もち粉
2026-02-07 16:34:48
20563文字
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誤解同盟、バレンタインに散る


カブミス ライシル
バレンタイン話
※途中、第三者視点の勘違いがあります


本文に入らなかったけど、ミスさんは普通に夜間通用門で受付してから城内で転移術を使いました



8.


本人に確かめるのが一番確実で簡単なのは、わかってる。
欲のないミスルンさんのことだ。自分からは話さなくても、聞けば素直に教えてくれるはず。
ライオスだって隠し事が下手だから、問い詰めればきっとボロを出す。

しかし、そんな二人が、この一年近く完璧に交際を隠して来たのだとしたら。
――かなり本気の恋だってことじゃないか。

そう思ったら、なかなか聞くことができなかったけど、今絶好の機会がやってきた。

「ライオス、料理長から厨房の使用許可いただきましたよ。十四日の午後でいいんですよね?」
「ああ、ありがとうカブルー」

執務室には二人きり。料理長の伝言を伝えながら、俺はそっと深呼吸した。
これを聞いたら、全てが終わってしまうかもしれない。

(でも、不意打ちくらって無様を晒すよりは……自分の手で終わらせたほうがいい)

……ミスルンさんも、来るんですよね」
「ああ」
「二人で一緒にケーキを作って……誰にあげるんです?」
「え?」

ライオスの白い頬にパッと朱が散った。
その顔を見て、俺は暗澹たる気持ちに襲われた。「いつもお世話になってるみんなにだよ!」とかそんな言葉が返ってくるんじゃないかと一縷の望みを抱いていたのに。

俺はからかうように笑ってみせた。上手くできてたかは――わからないけど。

「なんです? おふたりで作って、お互いに贈り合うとか?」

脳裏に浮かぶビジョンは、戯れ合いながら一つのフォークで食べさせあいっこをするふたり。


「ほら、次はライオスの番だ。口を開けろ」
ライオスの膝の上に抱き上げられて、フォークを差し出すミスルン。
ライオスは琥珀色の目を細めると、ミスルンからそっとフォークを取り上げた。
「ケーキの残りは後でもいいよ、それより次は……
「ふふ。私を召し上がるか? 国王陛下」
ミスルンがライオスの首に手を回し、引き寄せるように顔を近づけて口を開け――


(ダメだそんなの――っ!!)


​カブルーは脳内からその光景を無理やり引きはがすように首を振って追い払う。自分で想像して、自分で致命的なダメージを負ってしまった。
ハアハアと肩で息をする俺を、ライオスは戸惑ったようにみていたが、やがてクスリと笑って部屋から出ていった。

「ケーキの行き先はまだ言えないよ。でもきっと君、驚くぞ」

それだけ言い残して閉ざされたドアを俺は呆然と見つめる。

驚くって、何に?
――やっぱり交際宣言?


✤✤✤

9.


「ああっ!! ミスルンさん!!」
……マルシル」

お城の廊下でミスルンを発見したマルシルは思わず大声を出して駆け寄った。

「ひ、久しぶりじゃない! 今日はどうしたの?」
「先月の報告会で顔を合わせたばかりだろう」
「私にとっては久しぶりだもの」

エルフのミスルンにとっては、一ヶ月ぶりくらいは大した時間ではないのだろう。

「そうか、久しいな。息災か?」
「あ、うん。おかげさまで」

律儀に挨拶をやり直すミスルンの感情の伺えない顔をマルシルは改めて眺めた。
マルシル自身はトールマンの中で育ち、まだ50代なので、日々の時間感覚はカブルーたちトールマンと、そこまで変わらない。

普通恋人同士だったら、もっと間を置かずに会いたいものじゃないかしら?
転移術でこっそりお城に来て会ってるとしてもよ? 一ヶ月を久しぶりと思わないような感覚で、トールマンのライオスと上手くいくもの?

「あ、でもお城に来るにしては早いんじゃない? 次の報告会って来月でしょ?」
「ああ、今日は仕事ではない。ライオスに会いに来ただけだ」

普段は石像のような顔をしている彼が、手に持っていた紙包みを少し持ち上げて見せるときだけ、ほんのわずかに口元が緩んだ。
かすかに柑橘類のような香りが漂い、マルシルの鼻をかすめた。

笑った! ミスルンさんが!
ライオスに会うって言って笑った!!
やっぱり会えるのが嬉しいの? しかも隠さないなんて。公表間近って思ったのも的外れじゃないかも!?

その時、マルシルの頭におそろいの指輪を掲げながら微笑むライオスとミスルンの姿が過ぎった。

――そんなの嫌っ!

しかしマルシルがはっと気を取り直した時には、ミスルンの姿は廊下の角を曲がって消えるところであった。
角を曲がった先はライオスの私室だった。

マルシルは廊下の端で息を整え、そっと扉に近づいて聞き耳を立てた。
声はかすかに聞こえるが、しゃべっている内容まではわからない。

もしイチャイチャと愛の言葉を交わすのを聞いてしまったりしたらどうしよう。
そう思いながらも、もっとよく聞こうと扉に長い耳を当てたちょうどその時、反対側の曲がり角から誰かが足音を忍ばせながらやってきた。

(うわっ!?)

しゃがみ込んだマルシルに驚いてかすかな声を上げたカブルーに振り返ったマルシルは、唇の前に人差し指を立てながら手招きをした。

(しーっ、静かに! 聞こえないじゃない)
(何か聞こえます?)
(途切れ途切れで……あんまり……

今ばかりは王の威厳を表すような、重厚な樫の一枚板の扉が憎い。分厚い防音性のある扉は、中の声をただのくぐもった振動に変えて届けるだけだった。
カブルーは扉の上の隙間に、マルシルは下で、二人は少しでも中の様子が聞き取れないかと縦に並んで扉のすき間に耳を押しつけた

……ちが、気持ち……打ち明け……いちね、意外と長……だな
――は、……を受け入れるかな
いつまで…………伝え――だろ……。私はもう……を決めた、貴殿も腹を……だな、ラオス王。
……だね、……二人で決め……だ。

君がいてくれてよかったよ、ミスルン。

まるで突然、扉が意思を持って二人の願いを聞き入れたかのように、最後の一言だけが明確な言葉となってマルシルとカブルーの鼓膜を打った。凍りついたように身体が動かない。
その一言は、彼らの疑念を肯定するものだった。

頭脳派を自負する二人の頭が会話の隙間を補完する。

『気持ちを打ち明けあってから一年か、意外と長かったな』
『みんなは、俺たちの関係を受け入れてくれるかな』
『いつまで悩んでいる、皆に伝えると決めただろう。
私はもう覚悟を決めた、貴殿も腹をくくるんだな、ライオス王』
『そうだね、ふたりで決めたことだ。
君がいてくれてよかったよ、ミスルン』

多分おそらくこう言った。


(気持ちを打ち明けあったって、やっぱり……! ふたりは一年前から付き合ってたんだ!!)
(そして、近々関係を公にするつもりなんだ……!)

マルシルとカブルーは顔を見合わせた。二人してずるずるとその場にへたり込みかけたが、「ではな」とミスルンが暇を告げる声が聞こえ、慌てて立ち上がると廊下の角まで忍び足で駆け戻った。

かちゃりと扉が開いて、ライオスがミスルンを見送っている。マルシルたちが隠れている角からは、開いた扉の陰になって彼らの様子は伺えない。

「じゃあこれ、本当にありがとう。去年のすごく美味しかったから、今年も楽しみだよ」
「思えばそれが、私たちの関係が始まったきっかけだったな」

「あ、ミスルン、ちょっと目を閉じて」

しゅるりと衣擦れの音。見えないけれど、背の高いライオスが屈んだような気配があった。マルシルは思わず呼吸を止めた。

(これって……

「ん……
――そして、かすかに鼻にかかったミスルンの声。

(嘘! うそうそうそうそ、うそ!)

マルシルは、カブルーが全身を強張らせて石の壁に爪を立て、微かに呻いた気配を背後に感じた。

ほんの一瞬、見つめ合うような沈黙のあと、ライオスの明るい声が響いた。

「それじゃあ、次は十四日の午後だから、忘れないでくれよ」
「ああわかった」

廊下の角で息を殺しながらミスルンが遠ざかる軽い足音を聞いたマルシルは、カブルーと互いの顔を見合わせた。
お互いの瞳に浮かんでいるのは――絶望。


✤✤✤

10.


二月の空の下、南庭のベンチで二人は呆然と座り込んでいた。
吹きすさぶ風は肌を切り裂くように冷たかったが、寒さはどこか遠くて、とびきりの悪夢でも見ているような心地だった。

「ねぇあれ、キスしてたよね……
「言わないでください……

マルシルの生気が抜けたような声に、カブルーの心臓が締め上げられる。

「付き合ってたんだ……本当に……
「全然気づきませんでしたね……

人間観察には長けていると自負していたのに、この俺が一年間も全く気が付かなかったなんて!

「あの、あのね。笑わないで欲しいんだけど……
マルシルがもじもじと髪の毛をいじりながら言い淀む。
「なんです?」

「私……ライオスは私のことが好きなんじゃないかと思ってたの……なのにっ……
マルシルが両手で真っ赤な自分の頬を押さえて叫んだ。
「とんでもない勘違いだったわ! 恥ずかしすぎるーっ!!」

「俺もずっとライオスはマルシルが好きなんだと思ってましたよ」
「そうよね!? そう見えたよね!?」

マルシルが、がばりとこちらを向いて言い募る。

「ライオスは、元仲間だから私には距離が近くて、人から『付き合ってるんですかー?』なんて聞かれることも多かったんだけど……
この一年くらい、もしかして口説かれてるのかも? って思うことが多くて。
こないだも、『エルフからするとトールマンなんて子どもにしか見えないかい?』なんて真剣に聞かれたりして」

一息に言い切った後、ぴたりと黙ってゆっくりと下を向いた。
……あれは、ミスルンさんとのことだったのね」

ため息をついてベンチの上に足を引き上げると膝の上に顔を伏せてしまった。
その姿は幼い少女のようだった。

手を伸ばしかけて、途中で止めた。これが酒場で偶然隣り合わせた女の子なら、迷いなく背中を撫でて慰めてやるのに、と思いながらカブルーは口を開いた。
真実を知ってしまった今でも、どこか彼女をライオスのものだと思っていて気軽に手を触れるのは戸惑われた。

「あの、実際どうなんですか? 長命種の人たちからしたら、やっぱり俺やライオスのような短命種は、子どもにしか見えないものですか?」

養母はそういう人だった。成人を過ぎてさえ、カブルーをケーキと子守唄の必要な幼子だと思い、最後まで迷宮へ赴くことを諦めさせようとしていた。
カブルーにとって、ミスルンは初めて自分を対等に扱ってくれた長命種だった。
それが彼の欲を失っているという事情によるものだとしても。

「んー、私もまだそんなに長く生きているわけじゃないけど、周りの歳を聞いて『若っ!』てなることはあるよ。
ファリンのことだって、どこかいつまでも出会ったばかりの小さな女の子みたいな気がして、私が守ってあげなきゃーって思っちゃうし。……もう、二人の子を持つお母さんなのにね」 

二十歳ばかりにしか見えない姿をしたマルシルは、遠く東方に嫁いだ親友に思いを馳せるように若草色の瞳を細めた。

「でもね、ずっと一緒にいると、その人が何歳かなんて気にならなくなってくるの。
単に『ライオスだなぁ』って感じ」

「そうですか……

そうだな、俺もミスルンさんのこと、年齢とか種族とかじゃなくて「単なるミスルンさん」だと思ってる。
そうして、そんな単なるミスルンさんが好きなんだ。

その時、庭の奥にある大温室からヤアドが出てくるのが見えた。彼は俺たちが並んで腰掛けているのを見て少し驚いたように目を見張ったが、そのままこちらへやってくる。普段マルシルとはいい仲間ではあるが、二人だけというのは確かに珍しいだろうな。
実はね、彼女とは同盟者なんですよ。誤解同盟も失恋同盟に名を変えそうではあるけれど。

「お二人お揃いだったんですね、ちょうどよかった。陛下から伝言です」
「ライオスから?」
「ええ、十四日の夕刻、カブルーさんとマルシルさんに、大温室まで来てほしいって。
――ミスルンさんと、待っているとのことですよ」

……ヤアドも呼ばれています?」
「いいえ、あなたたちだけですよ」

微笑んだヤアドに俺たちは顔を見合わせた。
もしかして、広く発表する前に側近の俺たちにだけ先に打ち明けようということかもしれない。それはあり得そうな事だと思ったが、それならヤアドが入ってないのはおかしい。
けれどヤアドは、ニコニコと楽しそうに続けた。

「温室の植物たちも大分育って、見映えがするようになってきました。今、テーブルと椅子を運び込んだんですが、いい感じです。
気取らないお茶会なんかにも使えそうですよ。十四日に使ってみたら、感想教えて下さいね」

会場をセッティングしている。
ヤアドはライオスの協力者なんだろうか。初めてライオスが口を滑らせたあの日、俺はショックのあまり途中で部屋を出てきてしまったのだった。
あのあとヤアドは、一足先に打ち明けられたのかもしれない。


✤✤✤

11.


ああ、ついにこの日が来てしまった。
今日は二月十四日、バレンタインデー。
朝から城内には甘いお菓子の香りが漂っている。

毎年なら、私もウキウキと配る側で参加して、この日成立したカップルたちの噂話に興じていたのに。

今年は研究室から出る気にもなれず、扉に不在の札をかけ、冷えた実験台にもたれかかりながら、色の薄い冬の青空をただ見上げていた。​その冷たい感触だけが、自分を現実に繋ぎ止める錨のようだった。


ヤアドからライオスの呼び出しを告げられたその日、カブルーと私は話し合った。
最後に自分の好きな人にせめて告白するかどうかって。

……うん、そう。好きな人。
私、ライオスのこと好きだったんだわ。
トールマンはエルフのこと、すごく大人だと思ってるけどそんなことない。
トールマンたちこそ、私たちを置いてあっという間に大人になってしまう。

私なんて、実はまだ成人もしてないお子ちゃまなのよ。
ファリンがお嫁に行く前夜、「兄さんのことよろしくね」って言ってくれた意味が、ようやく理解できたくらいの。

いつだってライオスは私に優しかった。
仲間としての親愛や友愛から、いつのまにか男の人として好きだったんだ。

ライオスがミスルンさんと付き合っていて、私のこの気持ちが届かなくても、ライオスへの仲間としての愛情がなくなるわけじゃない。
ライオスが幸せになるんだもの。きっと祝福できるはず。

今さら告白したって困らせるだけ。
私たちは、自分の気持ちに蓋をして、ふたりを心から祝福してあげようと誓いあった。


✤✤✤

12.


厨房からチョコレートの香りが漂ってくる。安価なココアパウダーではない。鼻の奥に、苦くも芳醇なカカオの香りが染み入る。それは、俺の心にずっしりとのしかかるような、重厚で上質なものだった。

今、厨房にはライオスとミスルンさんがいる。
本当は、飛び込んでいってミスルンさんの細い手首を引っ掴んで、どうして俺じゃないんだと叫びたい。

今までの思わせぶりな態度は何だったんですか。俺のことからかっていたんですか。
きっと貴方も――俺と同じ気持ちだと思っていたのに。

――あの人の事だから、何にも考えてなかったんだろうなぁ。
誰かを恋愛的に振り回してやろうとか、若い男を翻弄して楽しもうなんて欲もない人だ。そんな彼が、ライオスを欲したというなら、尊重してやらなくてはならない。

大丈夫だ、きっとにこやかに祝福できる。マルシルと二人で話し合って決めたのだから。

カブルーはチョコレートの香りを身体から追い出すように大きく息を吐き、踵を返した。
夕方までには仕事を終えておかないと。

ミスルンからの幸せ報告なんて聞いたあとに、仕事が手につくとはとても思えないから。


✤✤✤

13.


黄金城南庭の大温室。冬の太陽はすでに落ち、あたりは薄暗い。
中にはぽつぽつと灯りがともり、硝子の壁に反射して幻想的な雰囲気を作り出していた。

寒い庭を通って扉を開けると、温室の空気がふわりと暖かく私たちを迎えた。甘い香りが鼻をかすめる。
チョコレート――いや、もっと複雑で深い香り。柑橘とスパイスの気配が混じっている。

……来たか、二人とも!」

ひょいと鉢植えの影から顔を出したのはライオスだった。いつもどおりの、能天気で明るい笑顔。でも妙にそわそわして落ち着かない。
続いて背後から現れたミスルンが、「落ち着け」というようにライオスの二の腕に軽く触れた。
そんなミスルンもなぜか少しだけぎこちなく、しかしどこか嬉しそうな、誇らしげな表情をしている。

うわあ……この顔、この雰囲気……! 絶対重大発表しようとしてるカップルの顔じゃない……!!
途端に心臓がちくりとしたけど、なんとか笑顔だけは死守したわ。

「来てくれてありがとう。さあ、どうぞ座ってくれ」

促されて温室の中央に据えられた丸テーブルにつく。
卓上には、白いクロスの上にお茶の用意がなされ、二つの箱が並んでいた。
どちらも丁寧にリボンが結ばれていて、明らかに贈り物の品だった。

ライオスとミスルンは少し緊張したような面持ちで並んでテーブルの前に立った。

ああ、いよいよ聞いてしまうのね。
大丈夫、絶対泣いたりしないから。
マルシルは彼らが話しやすいように、精いっぱい笑顔を作っておどけてみせた。

「ええ〜、なになにどうしたの、ふたりとも? すごく重要なご報告! って感じよ?」

二人はちらりと視線を交わすと、小さく頷きあって、それぞれ箱を手に取った。
テーブルを回って、こちらへやってくる。

ミスルンはカブルーの前へ。
そしてライオスは、私の前へ。

こんなに真剣なライオスを見るのは初めてかもしれない。
ごくりと、隣のカブルーが唾を飲む音が聞こえたような気がした。

「マルシル、君のことが好きなんだ。仲間としてじゃなく、一人の女性として。
――お妃になってくれることも含めて、俺との未来を考えてみて欲しい」

――え?」

​予想外の言葉に、頭の中は真っ白だ。
今、何が起きたの……

​(じゃあ、ミスルンさんとの関係は……?)

​ぼんやりとした頭に、カブルーに向かってのミスルンの言葉が飛び込んできた。

「カブルー。私はお前に正式な婚姻を申し込めるという立場ではないが……
まっすぐにカブルーを見つめたミスルンが、
真剣に言葉を紡ぐ。

「いや、大丈夫だって、ミスルン。ちゃんと俺がメリニの婚姻制度をなんとかするよ、一応王様なんだから」
マルシルに向かって箱を差し出したままの体勢でライオスが口を挟む。

……と、ライオス王のお約束もいただいているのでな。お前さえよければ、お前の残りの人生を、私と共に歩んで欲しい」

……いや、それ実際には俺が働くやつですよね」

しばらく呆然としていたカブルーが、やがて苦笑しながらミスルンから箱を受け取った。固まったままだったマルシルは、カブルーが生まれたての赤ちゃんを抱くように、腕の中の箱に微笑んだ気配でハッと気が付いた。

三人ともが、私を見てる――次はお前の番だぞってみたいに。
いや、間違いなく私の番よね。
急にどっと汗が出て緊張してきた。
喉がカラカラに渇いて、舌が喉に貼り付いたみたいに言葉が出ない。

――マルシル……

カブルーの手が、そっと私の背中に添えられた。その温かさに後押しされてやっと声が出た。
私はこちらをじっと伺うライオスの目を見て微笑んだ。
っていうか、微笑むつもりだったのに、嬉しさのあまり笑み崩れちゃった。
もっとおしとやかに決めたかったのに。

「謹んで、お受けします」


✤✤✤

14.


俺とマルシルが、ミスルンさんとライオスからそれぞれ告白された。
すっかり失恋覚悟で臨んだ誤解同盟は、驚きと肩透かし、嬉しさがごちゃ混ぜで、言葉が出てこなかった。特に俺。

せっかく両想いだとわかったのに、彼の手を取ることも思いつかず、ただケーキの箱を抱えていたものだから、ミスルンさんに「ケーキが温まる」と、そっと箱を取り上げられた。

「開けてみてくれ」

震える指で青いリボンを解く。
慎重に箱を開ければ、小ぶりなチョコケーキが現れた。
つややかなチョコレートのコーディングの上、白いチョコで複雑な文様が描かれ、ふちはクリームで飾られている。
ああこれは、エルフの国の伝統文様だ――大切な人の幸福と健康を祈願して描くもの。

……俺のために?」

やばい、感激で泣きそうだ。ライオスやマルシルもいるのに。
ミスルンさんは、誰が周りにいようとも気にしない。きっぱりと答えてくれた。

「もちろんだ。お前以外の誰にもこんなことはしない」

「ミスルンさ……

いや、待てよ?

「あの、去年ミスルンさんライオスにバレンタインのチョコレートあげてるんですよね?」

しかしミスルンは、きょとんと目を瞬いた。

「いや? ライオスにチョコレートを贈ったことはないが」
「だって……
ライオス! あんたこないだ、去年貰った中ではミスルンさんからのが一番嬉しかったとか言ってましたよね!?」

幸せを噛み締めるように両手で頬を押さえていたマルシルもハッとして、会話に入ってきた。

「そ、そうよ! あれのお陰で私たち……!」
「あれ、その話してた時マルシルいたっけ?」
「た、たまたまよ! たまたま聞こえちゃっただけ!
――って、あっあっ! そうよライオス! あなたミスルンさんに、キ……キスしてたでしょ!?」

そうだ、それがあった。
あれを見たから、俺たちはふたりが恋人同士だと確信したんじゃないか。

「キスぅ?」
しかしライオスは、鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、ミスルンと顔を見合わせた。
そうして二人揃ってぷるぷると首を横に振る。

「そんな覚えはないな」
「そうだよ、なにかの見間違えじゃ?」

「え、でも……あの、一昨日のことよ。廊下で私ミスルンさんと会って、これからライオスに会いに行くって言ってた日、ドアの陰で……

だんだんとマルシルの声が小さくなっていく。

「あ、そうか。まつ毛のゴミを取ってあげた時のことかも」
ライオスの声にミスルンも思い出したように「ああ」と声を上げた。
聞けばミスルンの義眼側のまつ毛にほこりがついていたのを払ってやったのだという。

……まつ毛のゴミ?」
「ええーっ! そんなことだったのーっ!!」
両手で頭を挟むようにして声を上げるマルシルに俺も同感だった。
力が抜けて、俺は思わずテーブルに突っ伏しそうになった。そう、扉の陰だったんだから、別にハッキリ見たわけでもないのにキスをしていたと決めつけていた。
普段の俺なら、絶対こんな勘違いするはずもなかったのに。

やっぱり冷静じゃなかったんだな。あの時姿が見えていたら、ライオスにラリアットをかましていたかもしれないくらいには冷静じゃなかった。

「っていうか、君たち、覗き見してたのかい?」
呆れたように言うライオスに、カブルーとマルシルは赤面するしかなかった。

「あ、じゃあチョコをあげたって話も……?」

(そうだ、ライオスは「チョコレートを貰った」とは言ってないじゃないか)

――じゃあなにを?

その時、ライオスの顔がぱあっと輝いた。あ、これまずいやつ。マルシルが身構えたのが伝わってきた。

「去年ミスルンに貰ったのは、チョコじゃなくて、ガロビスの卵嚢だよ!」

……ガロビス?」
「卵嚢?」

俺たちの不審げな声に、ライオスが嬉々として早口で話し出す。目の焦点が合ってなくてちょっと怖い。

「ガロビスは夜行性の蜘蛛型の魔物で、水中に巣を張るんだ。
一昨年、メリニでの生息が確認されたとミスルンが報告してくれたの覚えてないかい?
生まれる直前はチョコの味がすると聞いて、見つけたら持って来てほしいと頼んでたんだ。偶然バレンタインだったけどね」

「ガロビスの産卵がこの時期だからな。日付はただの偶然だったが、その時ライオスにバレンタインという風習について詳しく教えてもらった」
「まあ、それでその時、ミスルンと色々話して。
これから一年間、お互い頑張って好きな人にアプローチして、来年のバレンタインには二人で一緒に告白しようって約束したんだよ」

女子か。告白に友人を連れてくる女子か。
誤解同盟の俺たちは、いい歳した男たちの恋バナ同盟に振り回されていたというわけだ。

(返せよ、俺たちの悲壮な決意……!)

しかしライオスは引きつり笑いをする俺にはまったく気づかず、ガロビスとやらについてまくし立てている。

「それで、ガロビスの卵嚢、本当にチョコレートのような味がするんだよ!
しかもオレンジみたいな香りなんだ。
これは柑橘系の香りを嫌う天敵から卵を守るためじゃないかと思う」

最初は(また始まった……)と天井を仰いでいたマルシルだが、話が進むにつれ、顔がみるみる下を向いていく。

「噛み締めるとプチプチした歯触りと共にカカオに似た味がする。
きっとマルシルの好きな味だと思ったから、君にも食べさせてあげたいと思ったんだけど去年は一個しかなくって……

「ガロビスの卵は小さいからな。親の身はかなり大きいのだが」
「身は駄目だったね、苦すぎて食べられたものじゃなかった。……センシがいたら、うまく料理してくれたかもしれないけど」

懐かしげにかつての仲間を思い浮かべるライオスをよそに、マルシルは引きつった顔でまだ開けていないライオスのケーキの箱を凝視している。
チョコレートと共に香る、柑橘とスパイスの香り。

「ねぇ……もしかしてこのケーキ」

ミスルンが「慈愛」と頬に書いたような顔で微笑んだ。

「今年は運良くガロビスの産卵地を見つけられた。自分が美味だと感じたものを、誰かにも食べさせたいと思う。それは、紛れもない愛情だ。お前は愛されているな、マルシル」

いやいやいやいや。
そうとは限らないですよ、ミスルンさん。
ライオスも何照れた顔して、人差し指で鼻の下擦っているんだよ。俺は短い期間だったとはいえ、共に絶望を乗り越えた同盟相手のためにライオスにブレーンバスターをかけてやろうかと考えた。
だが、それよりも先に確かめなくてはならない重大なことがあった。

「あの……ミスルンさん、こっちのケーキには……その、」
「そちらには魔物は入ってないぞ。お前は魔物が嫌いだろう?」

……よかった……!」
思わず全身の力が抜けた。
愛のために覚悟を決めるところだった。
相手の嫌がることはしない。それは紛れもなく愛情です、ミスルンさん!

感激に浸る俺の横で、ライオスのワクワクした顔の圧に逆らえず、マルシルが震える指でピンク色のリボンを解いている。

そっと開けた箱の中に鎮座していたのは――やけにリアルな蜘蛛のような魔物を象ったケーキだった。
先ほどはあんなに美味しそうに見えたブラックチョコレートの照りツヤがぬらりと不気味に光る。

「いい出来だろ? この頭胸部のラインとか膝節の感じとか、出すのに苦労したんだ!」

おい、ウキウキと解説するな、このあんぽんたん。

「腹部には卵嚢を仕込んであるよ! 割るとガロビスの赤ちゃんが流れ出てくるから、スプーンですくって味わってくれ!」

「ヤ……

下を向いたマルシルの口から押し殺したような声が漏れた。

「うん?」

聞き取ろうとして顔を寄せたライオスの耳を直撃するように、未来の王妃の魂の叫びが響いた。

「ヤダーーーーーっ!!!!!」



その声は城の本館にまで響き渡り、明日の二組の幸せ報告を楽しみにしながら月見酒と洒落込んでいたヤアドは、あまりの叫びに驚愕してグラスを取り落としたという。