしまう。
 以蔵の口が開く。それが言葉を紡ぐ前に周囲が白く染め上げられた。クエストが終了したためレイシフトが解除されたのだ。



 夜も過ぎてカルデア中が静まりかえっている。
 レイシフトの終了後誰にも会わず逃げるように自室に駆け込んだキアラはベッドに腰掛けていた。
 死亡したカルデア職員が使っていたというこの部屋の私物は片付けられていたが、魔術師だったらしいその職員の思念のようなものが薄くへばりついていた。その苦しみが味わい深くてキアラはわざと気の利いたインテリアのようにそれを残している。
 最終再臨姿のままキアラはベッドに体を倒す。ふわりと顔にかかった髪を払ってキアラは呟いた。

「別に、男なんていくらだっていますわ」

 だからこれは逃した獲物を惜しむ気持ちなのだ。そう言い聞かせているとインターフォンが鳴った。まさか、と思う。その衝動に押されて確認もせずにドアを開ければ、果たしてそこには岡田以蔵が立っていた。

「ちょっとええか?」
―――どうぞ」

 狭い部屋に入れてやるとすぐにそこはベッドルームだ。動きを止めた以蔵のインパネスコートの袖を引いてキアラは淫らに笑った。

「こんな時間に女の部屋に来るなんて。こういう事を望んでいたのでしょう?」

 でなければ正体が分かった自分の部屋に来るはずが無いとキアラは思う。
 その証拠に一瞬、以蔵の目線が薄い生地越しにキアラの胸に向けられた。

「さあ、楽しみましょう?」

 キアラはするすると指を滑らせて以蔵の手を引く。いつか手と手を重ねた時と違って以蔵は襟巻きに顔を埋めたりせず。―――キアラを押しとどめた。

「いかんちゃ」
「何故?」
 キアラの問いかけに以蔵は緩みかけていた顔を引き締めて答える。


「わしは人斬りぜよ。―――おんしみたいな優しいおなごとは釣り合わん」


「本気で言っているの? このわたくしに!」
 馬鹿にしているのかと声を荒げたキアラは以蔵の手を振り払う。
「マスターから聞きませんでした? 私はビーストのアルターエゴ。外法に至る快楽の化身でしてよ!」
 その言葉に以蔵は懐に手を入れた。
「わしは頭が悪いき。びぃすととかの事はよく分からん。ただ、おんしがこんな紙切れひとつで泣いたりするような優しいおなごじゃということだけは知っちょる」
 以蔵が取り出したのは数枚のコピー用紙。

「やる。さっきは変なことを言うて悪かった」

 変なことというのはキアラが聞き取れなかった言葉の事だろう。押しつけられたコピー用紙を思わず受け取ってキアラは目を見開いた。そこに書いてある文章は、先日以蔵が読み上げていたアンデルセンの新作だった。

 絶句する彼女に以蔵は思い出す。
 あの日、キアラの顔を見て席を譲ったカルデア職員のことを。あれは別嬪への親切などではなかったのだ。
 尊重されるのと恐れられるのは似ているようでまったく違う。
 それを人斬りとして名をあげればあげるほど遠巻きにされた経験がある以蔵は知っていたはずだった。

―――その、腹ん中にあんなものを入れて大丈夫なんか?」

 動きを止めたキアラに遠慮がちに以蔵が聞く。
「まさか、それを聞きにきたの? 魔神柱ごとき、とっくにこの胎内で溶かし尽くしておりますわ」
「そっか、そんならええ」
 ほっと息をついた以蔵は演技をしているようには見えなかった。

あなた、馬鹿ですね」

 思わず零したキアラの言葉に、以蔵の眉が跳ね上がるが彼はすぐにそれを下げた。
―――まあええ。そうじゃ! さっき助けてもろうたき。なんかあったらわしに言え。なんでも斬っちゃるぜよ」

 以蔵にも分かっていたのだ。あの時、キアラには以蔵を見捨てて素知らぬ顔で今まで通りに付き合うという選択肢があった事を。

「私を助けると?」
「そう言うとる」

 殺生院キアラは思う。世界を滅ぼそうとしたビーストのアルターエゴである彼女を助けようと言う英霊が何人いるだろうかと。
 『生前』ですらセラフィックスで暴徒に襲われた彼女を誰も助けなかった。親身になって話を聞いたあの男も、悩みが解決出来たとキアラに繰り返し礼を述べていたあの男も、恋人との橋渡しをしてあげたあの男もキアラを助けるどころか。だれひとり。
 キアラは以蔵を見る。
 マスターが狂ったように素材を突き込んだおかげで、彼は人の形をしたモノで斬れぬものはないと聞く。
 もし今の以蔵があの時のセラフィックスにいたなら、だれかひとりでも『殺生院キアラ』を助けてくれたら。―――それでも『ビーストⅢ』は生まれただろうか。

 馬鹿な考え、とキアラは逸れた思考を一蹴する。
 運命は変わらない。キアラを変えた魔神柱すら胎内で飼う彼女を『優しい』と言う岡田以蔵は愚かだ。

 手の中のたった数枚の紙がかさかさと揺れる。

 岡田以蔵は本当に愚かだ。この男はキアラの事を死や悦楽ではなく、こんな薄っぺらい数枚のコピー用紙に印刷された物語ひとつで喜ぶような女だと、そう、思って。


 ―――それは偽りではないけれども殺生院キアラの本性でもない。
 
 
 だけど、だれかひとりにでもそう見られることは、案外、本当に本意ではないけれども心地よくて。キアラは以蔵から受け取った数枚の紙を胸に抱きしめた。
 軽くスキルを使って部屋に残った残留思念をざっと吸収する。
 怨嗟が消えた部屋で、何かが起ったことは分かっても何が起ったのか分からない様子の以蔵に柔らかく微笑みかける。

「ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」

 そうして殺生院キアラは愚かな男の誤解を解くことを自分に禁じた。



 ビーストのアルターエゴである殺生院キアラと人斬りのアサシンである岡田以蔵は友人である。
 ふたりの間にそれ以外の関係が生じることは決してない。
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読んでくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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