1.
「カブルーさん、今年の新作です! はいどうぞ!」
そう言って差し出されたものは――どう見ても、まばたきしていた。
「……ありがとう。お気持ちだけ、頂いておくよ」
お気持ちだけ、と言ったにも関わらず、結局無理やり押し付けられた。
愛想笑いで手を振って見送りながら、机の裏に隠した元ジャガイモの木箱に放り込む。
なあ、これ、本物の魔物の目玉を使ってないか?
今日は「バレンタインデー」――この日、好きな人にチョコレートを贈ると告白の意味になるという異国の風習がメリニに流れ着いてから、早幾年。今ではすっかり定着してしまった。
チョコレートなんて高級品はおいそれと庶民の口には入らないものだ。しかし輸入物のココアパウダーが安価に出回り始めた頃から爆発的に流行した。チョコ味のクッキーやパウンドケーキなどを贈るようになったのだ。
やがてこの日は本命への告白だけでなく、友人や世話になった人へお菓子を贈る一大祭典へと変貌した。
問題は、その過程でこの風習が狂気の沙汰としか思えないほど"メリニライズ"されてしまったことだ。魔物の形をしたクッキーや、トッピングに魔物をあしらったケーキが城内を飛び交っている。
俺は魔物が嫌いだ。というより、憎んでいる。
それなのに、なぜこの季節になると俺の机の上が魔物菓子の墓場になるのか。木箱から甘ったるい香りが漂ってきて、胸が悪くなりそうだ。
年々、魔物度が高まっている気がする。
しかも最近はカジュアルに配るのが主流になり、山ほど貰うようになってしまった。
……自分で言うのもなんだが、俺は昔からモテる方だ。
"モテる自分"というものを気に入っていたし、うまく利用してきた。
だが、こういうのは、いくら木箱に山盛り貰おうとも、たった一つ、好きな人からのものには全く敵わない。
それをひしひしと感じるこの三年間だった。
――ミスルンさんは、今年もライオスにあげるんだろうか。
✤✤✤
2.
それは、"本命チョコ"が強い意味を持っていた、三年前のバレンタインでの出来事だ。
友チョコや義理チョコも広まっていたが、まだまだ「愛の告白をする日」という意識が強かったころの話。
バレンタインが間近に迫ったある日、政務後に雑談をしながら書類や文房具の整理をしていた。
最近は魔物モチーフの菓子が出始めているという話題になったため、ライオスがどこそこの店のドラゴンを象ったチョコレートの再現性が甘いだの、まさかスライムにあんな食べ方があったとはだの、興奮しながら話し出してしまった。
しまった、始まると長いんだよな、これ。
ヤアドとこっそり視線を交わして苦笑いを浮かべる。最近ライオスは頑張っていたから、主君であり友人である彼の息抜きに少しくらい話に付き合ってやろう。
インクを補充しながら聞いていたカブルーは、次のライオスの言葉にインク壺をひっくり返しそうになった。
「でも去年もらった中では、ミスルンに貰ったのが一番嬉しかったな!」
――は?何? ミスルンさんが……ライオスに?
そりゃ、王と異国の駐在官という垣根を越えて、意外と二人が仲のいいことは知っている。
ライオスにとっては、魔物の知識で自分と対等に会話が出来るのはミスルンくらいだ。
「呪い」により直接魔物と相対することの叶わなくなった彼にとって、今も迷宮に潜るミスルンの来訪は心待ちにするものだった。
また、言葉の裏を読むことが苦手な者同士、率直な会話を楽しんでいるような節も見受けられた。
――だからってまさか二人がそんな関係になっていたなんて!
うそだろ、魔物の話なんか聞きたくないからと席を外したりするんじゃなかった。しっかり同席して見張っておくべきだった!
「ライオスさん、いつの間にミスルンさんからチョコレートを貰うような仲になってたんです?」
ヤアドが軽く目を見開いて問いかける。
いいぞヤアド、もっと聞き出して!
衝撃で声の出ない俺は、内心でヤアドに感謝する。
友チョコ? 友チョコだよな、そうだと言ってくれ。俺、友チョコさえもミスルンさんから貰ったことないけど。
……そもそもあの人が、バレンタインなんて浮かれたイベントを知っているとは思わなかった。
「仲っていうか、普通に『欲しい』って頼んどいたら持って来てくれたよ」
頼んだら? 頼んだら俺もミスルンさんからチョコ貰えたりしたわけ!?
どうして俺の長年の想いをあっさりすっ飛ばしてあんたが貰ってんだよ!
頭の中で主君にエビ固めをかける。
「それで今年は、二人で一緒にケーキを作ろうって約束してるんだ!
ああそうだカブルー、来週厨房を使わせてほしいって料理長に言っておいてくれ――」
「かしこまりました」
俺はにっこりと笑いながら、脳内でライオスにジャーマン・スープレックスを決めた。
だめだ、これ以上平静を保てない。
去年のバレンタイン以来、特にミスルンとは仲良くしているのだとのんきな顔でヤアドに話すライオスの声。
その声から逃れるように、俺はそっと部屋を抜け出した。
……少しだけ、心を整理する時間が欲しかった。
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