「そうして自らが築き上げた街を追われ象王は雪原へと踏み出しました。一歩、また一歩。傷ついた象王は当てもなく歩き出します。冷たい吹雪が象王の大きな足跡をかき消していきます。とうとう雪の壁の向こうに象王の姿が消えました。『我々は救われたんだ!』人々は喜びの声をあげます。そんな人々をこの国には珍しい太陽が照らし続けました。いつまでもいつまでも。いつまでも。―――めでたしめでたし」
ぐすっと鼻をすする音が聞こえて岡田以蔵は童話が印刷されたコピー用紙の束から顔を上げた。
夕食の時間が近づき人が減ったカルデアの談話室。子供が走り回るには少し狭いここには囁くような音量で環境音楽が流されている。以蔵のようなアサシンには耳障りだが、戦場を知らないカルデア職員や一部非戦闘系や子供のサーヴァントには好まれており、中には曲をリクエストする者もいると聞く。
子供の姿をしたサーヴァントのために談話室の一角は少し高くなっており、マットレスが敷かれた床にくつろげるようにクッションがいくつも置かれている。
以蔵はそのひとつに座って、青い髪をした少年から貰った童話を読み聞かせていた。
突然アンデルセンと名乗る少年に昔のことを根掘り葉掘り聞かれ、特に隠すことも無く答えたところ。取材のお礼だと押しつけられたその紙束は以蔵にとっては酒の足しにもならないが、子供達には大人しく聞き入るだけの価値はあったようだ。
以蔵の横でちょこんと行儀良く膝をそろえている三つ編みの少女が自身の本体である厚い本をぎゅっと抱きしめる。
「こんなの悲しいわ。象王さんは悪くないのに」
童話の読み手を挟んで反対側に座るほら話から生まれた幼女は唇を尖らせた。
「伸びすぎた木を伐採するのは当たり前。象王は悪くないよ」
「そうですわ!」
声を荒げたのは以蔵の向かいで正座をしていた尼僧だった。整った顔立ちをずびずびと鼻をすする事で台無しにしている彼女はどう見ても成人女性である。
彼女は以蔵が幼女ふたりに読み聞かせを始めた時に偶然通りかかり、「この話、まさかあの男の新作ですか? 新作ですわね!」と飛び入り参加したのだ。聞く側で。
正直以蔵は童話にはまったく興味がない。なのでこの紙を彼女に押しつけて自分は呑みに行きたかったのだが、妙な気迫で続きを促す彼女の勢いに押されて最後まで読み終えてしまった。
「人々に尽くしていた象王になんて仕打ち、これだからあの男は性格が悪いというのです!」
涙で目を真っ赤にして作者をなじる尼僧に、以蔵は坂本龍馬に持たされていたハンカチを懐から出して渡してやった。
「ありがとうございます。…えっと」
目元を拭う尼僧に以蔵は名乗る。
「アサシンの岡田以蔵じゃ」
「私は殺生院キアラと申します。岡田さん、素敵なお話を聞かせていただいたお礼にこの後食事でもいかがですか?」
にこりと笑うキアラにぴくりと幼女ふたりが反応する。
「それは素敵だわ! ねぇ、イゾー。私達も一緒に行ってもいいでしょう?」
「お話のお礼なら私がおごってあげるよ」
幼女ふたりがちらちらキアラを見ながら言うのに気づかない以蔵はにやける口元を隠すようにあごを撫でた。
「さすがに子供におごってもらうわけにはいかんぜよ」
妙齢の美女とふたりで食事という出来事に心傾いている以蔵の袖をナーサリー・ライムは引っ張った。
「イゾー。女は怖いのよ」
「ハイエナだよ」
ふたりの子供が言っているのは一般論ではなく目の前の殺生院キアラについての評価なのだが、新入りの以蔵には分からない。
以蔵に見えるのは目の前の美女が尼僧服の上からでも分かるなまめかしい体つきをしている事と、その体の持ち主が作り話程度で泣き出すような人物であるという事だ。
「殺生院さんは…」
「キアラ、でいいですわ。以蔵さん」
にっこりと艶めいた笑みを向けられて以蔵の体温があがる。羽振りがよかった頃に京都で買った女の中でもこれほどの別嬪はいなかった。
「キアラさんはどのクエストに参加されちゅうか?」
クエストで会っていればこれほどの別嬪。以蔵が覚えていないはずはない、と聞かれてキアラは内心首を傾げた。
キアラの方は以蔵を何度も見かけている。アサシンとアルターエゴは有利クラスが重なるため一緒の編成になることが多かった。キアラほど目立つ格好をしていれば以蔵の目に留まらないはずはないのだが…と、考えてキアラは原因に思い至る。
今のキアラの格好は第一再臨の尼僧姿。しかし戦場では最終再臨の姿を取っているのだ。声を交わした事もない。だから以蔵は同一人物だと気づかないのだろう。
にたり、とキアラは内心笑みを浮かべる。愛すべきマスターからは進んで信者を増やすなと言われているが、自ら落ちてくる場合はいいのではないだろうか?
「私は生前カウンセラーもしておりました。以蔵さんも何か悩み事があれば相談してみてくださいませ。もちろん秘密は守りますよ」
にっこりと微笑むキアラに以蔵は頭をかく。
「かうんせらーっちゅうもんはよく分からんですが。今度お願いするです」
「「いぞーっ!!」」
鼻の下を伸ばした男に幼女達からのパンチがぽかぽかと飛ぶ。小さくてもサーヴァントだ。その威力はすさまじい。
「待て、待てや! おんしらのクラスはわしには痛い。痛いっちゅうとる!」
ナーサリー・ライムのクラスはキャスター。ポール・バニヤンはバーサーカーである。アサシンの以蔵には不利な相手だった。
情けない悲鳴をあげる以蔵に溜飲を下げた幼女ふたりはキアラに向き直る。ナーサリーはともかく、バニヤンはキアラにとっても痛い相手だった。
「では失礼いたしますね。また今度お会いしましょう」
にっこり笑って離脱したキアラはその夜のうちに読み聞かせて貰った童話の感想を匿名で作者に送った。しかし、あっさりと送り主を見抜かれキアラと以蔵という意外な組み合わせに青い髪の童話作家を驚かせるのだが、それはまた別の話である。
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